公務員とタイムマシン
ながる
第1話 しがない公務員です
すでにどんぐりの季節は終わっちゃったなぁ。
ビニール袋を片手に久々に街を見下ろして、木枯らしに背を震わせる。
マフラーに埋めるように首をすくめると、自分の体温がじんわりと心地よかった。
研究所でココアでも飲ませてもらおう。
最近は私のリクエストで飲み物の種類が増えているので、コンビニに寄ることが減ってしまった。フクリコーセーばんざい。
廃墟を囲っていた壁はそのままに、工事中の看板がかかっている。一度更地にしてから新しく建て直すらしい。壊すのもお金がかかるというのだから、上層部が渋っていたのもなんとなく解るというものだ。
亀のごとく首をすくめたまま山を下りかけて、その壁際に黒い物体を見た気がしてぎょっとする。
この工事現場付近で見かけるのは、ベージュとグレーの作業着がほとんどだったから、一瞬、熊かと思った。
この山に熊はいないはずだけど。
ちゃんと顔を持ち上げてみれば、黒いロングコートを着て眼鏡をかけた、バリバリの公務員風の男の人だった。おじさんと言っていいかは微妙なお年頃か?
じっと壁の向こうの重機を見上げて、難しい顔をしている。
ふと、視線に気づいたのかこちらを振り返った。私の手にしたどんぐり満載のビニール袋を見て、少し首を傾げる。
「すいません。関係者の方ですか」
どこでそう判断したのか、壁を指差しながら訊ねられて、私も同じように首を傾げた。関係者と言えば関係者、か?
「バイトですけど」
「なるほど」
これまたどこで納得したのか、男の人は顎に手を当てて少し思案した。
「ご用事なら、ふもとの研究所にどうぞ」
寒いのでそう言って歩き出したら、呼び止められた。
「ああ、すみません。そちらにも後で伺いますが、せっかくなのでご意見をお伺いしたいのですが」
えー。こんなところでアンケ? もっと人の多いところでやればいいのに。
渋い顔で振り返ったら、男の人は黒いアタッシュケースを開けているところだった。
ん? そんなもの持ってた? どこから出した?
「お好きな羽があれば、教えていただけませんかね。若い人の意見は貴重なので」
「羽、ですか?」
「はい」
にこにこと差し出されたのは一冊のカタログだった。
あれ? 押し売り系? 訪問販売はもうだいぶ廃れた気がしてたんだけど。
パラパラとめくってみれば、いろんな鳥や虫や架空の生き物の羽、飛行機など機械の羽も載っている。
買う気はないが、このカタログには興味がわいた。
しかし、寒い。暖かいところでじっくり見たい。
「研究所に行くなら、そっちで見てもいいです? メモ挟んで受付に渡しておきますんで、回収して帰ってもらえれば」
「あー。それは了承しかねます。お嬢様は現在対象者ではないですし……」
首を傾げると、男の人は黒いコートの裾を軽く広げるような動作をした。
ぴたりと風がやんで、寒さを感じなくなる。
「すみませんが、適当でもいいので」
「……ひとつじゃなくても?」
「ええ。もちろん」
カワセミの美しいブルーの羽、妖精の光が当たると虹色に光る羽、同じ虹色でもゲーミング羽は趣味じゃない。いったりきたり、ページをめくりながら10個ほどあげただろうか。
「その中で、自分の背に着けて飛んでみたいものはありますか?」
「背に……」
想像してみて、しばらく悩み、その羽を指差す。
「選んだものとは別のなんですけど」
ハヤブサの羽。すごく速く飛べそう。
「なるほど。好みとはまた違うところということですね。ありがとうございます。参考になりました!」
本当に嬉しそうににこにこと、カタログを回収される。
ちょっと名残惜しい。もっとゆっくり見たかった。
「なんのアンケートですか? ゲーム系?」
「ああ。いえ。しがない公務員ですよ。上の命令に右往左往するばかりで」
公務員?
確かに、イメージはそうだけど。公務員と羽の関係がさっぱりわからない。
まあ、公務員のアルバイトでどんぐり拾ってる私も大概わからないだろうから、見えない仕事が色々あるのだろう。
「そうですね。またいつか……できれば忘れた頃にお会いできるといいですね。ハヤブサの羽、ご用意しておきます」
そう言って、男の人はアタッシュケースを前に綺麗な角度のお辞儀をした。
ぴゅうと風が吹き抜ける。また首をすくめて、私も小さくお辞儀を返しながら坂を下り始める。
少し行って、彼も行くはずでは?と振り返ったら、もうどこにも人影は見えなかった。
公務員とタイムマシン・終
※黄金色の空へ
https://kakuyomu.jp/works/1177354054892740095
こちらの公務員さんにお出ましいただきました。
公務員とタイムマシン ながる @nagal
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