8.現地潜入 part2

 ちょっとした痴話喧嘩の後、政臣と姫愛奈は宿を出て早めの夕食を取った。食事の必要は無いが、食欲という概念は二人の意識に根付き離れない。


「どこにする?」


 当然のように政臣の手を握りながら姫愛奈は問う。二人は中心街の商業区画にいた。目を引く広告看板が至る所に掲示されている点は二人が元いた世界と変わらなかったが、一つだけ目を引く存在がいた。


「ロットンバグ印の、お菓子は、どれも、ほっぺが落ちるような、美味しさ」


 言葉を区切って話しているのは、人間サイズのロボットだった。頭部に当たる部分は透明な外殻を通して歯車が見えるようになっていて、脚部は無骨な金属部品が剥き出しになっている。S14やS15と比べれば性能も技術レベルも足元に及ばない機械人形だったが、政臣と姫愛奈には真新しく見えた。


「へえ、この世界はロボットが店番やってるの」

「今なら、ロットンバグの、ぬいぐるみが貰える、クジが、引けます」


 姫愛奈の言葉に反応したのか、広告ロボットは膝の無い脚を重そうに動かし近づいてくる。声も完全な機械音声で、人格プラグインを導入していないS14ですら、多少の情感はある声を発していたのだと分かるほどだ。


「ロットンバグって何なのかしら」


 店頭に置かれた長テーブルには、黒い斑点模様が付いた赤い甲殻を持つ虫のぬいぐるみがあった。目が黄色く、口の部分にまるでクワガタの角のような触覚がある点を除けば、テントウムシのように見える。


「実物大、です。破損した場合の、保証書も、つきます」

「えっ、これが実物大?」


 ぬいぐるみは子犬程度のサイズがあった。仮に虫だとすると、信じられないサイズだ。


「ちょっと気持ち悪いかも」

「しっ」


 結局、政臣と姫愛奈はロットンバグ印のクッキーなるものを購入し、クジを引いた。二人とも一番下の三等を当て、飴玉一つを貰ったのだった。


「お菓子を買ってやるクジの景品が別のお菓子って……。もうちょっと考えてよ」

「いや、待て。この飴、よく見ると別の会社の物だぞ」


 広げた包装紙には、エリアム・ハニー・カンパニーという企業のロゴが描かれていた。


「他の会社の製品を一番グレードが低い景品にしてるって事?」

「わざわざ他社のお菓子を使ってるっていうのは、いろいろと勘ぐってしまうな」


 この世界の企業倫理がどんなものなのか、政臣と姫愛奈は知らない。だが、元いた世界でもとある二つのコーラ製造会社が熾烈な競争を繰り広げていた時代があったと二人は知っている。それを考えると、この世界でも企業間の競争方法はさほど変わっていないのかもしれない……。


 そのまま二人は手頃なレストランがないか探し続けた。その最中、広場を通りかかったところでまたも騒ぎを目にする事となる。


「魔族の手先め!」


 集団が一人の男を囲い暴行を加えている。集団の年齢層は統一されておらず、若者もいればそれなりに年季の入った老人もいた。


「何、あれ?」


 不快感をあらわに姫愛奈が呟く。すると近くにいた通行人の老婆が足を止めた。


「あんたたち知らないの? 観光客?」

「まあ、そんなところです」


 政臣がでまかせを言うと、老婆は申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「ありゃ自警団の連中よ」

「自警団?」 

「ルイニア青年なんとか団ってやつで、魔族のスパイを監視してるって言ってるのよ。偏屈な老人とか、兵役を弾かれた若者なんかが集まっていろいろやってんの。あんな風によってたかって暴力を振るう連中だから、みんな嫌ってるけどねえ」


 老婆が話している間に、警備隊の小隊がやって来た。それを見た自警団は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。


「追いかけろ!」


 小隊からさらに数人が分かれ、自警団を追って広場を出ていく。


「自警団なんだから、警察とかは助かるんじゃないの?」

「白神さん、〝自警〟っていうのは誰の許可も得ずに警察ごっこをする事だよ。そんな事するやつらを警察が歓迎すると思う?」

「そういうこと。青天目くんって何でも知ってるわね」

「これくらいなら誰でも知ってるよ。白神さんが学校の成績良かったのってホントに記憶力ありきだったんだね」

「ねえノンデリ男、帰ったらその口引き裂いてあげるわ」


 ◆

 

