第8話 黒将軍の由来とジルベルトの告白

「あの時、私が死ねば、彼女は幸せになれたのだろうか。家族の元に帰りつけ平穏を手に入れられただろうか。そこに私との過ごした日々を思い返すことは……ないのだろうな」

 そう言いジルベルト様は笑いました。笑いながら泣いているような、切ない声。ため息をつき、あなたはワインをすすめながら言いました。

「毒針だった──残念ながら私には幼い頃から殆どの毒に耐性をつけられてきた。私に毒は、そうそう効かない。ドレ家は、家門としての貴族としての地位は高いが、軍人貴族だ。見くびる貴族も多かった。母が変死し、色惚けした父は継母との間に生んだ子に後を継がせたかったらしい。継母も父も弟も、かつての彼女と同じ顔をするようになった。私の死を望む顔だった」

 魚料理。味がしません。確かに美味しいのに、切なくて、スパイスも、ハーブも、完璧なはずなのに。ジルベルト様は、世間話をするように、綺麗な所作で、お魚を食べていきます。

「毎日刺客に怯え、食べても吐くようになった。限界の私は一計を案じた。私に煎れた猛毒入りの継母の紅茶を受け取った時、私はわざと飲んだ。私が倒れ、吐瀉物から猛毒が検出され、父と弟と継母は連行された。継母は死罪、継母の実家──家門は取り潰し。弟は継母の後を追った。父は流罪で離島で強制労働だ。あの頃の司法は貴族も平民も、同じように裁いた。あの裁判の前に私は《計算の上》意識を取り戻した。飲む紅茶の致死量を計算した。その頃の貴族連中には肉親を断罪した私は血も涙もないと罵られ、領民にも、畏れられた」

「ジルベルト様は良い領主様です。公平で、税も軽くなりました。市場も安くて新鮮で賑わっています。全部ジルベルト様のお陰なのに!あなたは何も悪くないのに!」

 私はシードルを飲み干し、私は音を立ててグラスを置きました。悔しかった。ただ、悔しかったのです。

「そんな中、周辺貴族は一枚上手だった。情報の戦いに負けた。『親兄弟を死に追いやった血も涙もない領主が帰ってくる。血の黒将軍というそうだ』そう流布させた。他の土地への流民も増えた……尊属殺人に似たものを感じさせたのだろう。今の法にはそれはないが、貴族は家族の繋がりは強い」

 次は肉料理。ビーフシチュー。お肉が柔らかい。お野菜も甘い。これも、この方のおかげ。市場は活気づいて皆は楽しいひとときを過ごしています。 

「誰も居なかった。あるのは幼い頃から誰にも見つからないように作った花園だ。蒼い薔薇は変種のようで、一株しかなかったのを懸命に増やした。私の幼い頃の記憶はそこに全て眠っている」

 そう言い、デザートのレアチーズケーキを食べながら、ジルベルト様はワインを追加なさいました。

「継母の家からの多額の賠償金も手の中だ。だが、孤独だった。緋の国と──いや、ただ戦うことが生き甲斐に、死に場所を探すことが生き甲斐になった。氷の黒将軍との名前はこの頃からだ。そして『簡単に命を捨てるな』と『生き抜いてこその死だ』と私に言ったのは、私と同じ前線で戦う指揮者のエリアラ様だった。そこに光を見た。私の、生きる──理由にした。けれど、エリアラ様はこの国の皆の旗印。聖女だ。だから、イルが言ったように娶るなんてことは畏れ多い……大逆罪だ。不可触の女神だから価値がある」

 そう言い、ジルベルト様はやさしく微笑みました。他にも、エリアラ様はこの戦いが終わったら俗世を離れ、神につかえたいと仰っているそうです。エリアラ様を娶るなど不敬罪のようなものです。

「あの方は禁忌の林檎だ。それだけだ」

 そう言い、私を見つめるジルベルト様は、お酒のせいか、少し潤んでゆらゆら揺れて、私の心臓も心持ち早く脈を打ちます。

「今、私が話している見ている間だけをとっても君の一つ一つの表情も、眼差しも、ため息すらも素直で嘘がない。君には真実しかない。隠そうとは、するが私には眩しい。今日の君の言葉は真実だった。君にあるのは腐りきった国を憎む、貴族を恨む民の声だった。そしてレモンに、この犬を保護した経緯を聴いた。貴族は、民の命などどうでもいいと思っていることも──。ある意味本当の敵は、王族や、貴族だ。そして──軍人だ」

 そう、呟くようにジルベルト様は仰ると、俯きました。

 イデアが、私の元を離れジルベルト様を慰めるように傍らに座りクゥーンと鳴きました。私は席を立ち、力無く項垂れるジルベルト様を抱きしめ、

「もう、いいです。いいんです。許されるなら傍において下さい。私はあの時、あなたに助けられた命です。ずっと、あなたを心の中で想っていました。愛しています。ただ……もう私を試したりなさらないで下さい……」

「君だけだ。イル。ずっと君が好きだった」



────────《続く》

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