第5話 イル──イザベルの告白
「お前を助けた理由は……お前が言う、全てだ」
「そうですか。そうですよね。私のこの見た目がなければ……私は緋の国の兵に慰みものになっていても、よかったのですね……」
「ち、違う!そんなことはない!誰でも、命は平等だ!」
私は何故か笑っていました。潤んだ声の、笑いがとまりません。戦場の聖女を守り、自らの手を汚し、歴戦を戦い抜いた黒将軍らしくありません。
「イル?」
「不器量な、痘痕面の赤毛の黒い瞳の少年なら、あんなに取り乱しながら、緋の国の敗残兵ごときを八つ裂きにはしないでしょう?つまりはそう言うことです」
ジルベルト様は黙り込み、俯きました。
「それと、アップルパイ、美味しくないなら美味しくないと仰って下さい。もう、ここには来ませんし、お暇を出されても結構です。もう二度とアップルパイは作りません。あなたのために、もう、作る必要もないものですから」
食べ終わった食器類をバスケットに手早く、乱雑に戻していきます。
「イル?イザベル!言いたいことがあるならはっきり言え!お前らしくない!」
ジルベルト様。感情までも、私の胸に密かに抱いていた想いさえもむしりとるのですか?
ジルベルト様は私の両手首を掴み、私を見つめました。私もジルベルト様を見つめます。私の右目から一筋涙が頬を伝いました。
「何一つジルベルト様は解ってらっしゃらない」
感情が溢れてきます。声が震えて、涙まで溢れてきます。
「ジルベルト様は何も解らないのですね。私はこの蒼い薔薇の庭でジルベルト様に会うのが楽しみでした。毎日お菓子を作る時間は何より好きだったのに……手を離してください。何も言わないで下さい………お願いです」
「イル。聴いてくれ……君の髪と瞳の色が……あの方と同じだった。それは認める。だから、余計に君を可愛らしいとおもったのかもしれない。ただ、あの方は『禁忌の人』だ。不可触の女神だ。……アップルパイ、シナモンがきいていて美味しかった。また、頼みたい。イルのアップルパイだけだ。懐かしい気持ちになれるのは。君は最高の使用人だ」
私の頬を、唯々涙が伝います。すべての鍵が組合わさります。私は『使用人』だったことを忘れていました。いつのことだったか忘れてしまいましたが、ジルベルト様に『最高のパティシエになれる』と言われました。けれど、その前に私はただの使用人でした。蒼の国の旗印『聖女』や『戦いの女神』と称されるエリアラ様には私は遠く及ばない。当たり前です。比べること自体畏れ多い、貴い女性。私は、ただ髪の色と瞳の色が同じの年頃の娘です。
ジルベルト様が見ていたもの。私の後ろにあるエリアラ様の影。楽しみにしていた『私だから許された』禁忌の蒼い薔薇が咲く庭での秘密のティータイム。ですが蒼薔薇の咲く庭での秘密のお茶会が許された理由は、『私だから』ではなかったのです。紫色の瞳と、金の髪をもつ年頃の女性であれば、誰でも許されることだったのです。
────────《続く》
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