第2話 タイムトラベラー不時着
2100年代。
世界は度重なる戦争と自然災害で壊滅の時を迎える寸前だった。
そして、崩壊の時は突然やってきた。
第一次地球大戦中、ついに大国であるアメリカの経済が破綻したのだ。
それを皮切りに全ての国の貨幣価値は失われ、インフラはストップ。
人々は飢餓や戦争で次々と亡くなった。
それは日本も例外ではない。
大人の男や女も戦地に見境なく繰り出され、崩壊時には国内に一部の要人と戦地に送られなかった子供、力のない大人しかいなかった。
全てが終わった日から1ヶ月。
俺、
「疲れた……」
大気は汚れているのにじりじりと夏の暑い太陽がアスファルトを熱し、体力を奪う。
身体中から出た汗で服が張り付き非常に気持ち悪い。
護身用に背負って持ち歩いているアサルトライフルもまたそれの気持ち悪さを加速させる。
首に下げたタオルで顔を拭うと一旦リヤカーを止めて、ゴロゴロと転がっているアスファルトを避けるように河川敷に座った。
「はぁぁぁ……」
大きなため息が反射的に出た。
汚染された大気で濁った空を見上げる。
俺は1ヶ月前の終わりの日、目の前で母親を失った。
じっと目を閉じるとまだ鮮明にあの時を思い出せる。
あの日は母親と家にいたのだ。
「繋〜!」
お母さんが嬉しそうに玄関からリビングに走ってきた。
手には手紙が握られていてそれが何かすぐわかった。
「父さんから?」
「そう!お父さんったら本当にまめなんだから!」
そんなことを言いながらも満面の笑みだ。
父親は五年前、戦争が始まってちょっと後に軍に召集された。
中国大陸での進軍作戦に行くことになったと手紙が来た時には母親は父の死を覚悟し、生きた心地のない顔で日々を過ごしていた。
神を信じてもいなかった母親は毎日自作の神棚に祈りを捧げるようになり、家の雰囲気も変わった。
でもその半年後、父親からの手紙が家に届く。
『中国のとある地域の制圧に成功して分隊長になった』というものだった。
父が無事で尚且つある程度の地位も手に入れたと聞いて母親も俺も大喜び。
その後も定期的に届く手紙で安心していた。
「今回はどんな内容かな〜!」
嬉しそうに封を開けようとしたその時。
『ウーーーーーーー』
外から大音量で空襲のサイレンが鳴る。
ポケットに入れていたスマホからもJアラートが鳴り止まない。
「母さん!空襲だ!逃げなきゃ!」
「こっち!」
母親も焦ったように立ち上がると俺の手を引いて家の地下室の入り口まで走った。
2階に行く階段の下に地下室の階段があり、まずは俺が逃げ込む。
母親も急いで入ろうとしたが何故か階段の手前で後ろを振り返る。
「いけない!」
急に叫んで引き返す。
「母さん!??」
俺も驚きで大きな声を出した。
ちょっとして焦った顔で地下室の入り口まで戻ってくる。
「お父さんからの手紙忘れて……」
母親が途中まで言いかけたのを見ていたその瞬間、目の前が真っ白になった。
「ぐぁぁぁあ!!」
とんでもない風圧で開けていた地下室の扉の中に押し込まれる。
そしてしばらく聴力を失って動けないでいた。
キィィィンという耳鳴りが終わると俺はすぐに目を開けてよたよたと立ち上がる。
「か、母さん……」
声にもならない声で呼ぶが返事はない。
視力が戻ってくると俺は卒倒してしまった。
地下室につながる打ちっぱなしのコンクリートの壁は階段の始まりから放射するように赤黒いものがついており、足元には手紙を握る右腕が落ちていた。
その手紙は今、俺のポケットにある。
中にはたった一枚の紙に書き殴るように一言だけ書いてあった。
「戦争も世界も終わる。無事でいてくれ……」
ギリッと奥歯を強く噛んで天を仰いだ。
「おせぇよ……」
漏れた言葉の後に嗚咽が混じる。
泣いている自分がなんとなく情けなくて大きな声で叫んだ。
「あぁぁぁあ!!!!過去に戻りてぇ〜!!!」
その瞬間、空がぐらっと歪む。
そして北上川に白色の何かが飛沫を立てて入水した。
「新型の爆弾か?!」
咄嗟に屈んで頭を守る。
だがそれ以上何も起こることはなかった。
俺は恐る恐る頭を上げるとバイクより二回りぐらい大きい白い楕円形の何かが川を流れており、その少し上流に人間が浮いているのが見えた。
