第4話 ティータイム

 ティータイムは何年も続きました。私は少女から、娘になり、誕生日にジルベルト様は手荒れに効くふんわり甘い香りがするクリームと、髪の手入れに使う花油と櫛を下さいました。クリームは使いましたが、花油と櫛は眺めるだけ。

 嫌だったのです。もう──エリアラ様に私を重ねられるのは。

 年を経るごとに、成長していくうちに、私の持つ金の髪と紫色の瞳だけを必要とするジルベルト様との2人のティータイムは苦しいだけのものとなりました。笑うことも、苦しいのです。

「……お前のような若い娘が恋もなく、学びもせず、働かなければならない世の中とはな。学校へ行き、学びたいことはなかったのか?」

 私は苦笑しました。

「私の家は小さな街の食堂でした。だから、学びたかったのは料理です。私はジルベルト様に会って救われました。毎日ジルベルト様から帰ってくるお皿を見て、好き嫌いを判断して、栄養があって美味しいものを、レモン調理長と一緒に考えます。それに、もう18歳です。もう、学校へ行く年齢ではありません。読み書き計算は、昔祖母に習いました。祖母は蒼の国の国立図書館の司書でした」

「祖母殿は司書か。イル、これは私の屋敷の書庫の鍵だ。本は心の栄養だ。18の祝いだ。好きな本を読むといい。早いものだな」

髪を撫でてくれる大きな白い冷たい手。私はもう、キャップを被りません。不意にザァッと音をたて薔薇の庭に風が吹きました。

 揺れる蒼い薔薇。薄暗い森を、光が裂くように明るく照らしました。私の金の髪がきらきら光を反射します。薄紫の瞳には光は眩しい。ジルベルト様はマントを翻し私を覆い抱きしめ、

『風が収まるまで、暫くこのままで──』と仰りました。


 胸が苦しい。ジルベルト様の香水の匂い。抱きしめる腕の体温。湿度……。風が収まると何事もなかったように、無表情を装いながらジルベルト様は、マントをバサリといつものように整え「すまない。間違えた」とだけ言いました。誰と、とはジルベルト様は仰りませんでした。

 間違えて、風から守ってもらっても、嬉しい人など誰もいません。一番ジルベルト様から聴きたくなかった言葉でした。

 私が無言で、表情も死人のような光の無い瞳でジルベルト様をぼんやり見つめる瞳に耐えきれないのでしょうか。俯きがちに、早くこの時間が過ぎればいい、と言わんばかりの気まずい面持ちで、終始無言で、ジルベルト様はいつも通りの綺麗な所作で紅茶をお飲みになります。

 今日は自慢のアップルパイです。ジルベルト様はシナモンがお好きなので少々多めにいれたのに──いつもなら、気づいてくれるのに──何も言わず今日は黙々とアップルパイをお食べになります。まるで一秒でも早く、蒼い薔薇の庭から立ち去りたいかのように。

 私は偶々余ったアップルパイを今日に限って持ってきていました。涙目になりながら口に押し込みました。味なんかしません。

 アップルパイなんて、いらない。林檎なんて、いらない。もう、私にとっての逢瀬はおしまいです。もう最後だと思い、訊きました。

「──幼い私を、助けて下さったのは、正義感ですか?ジルベルト様の領内で狼藉を働く緋の国の兵による怒りですか?──それとも、私の髪が金色で紫色の瞳をしているからですか?エリアラ様に重なりましたか?答えて下さい!最初から、ジルベルト様が見ていらっしゃったのは私ではないのでしょう!?答えて下さい。私の最後の我儘だと思って下さい!!」

 泣きながら私はジルベルト様に向かって心の中を吐露しました。このお城で働くのはもう、終わりなんだろうな、そう思いました。


────────《つづく》

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