 広場から離れた二人は、洒落たレストランを見つけてそこに入った。〝悪戯少年の家〟と記された看板からは想像できないほど落ち着いた雰囲気で、薄暗い店内でテーブルに置かれたキャンドルの炎が幻想的な雰囲気を醸し出している。


 見るからに予約必須な趣ある店だが、奇跡的にテーブルが一つ空いていた。広くない店内には、客の囁くような会話に交じってヴァイオリンのような音色が流れていた。


 精緻なデザインが施されたメニュー表を開き、政臣と姫愛奈は料理を選び始めた。メニューはフランス料理と酷似し、選択肢も同じくフルコースに限られている。


「言っておくけど、あまり高いのは選ばないでくれよ」

「努力するわ」


 あまり信頼出来ない姫愛奈の口振りに、政臣は思わず手持ちの資金キャッシュを確認した。S14の情報収集で、既に貨幣価値は政臣たちの尺度で換算出来るようになっている。今のところ彼らが持っているのは警備隊から得た報償金のみだが、この夕食でフルコースを取ってもなお余る額だった。


「さすがに雀の涙ほどじゃないか……」

「決めた」


 姫愛奈がベルを鳴らす愛想の良い笑みをこぼしつつウェイトレスが歩み寄ってくる。


「おい!」

「ご注文をお伺いします」

「この海鮮オーシドア風っていうのを」

「お伺いします」

「え、じゃあ、これを」

山岳ピリョートス風ですね」

「マジでふざけんなよ」


 政臣の声は低かった。静かな雰囲気を壊せば、他の客の不興を買うのは必然だからだ。対して姫愛奈は軽く舌を出して応えた。


 しばらくしてオードブルがやって来た。二人は料理の素晴らしい出来に舌鼓を打つ。メインディッシュはノンアルコールの白ワインと共に、実に文化的な食事を二人は楽しんだ。


 店から出た姫愛奈は実に上機嫌だった。鼻歌すら歌いそうな勢いである。


「最高級って訳じゃなかったけど、とっても美味しかった~。青天目くんも美味しかった? カエルの脚」


 政臣の選んだフルコースのメインディッシュは、フレンチでいうところのグルヌイユ、つまり


「まさか異世界でカエルを食う事になるとは……。白神さんと同じのにすれば良かった」

「味はどうだった?」

「本で読んだ通り、確かに鶏肉っぽい味がした。しかし食べる前にカエルと気づいたせいであんまり美味しく感じられなかったな」

「じゃあこれから慣れていきましょうね」

「カエルに? ずっとカエル食ってろって言ってんのか?」


 宿に戻った政臣と姫愛奈はS15の大声による迎えを受けた。


「ヒメナ、マサオミ、お帰りー!」

「S15、あまり大声を出すな。迷惑だぞ」

「はーい!」

「……」


 後で折檻してやろうと決意しつつ、政臣はS14に話しかけた。


「情報収集はどうだ?」

「現時点で必要な情報はほぼ全てを収集しました。魔法的プロテクトにも引っ掛かっておらず、アクセス記録も完全に消去済みです」

「相手は情報を抜き取られたとは気づかない。素晴らしい働きだ」


 分遣隊はS14が集めた情報を元にクラスメイトの居場所を探す事にした。部屋の家具を退かし、折り畳み式のブリーフィングテーブルを展開する。カーテンを閉めてカモフラージュ用のナノマシンをスプレーで吹き付け、外からは何の異常も無いように見えるようにした。