「大丈夫か!!?」
俺は迷うことなくライフルと上着を脱いで川に入り、その人間のもとに泳いでいく。
水面に広がるように浮く金色の長髪。
迷わずに手をかけ、顔を水中から出した。
するとぐったりとして気絶している女とわかる。
すぐに河岸まで引っ張っていき、岸にあげた。
「おい!生きてるか!」
女の顔を数回叩く。
反応がない。
だが、女の口元に手の甲を近づけると息をしていることがわかった。
女は日本人離れした非常に整った顔立ちをしている。
だがどこか日本人として近しいものを全く感じないわけではない。
多分この人はハーフ。
身長も女の人にしてはそこそこ大きいのではないだろうか。160は普通にありそうだ。
服は腰下ぐらいまでのニットの服の上に白衣を羽織っていてまるで科学者のようだ。
その水で濡れてしまったニットは女のボディーラインを強く強調していた。
結構しっかり張り出した胸に引き締まっているくびれ。
下半身も黒のスキニージーンズとだいぶ強調されている。
上から下にかけてウェーブを描くような理想的な体付きに見えた。
下手に手をかけれないでいると女は急に咳き込む。
「ごほっ、がはっ!!」
反射的に横を向き、口から吸い込んだと見られる水を吐き出した。
そしてゆっくりと目を開けた。
ライトブルーの澄んだ瞳と完全に視線が合う。
「あな、たは……」
「あんた、溺れてたから助けたんだ。大丈夫か?」
女は安堵したような表情を見せると右腕を額の上に持っていく。
「助かったぁ……」
「なぁ、目覚めて早々で申し訳ないけど白いあれはなんなんだ?」
救い出している間に流されて下流の木に引っかかった白い何かを指差す。
女ははっとして勢いよく起き上がると指の先を見る。
「よかった、流されてない。あれはタイムマシンなんです……。」
耳を疑うようなことを言って平気そうに立ち上がるとそっちに向かって歩いていく。
「まってまって!タイムマシンってどういうこと?!」
すかさず上着を手に取り、着ながら後を追いかける。
「あ、ごめんなさい!説明もお礼もします!一旦回収だけさせてください!」
「わ、わかった。俺も手伝うよ……」
あまりにも必死そうなので追及をやめ、心配なのもあり引き上げ作業を手伝うことにした。
タイムマシンは意外と軽量で二人で持ち上げれば簡単に岸にあげることができた。
あがったそれを女は軽く点検する。
「底に穴、加速器も破損してだめ……か……」
独り言を呟きながら女は深刻そうに大きくため息をついた。
「壊れてる……?」
話しかけていいのかわからなかったが恐る恐る聞くと女は頷く。
「この状態だと使い物にならないですね……。」
「そっか……」
しんとした静かな雰囲気が漂う。
「てか!タイムマシンとか、そもそも君は何者!?」
「あぁ!!すみません!説明します説明します!」
俺たちは川を眺めるようにタイムマシンの前に並んで座る。
そして女はうぅんと咳払いすると、深刻そうな面持ちで喋り始めた。
「私の名前は宮沢・レイエス・萌花。元は日本人とアメリカ人のハーフの人間でした。でもある時、私は核爆発に巻き込まれる直前で自分の世界から別の世界へ召喚されてしまったんです。」
「異世界転生的な?」
「それ懐かしい!私の世界で流行ってました!まぁそんな感じですね。そして……。……研究材料として捕まり、人体に改造手術をされてしまいました。」
一瞬、なんか言葉に詰まったような感じがした。
何かを考えたような間にも思えたが気のせいだろうか。
「改造……そんなに人間っぽいと信じられないけどね」
彼女の方を向いてそういうと悲しそうに笑いながら手を空にかざした。
「私も信じられないです。でもこの体には色々な機能がついていて、そのおかげで捕まっていたところから抜け出してタイムマシンを使って2500年代からこの時代に逃げてこれたんですよ」
「大変だったんだね。てか、2500年代って今から400年ぐらい未来じゃん……!」
「え!ここそんなに昔の時代なんですか?!」
とても驚いてこちらに若干身を寄せてくる。
自分で設定してこの時代に来たわけじゃないのか?
