第13話 帰還と誤解
蒼地に白い薔薇の刺繍が施された、豪華なジルベルト様にかつて戴いた金色の髪を飾るリボンがハラリとほどけて、私は、ただボロを着た、垢だらけの髪は凝って光もない栄養失調のみずぼらしい娘になります。
きっともう、とうに私は常世には居られないことを私は気づいています。生命の《ことわり》に反しても、ジルベルト様に一目会いたくて、最期の自分の言葉を、姿を心に留めて欲しかった。
その願いを、蒼い薔薇の不思議な力か、冥界の使いが私を憐れんでくれたせいなのか、ジルベルト様に言葉を伝えることができました。
なんて、都合のいい私。
夢に浸りきる私。
きっと、ジルベルト様は、あの蒼薔薇の庭でかつての私を見たのだと思います。あの方の記憶の中の、エリアラ様の影だった私を。
きっとあの方が罪悪感で塗り固めた、こんな廃墟に近い城で待っているなんて思わなかった私を。
「イル、イル……許してくれ!!」
ジルベルト様、泣かないで下さい。私とあなたは、この世で結ばれる運命ではなかったのです。私がどんなに想っても、どんなに愛したとしても、ときに何かがそれを阻む。
この戦乱が憎かった。
ジルベルト様の心を掴んで離さないエリアラ様が憎かった。
この戦乱に幕を引き王家の美しい奥方を娶った貴方が憎かった。
私を愛して欲しかった。
それでも、ずっとあなたを愛しています。叶うならもう一度出逢いたい。私はいつかの夢を見ます。叶うことを願いながら瞳を閉じます。ジルベルト様には幸せになって欲しい。ただ、その幸せの中に私がいないのは、淋しいですが。私は、あの方の微笑った顔が好きでした。
「医師を!早く!絶対に死なせてはならん!……イル、すまなかった。目を開けろ!開けてくれ!」
──────────
目を覚ましたらジルベルト様は私の手を握りながら眠ってらっしゃいました。お城の仲間もちらほら集まっています。
「イル!目を覚ましたか!1ヶ月微睡んだり眠ったりの繰り返しだった!」
少し年を重ねたレモンさんは、
「蜂蜜に干した生姜を粉にして湯でといたものだ。暖まるから飲んで下さい」
「どうしたんですか?レモン料理長。急に改まって」
言い終わらないうちにジルベルト様は言いました。
「誤解が、ある。……サリー王女は、花の公爵と言われるエドガー公爵の元へ。王女はエドガー公爵と以前から仲睦まじく、私より彼に惹かれていた。息子はエドガー公爵の子だ。サリー王女はもそれを認めた。ただ、国王と公爵は犬猿の仲。解るな?私は袖にされたふりをし、サリー王女を公爵の元へ行かせた。ここに来た記念とし、サリー王女は幻の薔薇と言われる蒼薔薇を一輪欲しいとのことだった」
「はい」
──サリー王女は、黒将軍より花の公爵をお選びになった──三ヶ月ほどで国中の噂になりました。国王も、王女と花の公爵の件は薄々解っていて、ジルベルト様に謝罪しました。あらためて褒美に美女を求められると、ジルベルト様は私に貴族の身分が欲しいと仰り、そして私を正妻としてみとめて欲しいと国王に直訴し、それが認められたということでした。
「そんな平民の娘など、何処にいるかも解、生きているかもわからんのに」と言われ、
「きっと生きて、何処かにいる。探し出して見せる」そうジルベルト様は答えたそうです。
私には身体を労れと、ベッドの中での筋肉をほぐしす運動しか動いてはいけないと、ジルベルト様に厳しく言われ、毎日栄養満点の、レモン料理長特製スープをいただきました。そして、甘い季節の果物を使ったスイーツ。
私は雑草です。薔薇ではありません。みるみる回復し、じっとすることが嫌でジルベルト様の侍従からレディーの心得や、社交界での振る舞い方を覚えました。ジルベルト様に私のせいで恥をかかせたくないからでした。
健康を取り戻しパサパサの金色の髪は潤い、つやつやの光輝く美しい髪に変わっていきます。
ある日、ジルベルト様と同じ床には入り、お互いに暖かさを確認し終わった後、ジルベルト様に言われました。
「イル、お前は貴族だ。だが、私はお前に貴族らしいことをしろと、要求はしない。ただ、来客の為くらいのレディの教育は受けて欲しい。これは私のエゴだ。すまない」
「大丈夫です。もうマーサ執事のお墨付きをいただきました。今、身体が良くなって、新しく作ったクッキー等をお城の皆でお茶会を開いています。小麦粉と砂糖と玉子で種を練り、熱した油で揚げるお菓子が人気です。砂糖は北の国からテンサイと言う植物が入ってきて身近に家庭で使われるようになったとか。甘いものはホッと寛ぎます。だから、明日は久し振りのアップルパイです。一緒に頂きましょう?」
「イル」
「なんですか?」
「もう『ジル』とは呼んでくれないのか」
少し濃いめのシナモン。
甘い林檎
さくさくのパイ
ああ、あの頃を思い出します。何もかも綺麗に見えた、夢を見ていたあの頃。愚かに愛というものを盲目的に信じていたあのころ。
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