第7話 誕生日
足音に石畳の固い音が響きます。黒づくめの男たちは、重いドアを開けました。
「枷をとります。申し訳ありません、イザベラ様。こうでもしないと、あの娘とはもう二度と会えなくなってしまうからと……」
目隠しを外されます。綺麗な部屋。調度品も一流です。テーブルには、ワインとフルーツ。
「ここは何処ですか。処刑はまだですか」
「そんなことをしたら、私の首が飛びます、それと……」
クゥーン。とコロコロした犬が駆け寄り、巻き尾を振り、懐に飛び込みました。甘えた鳴き声で鼻をならします
──少し前のことです。市場に野菜を買いに行った時でした、まだ、今よりずっと小さいこの仔犬は貴族の馬車に轢かれそうになっていました。わざと速度を落とし、その豪奢な馬車に乗る貴族は馬をけしかけるように仔犬を弄んで楽しんでいました。思わず仔犬を庇って助けた私も罵声を浴びせられる始末でした。
私は石を投げました。他の民も、馬車に石を投げつけ始めました。助けた仔犬はまだふわふわの毛の仔犬でした。よっぽど驚いたのでしょう、おしっこをもらして、震えてその場から動けずにいました。私はお湯を借り仔犬を綺麗にして、内緒で屋敷に連れていきました。そして、私のご飯を毎日、分けてあげたりしました。
「ありがとうございます……イデア、お前はあったかいね」
この仔犬はアラスカンマラミュートという種だと聴きました。保護してすぐ、料理長のレモンさんには見つかってしまいました。流石年期が違います。レモンさんは誰にも見つからないように屋敷の目立たない所に、イデアのお家を作ってくれて、この子は大きくなるぞと言い、笑ってくれました。
沢山の蝋燭に火が灯されます。隣の部屋に行くように、数多くのメイドさんが、ドレスを合わせ、私は人形のように着替えさせられました。まるで貴族の舞踏会のようです。ですが髪はパサパサ、手は荒れて不恰好です。自嘲します。やっぱり、使用人は着飾っても使用人なのだと。
「美しいな、イル。イザベル嬢」
正装をしたジルベルト様。見惚れてしまいそうになります。銀の刺繍が施された軍服が似合う。マントにある薔薇とイーグルの刺繍が見事です。
「これは──なんですか?」
「私の、誕生日パーティーだ。料理はレモンに任せた。アップルパイは期待しないで欲しいと言うことで、レアチーズケーキに変更になった。私のことが、嫌いに──なってしまったか?」
私は、力無くうなだれました。もう、取り繕うのも、この方への嘘や強がりもやめようと思いました。
「ずっとあなたが好きでした。ただ、身代りに生きるのは嫌です。お暇を下さい」
私が座って礼をし、立ち上がろうとすると、右手にジルベルト様は手を重ねて言いました。
「イル、頼む。座って欲しい。話もしたい」
ジルベルト様が見つめるのは私でした。ああ、この瞳には逆らえない。私は軽く引いた椅子に腰かけました。
「……すまない。イル。君を、試した。私は最初──君を疑った。確かに私はエリアラ様を尊敬しているのは周知の事実だ。だから何人も私に近づく金の髪、紫色の瞳の女性を見てきた。偶然を装った必然の出会いを。髪の色など今、何色にも変えられる。瞳の色も」
「──だから、私も緋の国の暗殺者だと思ったのですか?」
「君は、聡いな。話が早い。男なら副官にしたかったくらいだ」
男ならどれ程良かったか。この苦しい恋慕の業とも呼べる思いを味会わずにすんだのに。一緒に馬で駆け、何処までも行くことが許されるのに。ドレスを握りしめた手を見たのか、らしくなく、ジルベルト様が取り乱しました。
「彼女にはワインは強いから、シードルを」
とジルベルト様はギャルソンに頼みました。運ばれたのは金色の甘酸っぱい、林檎の炭酸のお酒。初めて飲みました。
「………イル……本当にすまない。とんでもない誤解をしていた。……いや、違う。私は君に惹かれていくことが怖かった。君が、緋の国の者か、いや、違う。君の心を試した。卑怯なことをした──私の初恋は、私へと送り込まれた暗殺者だった。私は知らずに愛した。最後は…彼女を殺した──『家族を質に取られている』と『だから死んで下さい』と泣きながら言われた──結局私は愛した人と、愛した人の家族の未来を奪った」
ワインをのみ、前菜です。軽目のコースのようです。
────────《続く》
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