巨人殺しのブレイクスラー

ポテッ党

第1話 ブレイクスラー

 ブレイクスラーとは、突破者である。

 その生物に与えられた限界を超越し、制限を超克した者たち。

 人の身でありながら、巨人をも打ち倒すことすらできる者だ。

 そんな存在が今、この国にはいた。


「あぁ、風呂入りてぇ。水浴びだけじゃ体がきれいになった気がしねぇ」


 一人の男が、人々が行きかう大通りを歩いていた。

 二メートルを超える身長に、薄汚れた外套を身に着けた彼は、通行人から遠巻きにされていた。


「しかし文無しなんだよなぁ」


 その服装からか、ブツブツと独り言を言っているからか、あるいはそれ以外の理由か。

 通行人の流れは、男を避けるように二つに分かれていたのであった。


「はぁ。これじゃあ今日も野宿か……」


 そう言って、トボトボと歩いていると大男に向かって、走ってくる影があった。

 子供たちだ。 

 

「こいつを盾にしようぜ!」

「後ろに隠れろ!」

「なんだぁ?」


 いきなり子供たちが男の背中に回り込む。

 その直後の事だった。

 いきなり水が大男にぶっかけられたのは。


「何だァ!?」


 そのまま後ろの子供たちは走り去っていく。

 水のかけられた大男は、その下手人を見遣る。

 青い顔をした少年がそこに立っていた。


「てめぇか。俺にいきなり水をかけたのは」

「な、何だよ! やろうってのか!?」

「人に迷惑かけたらまず『ごめんなさい』だろうが!」


 そのまま拳骨を少年の頭に振り下ろす。

 ゴン、と音が鳴った。


「い、いってぇぇぇ!!」

「全く。一張羅なんだぞ、この服」


 ふんす、と鼻を鳴らす大男。

 地面をのたうち回る子供の前で仁王立ちする彼。

 その背後から、声が投げかけられた。


「あ、ゼンの奴、大人に捕まっているぜ!」

「助けねぇと!」

「おいおい。先に無礼を働いたのはそっちだろ?」


 そんな大男の指摘も無視して、子供たちは声を張り上げる。


「騎士様! 子供に暴力を振るう奴がいるんですけどー! 助けてくださいー!」


 すると、周囲の大人たちの視線が一気にこちらに向いた。

 騒ぎは伝播し、波を打つように大男が加害者であるというレッテルが貼られて、それが広まっていく。


「このっ、クソガキめ!」

「そこまでだ」


 再度拳を振り下ろそうとした大男の前に、全身鎧の騎士が現れた。

 体躯は二メートルを超える大男と変わらないレベルであり、その腰には剣をぶら下げている。


「子供に暴力を振るうとは、大人の風上にも置けん。詰所までご同行ねがおうか」

「…………ちっ」


 さすがに国家権力を敵に回す気も大男にもなかったようだ。

 彼は大人しく騎士についていくのであった。



 □



「いやーすまんね。ユイイツ君。うちの子たちが迷惑かけたみたいで」

「ホントだぜ」


 ユイイツ。それが大男の名前だった。

 彼と対面して座っているのは、兜を脱いだ全身鎧の騎士だった。


「で、騎士様よ」

「フラルドで構わないよ」

「ここの詰め所には風呂はあるのか?」

「ん? ああ。あるよ。入っていくかい?」

「マジですかい?」

「うちの子たちが迷惑をかけたみたいだからね。これぐらいはお安い御用さ」


 やったー、と無邪気に喜ぶ大男改めユイイツ。

 彼はウキウキで風呂場に直行する。


 体を丁寧に洗って、ついでに服も洗濯機と呼ばれる魔道具に洗ってもらって。

 そのまま風呂に浸かる。


「ぐはぁ~。いい湯だわ」

「お、フラルド団長のお客さんかい」

「アンタは?」

「この詰め所の騎士さ。フラルド団長の部下の一人でもある」

