第16話 私の居場所は?
かつての蒼薔薇の庭でティータイムを、何も知らずに笑いながらあの方と談笑し、コック見習いでいる方がよかった。あの頃が私は一番幸せでした。
次に幸せを感じるときは、炊き出しの皆と笑いながら料理を作っているときです。門の前についたレモン料理長に、『秘密の入り口から行きます』と言いました。消えてしまおう。レモン料理長を裏切る行為だとは解っていけれど、わたしはもう、ただのイル。刺繍の入った制服も、リボンも料理長が持っています。私の形見です、ジル。
「……綺麗になったね、お嬢さん」
え………?
「あれは………」
「そう、私です。あの頃、奥様は、ボロボロだった。傷ついて、だが意志が強くて。手負いの誇り高いイーグルのようだった」
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レモン料理長との出会いは幼い頃。ジルベルト様に命を救われたあと。偶々、川魚を捌く人の手伝いをした、戦争孤児の私の、手を見て、知らない人が言いました。
「辛いと思うがこれから炊き出しを手伝ってくれないか?事の次第では、大きな声では言えないが、中々良い働き口も紹介する。3食ベッド付の住み込みのコック見習いだ」
「え………?」
「君の手は癒す手だ。人の口に運ぶものは身体を心を癒す。そこから、信頼が生まれる、生きる希望も見えてくる。どちらも幸せになる。頼まれてくれないか、お嬢さん」
暫くして連れてこられたのは大きなお城でした。
「お嬢さんの得意料理を」
私が作ったのはアップルパイでした。生まれて初めてでした。『お嬢さん』だなんて。とても、こそばゆく、でも嬉しかった。
私は──あの方を幸せにしたのでしょうか。答えは私は知りません。私が、逃げたから。私は一時期でしたが幸せを味わいました。ではあの方は……?
「ワン!ワン!クゥンークゥン」
番犬にしては人懐っこい犬……イデアです!
「イデア!ごめんなさい。あなたを置いてきてしまって。許して。ごめんなさい」
大きくなったイデアを抱き締めます。ふわふわで毛が柔らかい。お手入れされてもらっています。首輪が、蒼い革です。
「イデア!──じゃない?」
「イデアの子供のユングです。まだ仔犬です」
「こんなに、大きいのに……?」
「イデアは、旦那様のお部屋に。本当に大きくなられて」
レモン料理長は愉しそうに笑いました。
──────────《続》
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