黒将軍と蒼薔薇の庭──ハッピーエンド編【完結】
華周夏
第1話 蒼薔薇の庭
蒼の国と緋の国で激しく戦いが行われていたときのことでした。私の村は緋の国の夜襲で焼き討ちに遇い、火の海と化したとき、自国の蒼の国が救援に来ました。驚くべき早さで緋の国の暴挙を鎮圧し、敗残兵を捕虜として首都に連行していきました。
私の家も焼けてしまい、母が焼け落ちる家から大声をあげ、勝手口近くにいた私に、急いで逃げるように言いました。
「おかあさん……」
下を向いて歩いていると急に緋色の服の男達に囲まれました。
「可愛いお嬢ちゃん──ってまだガキじゃねぇか」
「女には代わりはねぇよ。憎っくき聖女と似たナリしてるしな。ボロカスみたいにしちまおうぜ」
私は、今、自分が緋の国の敗残兵をの慰みものになりそうになっていることを、このときやっと理解しました。そして、行く先は無惨な死であることも。そんな私の肩を叩いたのは、黒づくめの男の人でした。
「暫く、目を瞑っていろ。緋の国の敗残兵だな。死にたくなければ、動くな。投降するか、死か、選べ」
低い、声。
「聖女の犬がぁ!お前が死ね!」
黒毛に蒼の薔薇の飾りをつけた馬から素早く降り、歴戦を共に戦い抜いたと思える、血曇りが残る長剣。たなびく長い美しい黒髪、黒地に銀の刺繍のマントを翻した、見るからに高貴な方。
私に『目を瞑っていろ』と仰りましたが、私は見てしまいました。人が死ぬ恐怖より、この方の、鮮やかな、まるで剣舞のような剣さばきに見惚れました。鬼気迫るように、彫刻のように整ったお顔の眉根に皺を寄せ、緋の国の兵を切り伏せる様子は、美しかった。あっという間の出来事。1分もかかっていません。辺りは静かになり、そしてこの方は、私をあの美しい馬に同乗させ暫くし、蒼の国の配給所へ案内して下さいました。
『生き延びろ。希望を捨てるな……そうすればいづれ道は自ずと開ける』
そう言い、黒毛の馬で駆け去る方を、周りにいた方々から、
「蒼の国の大将軍ジルベルト様だよ。ここの領主になられたらしいよ」
と教えて貰いました。昔、耳にしたのは血も涙もない、黒将軍。黒のマントは返り血を解らないようにする為の黒。蒼の国の旗印、天が蒼の国に遣わせたと言われる戦いの女神であり聖女エリアラ様に忠誠を誓った騎士。
「あの方は、エリアラ様の手をもう、紅く染めさせたくないんだわ……」
次の日、焼けた家に帰りました。変わり果てた家族の姿に私は泣きながら、お墓を作りました。煙を吸い込んだのでしょう。火には焼けず皆の身体は綺麗なままでした。
もう、行くところも、生きる意味をも、私は見失しないました。いっそ、私も後を追おうかと考えましたが、ジルベルト様の声がよみがえりました。
『生き延びろ。希望を捨てるな』
私は、蒼の国の負傷兵への配給や、年若なので調理を行う周りの方々の『まかない』を作るお手伝いをしました。自分の料理で誰かが笑顔になることは、そのときの私の生き甲斐でした。ですから、偶然ジルベルト様の屋敷の料理長のレモンさんに料理の腕を見込まれて、ジルベルト様の屋敷に引き取って貰ったことは、とても幸運なことでした。
与えられた仕事は城で働くひとのご飯を作ることです。ここでも『まかない』です。それでも私はとても嬉しかった。
まかないというと馬鹿にされがちですが、料理は『信用』です。料理長がこんな年若の私を見込んで下さった。みんな、私の作った料理を褒めてくれます。その他の仕事は、雑用や、調理助手です。
そして、時は経ち、私の料理の腕も少し上がりました。そんな時ジルベルト様の食後のデザートを作る大役を任されました。デザートを作ることは私は一番好きなことでした。食事の最後の甘い一時の贅沢です。
そのときは、丁度、蒼の国と緋の国が休戦調停を結び、束の間の平和が訪れていました。
あの頃の──緋の国と蒼の国の動乱の時代。私の村が焼き討ちになり、家族は不条理に亡き者にされ、私が緋の国の敗残兵の慰みものになりそうになった時、助けてくれたのは見目麗しい、尊敬と畏怖を込めて皆が黒将軍と呼ぶジルベルト様。長い真っ直ぐな豊かな黒髪。緋の国の敗残兵を切り伏せから、軽く屈み、私と目の高さを合わせ『大事ないか?傷は、ないのか?』とやさしく、少し切なそうに訊かれたことを覚えています。今、私が作るこのデザートで恩返しができたら。など考えて私はアップルパイを作っていました。
炊き出しの中、孤児院の教師を名乗り、孤児院を勧める人が何人もいましたが、私は行きませんでした。嫌な目をしていました。緋の国の残党のような、獲物を見る目。後で、当時は食べるものもろくになく、教師が生徒を拐かすような酷いと環境だと聴きました。暫くし、ジルベルト様が領主になり、民政や司法の改革が行われ、不道徳な教師は処罰されたと人伝に聴きました。
私はとても運が良かった。お屋敷のやさしい仲間。レモン料理長は、時折、暇があると私に料理を教えてくれます。暖かいベッド。けれど、アップルパイを作ると、思い出してしまうのです。昔から私は家族の皆に言われていました。
『本当にイルは料理が上手ね』
『アップルパイなんてお店が出せるわ』
『イルのお菓子はひとを幸せにするなあ』
家族のことを思いだすたびに、ジルベルト様のお屋敷の抜け道の奥の、森の中。沢山の薔薇が咲く美しい庭に来ていました。私はここで蒼い薔薇を初めて見ました。
──────────《つづく》
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