第3話

「レクス、ようやく見つけましたよ……」


 はあ、はあ、と荒い呼吸をしている彼女は一度大きく深呼吸をする。

 それからもう一度「ふう」と大きく息を吐き、それからじっと俺の瞳をのぞき込んできた。

 まるで深海のように深い青色の瞳。

 優し気で、だけど心の奥底まで見透かすかのようなそんな瞳だ。


「貴方の事を探していました」

「どう、して」

「貴方の事を守るためです」

「……え?」


 そして彼女の言葉は俺を驚かすには十分すぎたし、そして状況的にいくら相手が聖女様であっても簡単には信じられないようなものでもあった。


「……どういうことですか?」

「まず、結論から申し上げましょう。勇者アンソニーは貴方、レクスを裏切り者として極刑に処する事を国に求めています」

「それは……、そうなんですか」

「ええ。ですが状況は極めて複雑で、勇者に賛成する派閥と貴方の事を擁護する派閥、そしてその対立を静観する派閥とに別れているんです」

「……?」

「よく分かっていないようですが、大丈夫ですか?」

「俺の事を、擁護している人達がいるんです、か?」

「何を言っているんですか?」


 聖女様は少し呆れたような顔をする。


「当たり前でしょう、貴方が人々のために必死に尽力してきた事を知る者は当然います。そしてそれは私もそうですし、だからこそ私は貴方を守るためにこうしてここに来ました」

「いや、でも……聖女様、貴方は勇者アンソニーと――」


 婚約するのでは?

 そのように尋ねるつもりだったが、その前に聖女様が「いえ、そんな予定はないです」という言葉に遮られる。


「正確に言うのならば、私はあのような男と婚約するつもりはないです。あったとしても破棄します――旅の仲間を裏切り者として断罪するような者と契りを交わす訳ないでしょう?」

「大丈夫、なんですか?」

「大丈夫ですよ。ほら、こうして私の事を後押しするつもりで資金もいただきましたし」


 と、彼女はじゃらじゃらと音を立てる革袋を見せ、それから今まで浮かべていた微笑を消し真面目な表情を浮かべた。


「さて、レクス。本当はもう少しゆっくりと会話をしたかったのですが、それは後回しにしましょう。まずは隣国アストラへ向かいます」

「それは、俺もそのように考えていたのですが」

「ならば、行きましょう。大丈夫、それも含めての後押しですから」


 俺の手を取り、聖女様はずんずんと関所へと向かっていく。

 そして関所、国と国との境目に立つ警備兵のところまで行くと彼女は一言簡潔に、


「私です」


 と告げた。

 それに対し警備兵は特に驚きもせず「はい、お話は伺っております」とこちらもまた簡潔に短く答え、道を開けてくれた。


「貴方達の旅路に祝福があらん事を」

「では、行きましょう」


 聖女様は一度振り返り、微笑を浮かべて俺の事を引っ張り隣国アストラへと足を踏み入れるのだった。



  ◆



「なに、レクスが隣国に逃げたぁ?」


 勇者アンソニーは低い声で脅すように言う。

 対し『教会』の責任者であり権力者、組織のトップである男――クランは冷たい言葉を返した。


「ええ、どうやら何者かの手引きによりこの国から脱出する事に成功したようです」

「ちっ……」


 舌打ちをするアンソニーに対し、クランは何も言わない。

 あくまで自分の方から率先して意見を述べるつもりはないようだ。


「まあ、良いさ。どうせあんな雑魚、俺がいなければどこかで死ぬだろうしな――そうだ、レインはどこにいった?」

「さあ? 姿が見当たりませんが、勇者様もご存じないのですか?」

「はあ? あいつは俺のヒロインだぞ、なんで俺に黙って行動してる」


 再度舌打ちをした彼は、それから苛立たし気に「今日は、休むよ」とその場から立ち去るのだった。

 

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