 スイッチを入れると、ボードからホログラム映像が現れた。それはS14とS15が収集し整理した情報群だ。関連性のある情報ごとにタグ付けされ、リストアップされている。


 まず分遣隊はこの世界で行われている戦争の状況について確かめた。帰りがけに買った新聞には、人類連合軍は魔族の猛攻に遭いつつも着実に前進しているとあった。


「人類連合軍最高司令部の記録クリスタルから取得した情報です」


 政臣と姫愛奈の前に長々と記された文章が複数表示される。


「なになに……『連合軍主力は完全に膠着状態。更なる兵力増強の必要有り。市民向けには脚色した戦況報告をすべし』。これって……」

「報道されているほど勢いは無いって事か。この膠着状態が始まったのはいつだ?」

「膠着状態が報告された最初の日付けはおよそ半年前です。この主力部隊が集まっている戦線が、現在魔族の本拠地となっているフラミス大陸にあるようです」

「じゃあみんなもそこに?」

「ううん。ほとんどが別の場所で訓練中で、見込みのあるやつがお試しで戦場に送られてるみたーい」

「もう少し丁寧な言葉遣いを覚えような、S15。いや、仕様だから変えられないのか。白神さん、どうしてこのプラグインにしたんだ?」

「これが一番ウザくなくて可愛かったから」


 S15の頭を撫でながら姫愛奈は言う。例え政臣が注意しても、主人の姫愛奈が甘やかすので意味が無い。そもそもコイツらに懲罰の概念はあるのだろうか。政臣の疑問は尽きなかった。


「……まあ良い。みんなの居場所は?」

「最高度のプロテクトで情報が保護されていたので、正確な位置は掴めませんでしたが、おおむねの位置なら」

「見せてくれ」


 ホログラムが一瞬消え、代わりにまた別の大陸の立体モデルが現れる。


「人類連合軍の本拠地、ルード大陸です。おおむねの居場所はこの三ヶ所です」


 立体モデルが拡大され、赤い線で区切られたエリア内に三つの青い点が表示された。


「ゼーバ帝国。連合軍の盟主か?」

「そのようです」

「連合軍発足を呼び掛けたのもこの国だってー」

「じゃあこの国が転移魔法を使った可能性は」と姫愛奈。

「ターゲットとなる転移魔法の魔力波長はこのゼーバ帝国の領域内から発信されています」

「もう当たりじゃない!」

「しかもクラスのみんながほぼ集まっている……」


 今がチャンスだ。政臣は確信に近いものを感じた。おそらくこれ以上のタイミングは無いだろう。転移魔法を回収ないしは破壊し、クラスメイトを連れ帰る。このタスクを一辺に済ませられる機会は今を置いて他に無い。


「さっそく移動したいところだが、俺たちが今いるのは正確に言うとどこなんだ?」

「小ヴィラド大陸の南方、シュベスニア地方です」

「いろいろな地名が出てきて分からないわ」

「取りあえずルード大陸のゼーバ帝国が目的地だって事は覚えてくれよな」

「それくらいなら大丈夫よ」


 胸を張る姫愛奈。健康的なバストに政臣は目を奪われる。


 が、それも一瞬の事。確認しなければならない懸念事項があった。


「ここからルード大陸までの距離は?」

「直線距離で約一万キロです」

「一万……。私たちが持ってきた携帯転移装置の最大距離って何キロ?」

「五千だ。ただし、目的地を指定しないと使えないぞ」

「じゃあ、徒歩?!」


 姫愛奈は愕然とした表情を浮かべる。


「転移魔法最大の問題点だな。目的地を指定しないとどこに飛ぶか分からない。俺たちがあの村の近くに転移出来たのは運が良い方だったんだな」

「全然良くないわ。一万キロって東京からワシントンD.Cくらいでしょ? 飛行機も無しにそんな距離行けないわよ!」

「情報収集により、航空移動手段は判明しています。魔導力式の飛行船です。移動に数日はかかりますが」

「この小ヴィラド大陸に飛行船は?」

「ちょうどルード大陸への定期便があります。それに乗れればあるいは」

「必要経費を算出しろ」


 S14の計算した推定費用がはホログラムで表示される。姫愛奈は所持金と数値を比べ渋面じゅうめんを作った政臣を見て全てを察した。


「足りない?」

「S14、この推定費用は飛行船に乗るための旅費だけか?」

「はい。諸経費は計算に入れていません」

「入れてなくてこれか。。どこかで経費を補填しないと」

「お金を複製したら? 監察庁のテクノロジーなら出来るじゃない」

「貨幣の複製は違法です」


 S14が何の感情も無く正論を言い放つ。


「当該任地の貨幣を複製または偽造する事は、統制官規定第十八条四項に違反し、罰則として資格停止処分が課されます」

「じゃあどうしろっての?」


 顎に手を当てながら、政臣は思案する。真っ先に思い付いたのはアルバイトだ。任務のため、ロボットと一緒にロットンバグ印のクッキーを売る……。


 まさか、こんなバカげた方法で金を貰ってたまるものか。政臣はかぶりを振る。そもそも、アルバイト代だけで旅費を稼ぐのに、一体どれだけの時間が必要なのか。実のところ、理論上では可能である。何故なら政臣と姫愛奈は不老不死であり、補助ドールにはそもそも労働という概念が無い。やろうと思えばアルバイト先が消滅するまで働き続けられるのだ。確保対象のクラスメイトは不老不死でなく、通常に加齢するという点を除けば。