「そうだよ。今は2110年」
「2110年……。私が召喚される前、生きていたのが2060年でした。」
「なんか色々な時代を経験して来てるんだね」
だんだん複雑になってくる話になんだか少しだけ笑いが込み上げて来た。
「そうなんですよ。まぁ一つも平和な時代はなかったですけどね。この時代もこんなに荒れてて……」
残念そうに俯く彼女の姿を見てなんだか申し訳なくなってしまう。
「ごめんな。」
この時代を勝手に代表して謝罪の言葉が勝手に出た。
「いやいや!あなたは何も!」
「あはは、なんとなくね。てか、その感じ2500年代も終わってるんだな」
「そうですね。1番技術はありますけど、1番終わってますね。国なんて6つしかないですし。」
確かに人体改造の技術があるぐらいだしそうなんだろう。
でも無数にある国が6つにってどうなってるんだ……?
400年も経てばそうなるのだろうか。
「色々驚きだけど、この状態で地球と人類が400年先に残ってるのが凄い話だね」
「そこなんですけど多分私が生きていた2060年も2500年代もこの2110年も全部パラレルワールドの違う地球だと思うんですよ」
また難しい話が出てくる。
頭を捻りながら自分の持つパラレルワールドの知識を絞り出す。
「てことはそれぞれの時代で絶望的な戦争とかが起きてて人類が滅亡していたとしてもそれぞれの時代とかには関係ないってこと……?」
「まぁ、そういうことになりますね。間違いなく2060年は別世界なのであれですけど、この状況を見るとこの時代と2500年代が地続きな可能性は低いと思います」
「そうなんだ……」
召喚されたっていうぐらいだから2060年は違う地球なのか。
とにかくどの時代も絶望なのは間違いなさそうでため息が出る。
「本当、頑張って来たんだね。えっと、もか、さん?でいいかな??」
その問いかけになぜか女は顔を背ける。
「名前で呼ばれるの、久しぶりで照れちゃいます……。萌花、で大丈夫、です」
なんかちょっとかわいい。
全然こっちを向いてはくれないが完全に照れてるのはわかる。
俺は背いた後頭部ばかり見ていたが、萌花は急にこちらを向いた。
「あ!そう!あなたの名前は!」
「あ、そうだよね。俺、晴山繋っていいます。18歳です。」
とりあえず丁寧に自己紹介してみる。
すると萌花はえっ!と大きな声を出して口を両手で塞いだ。
「私も人間だった頃は18歳ですよ!同い年じゃないですか!繋……?でいいかな?仲良くしましょうよー!」
そういうと急に手を握ってくる。
萌花の手は改造人間とは思えないぐらい人の手で、温かみのある安心するものだった。
「まじか!尚更繋でいいし敬語じゃなくていいよ。仲良くも何も、もう友達でしょ?」
キザな言葉かもしれない。俺は前までこんな事言うような人間じゃなかった。
でも、1ヶ月人間と話していないと人間の話し相手が欲しくなるようで、このチャンスを逃すまいと口から自然にそんな言葉が出ていたのだった。
「嬉しい……、友達……。」
それは彼女も同じだったようで涙ぐんだ目でこちらを見つめながら強く俺の手を握る。
「よろしくね、繋!」
「こちらこそ、萌花……!」
強く握られた手を握り返すように力を入れた。
「ちょっと、なにそんなすんなり仲良くしてんのよ」
いい場面に水を差すようにつんとした幼なげな声が俺のポケットから発せられた。
タイムトラベラー終末冒険記 夢迷新人 @boru_beru
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