「もういっそのこと、転移装置使ったらどう? 移動先で敵対的な何かに会っても大丈夫でしょ」

「白神さん、大事な事忘れてる。俺たちが持ってきた転移装置はステルス式じゃないんだよ。転移した瞬間、居場所を大声で宣言する事になる」


 恒常世界間にせよ世界内にせよ、転移には膨大な魔力を使用する。そして余剰魔力は転移成功時に放出される仕組みなのだが、これは同時に自分が転移した位置を教える事にもなる。彼らC分遣隊は世界に混乱をもたらすべくやって来た訳では無いので、要らぬ騒動を起こしたくないのだ。


 ちなみにステルス式というのは、この余剰魔力を利用し、転移者を完全隠蔽するタイプを指す。では何故それがC分遣隊に支給されなかったのか。単純にコストが高すぎるのと、〝新参者に易々と高い器材を貸すな〟という立法府の政治的圧力が原因だった。


「現時点で最も現実的な案は、この傭兵業だな」

「傭兵?」

「魔族との戦争に掛かりきりな正規軍の代わりに、傭兵が賊やアボミネーションの討伐を行っているらしい」

「アボミネーション……このドラゴンみたいなやつとか、スライムみたいなやつ? これくらいなら私にも分かるわよ」


 〝アボミネーション〟は、オメガ監察庁が使用する用語の一つである。人間以外の敵対的な生命全ての総称だ。魔物やクリーチャーと言い換えれば分かるだろう。


「前線から離れた場所や、戦火が及んでいない辺境地域の警備なども任されているらしい」

「もしかして私たちが受け入れられたのって、傭兵だと思われたから?」

「その可能性はある。だがそうなると、俺たちみたいな少年少女も兵士をやっているという事になるが……」

「まあ、その点は私たちにも追求が来るから気にしないとして、傭兵って稼げるの?」

「フリーランスだと報酬を踏み倒されたりするらしい。そもそも名が通っていないと依頼すらされないみたいだな……」

「じゃあ私たちダメじゃない」

「……」


 沈黙が部屋を支配した。S14は主人の命令を待ち微動だにせず、S15に至っては話の途中からイヤホンを付けてゲームをしている。


 腕を組んで悩みに悩んでいた姫愛奈が、まるで天啓を授かったかのような表情を浮かべた。


「そうだ! この世界写真なんかが普通にあるんだし、私の魅力的なカラダを写真に収めて売りさば」

「あっ、傭兵向けの仕事を斡旋している事務所があるらしいよ。ダメもとでそこに行かないか白神さん」

「私の提案を遮って言う必要あるかしら?!」

「バカ言ってんじゃないよ。白神さんの痴態なんかばらまいたら後々面倒になるのは必定じゃないか」


 溜め息交じりの遠慮が無い発言に、姫愛奈は愕然とする。


「ノンデリ男ッ!! 喧嘩売ってんなら受けてたつわよ!」

「いや、白神さんは十分魅力的だけど、そういう事を軽々しく口にする所が欠点だと言いたいのであって」

「うっさいうっさい! 褒めてんのか貶してんのかどっちなのよぉぉぉ?!」


 フラワーシーフを手に取って政臣に襲いかかる姫愛奈。その瞬間、部屋のドアがノックされた。


 姫愛奈の斬撃を余裕で避け、政臣はドアに向かう。なるべく部屋の中を見せないよう、慎重にドアを開いた。


 ノックの主は宿の主人だった。もともとあまり大きくない宿だったので、従業員も主人も総出で働いていた。


「あの、警備隊の方が来ていて……」

「警備隊?」

「お二人と話がしたいと」


 こんな時に何の用だ。若干苛つきながらも政臣は姫愛奈に声をかける。


「白神さん、剣を納めて。人が来たって」

「……」


 姫愛奈の血走った目が急速に冷めていく。フラワーシーフを鞘に納め、テーブルに置く頃には完全に元通りになっていた。


「そう。なら早く準備して」

「君もやってくれ」

(怒りが収まって良かった)


 政臣は心の底から安堵するのだった。

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