「へぇ。あの人騎士団長なんだ。結構若そうなのに」

「お、知らないってことは、この国の外からやってきた人かい?」

「おう。俺は旅人なんだ」

「じゃあ、聞いていってくれよ。我らが団長の武勇伝って奴をよ」


 そう言って騎士は話し始めた。



 □



 この国の名前は、ベイルノート。

 巨人による大国の隣にある、世界の大半は名前も知らないような小国だ。

 そしてその国は今、巨人によって侵攻されていた。

 巨人たちの大きさは、小さくとも十メートルを超える。

 そんな巨人たちが、奴隷にした人間たちに作らせた防具と武具で、武装して攻めてくるのだ。

 もはや生きた攻城兵器が、群れを成していると考えてもらっていいだろう。


 当然、そんな彼らを相手にこの小国ベイルノートがここまで存続できているのは、訳がある。

 一つは結界だ。

 各都市に、強力な結界が張り巡らされており、それによって巨人の攻撃を防ぐことができるのだ。

 しかし守るだけでは、いずれ限界が来る。


 もう一つは、超人たちの存在だ。

 数十年に一人や二人と言った頻度だが、超人が生まれるのだ。

 巨人すらも圧倒することができるほどの。

 数十倍の体躯差などものともしない、英雄たちによってこの小国は何とか成り立っていた。


 そんな超人を、この国の人々は古い伝承に倣って『ブレイクスラー』と呼んでいた。

 騎士団長であるフラルドはその一人と目されている。

 

 フラルドもまた、今のユイイツと同じ元旅人だった。

 巨人国との国境沿いの街に、ふらりと現れた彼はその直後に現れた巨人軍相手に、そこに駐在していた騎士団と共闘。

 街から避難する市民たちの殿を、騎士団と共に担った。

 生き残りはフラルドしかおらず、そのフラルドも片腕を失うほどの激闘だったようだ。


 しかし何とか生きて、隣の都市であるここに逃げてきた。

 その功績を認められ、正式に騎士の一人としてこの国の一員になったフラルド。

 そこから巨人相手に功績を積み、騎士団長になるに至ったのだ。


 そんな彼を讃える声は、留まることを知らない。

 なぜなら戦闘能力のみならず、人格をも完璧だからだ。

 彼は巨人との戦闘で命を失った騎士たちの子供たちのための孤児院を作ったのだ。私財を擲って。

 

 彼はこの国における紛れもない英雄であり、この国の孤児たちにとっては、父親にふさわしい男なのだ。



 □


 立派な人なんだなあ、と騎士から聞かされた話を反芻しながら彼は歩いていく。

 風呂に入り終わった彼は無一文であることを話すと、騎士たちは食事を振る舞ってくれただけでなく、仕事先まで紹介してくれた。


「お、ここか」


 ユイイツの前には、工房があった。

 煙突からは黙々と煙が出ており、金属音が内側から絶え間なく響いてくる。

 入口で突っ立ていると、一人の老人がこちらを睨んできた。


「んだァ? 見ねぇ顔なうえに、薄らデカい野郎だな? 巨人モドキか? 帰りな」

「あの、騎士団からの紹介で来たんすけど」

「何ィ? それを先に言いやがれ。付いてきな」


 老人は付いてくるようにジェスチャーをし、それに大人しく従うユイイツ。

 

「さっきは疑って悪かったな。お前みたいに躊躇半端にデカい奴を見ると、巨人の血を引いているんじゃないかって俺たちは思っちまうのさ」

「なるほど」

「実際、巨人に寝返る人間もいるしな。……辺境の街はそれで奪われちまった」


 戦争の弊害という奴か。こうした疑心暗鬼は付き物なんだろう。

 そう納得していると、彼は倉庫と思わしき場所に通された。

 そこには大量の木箱が陳列されている。


「こいつを向こうまで運んでくれ。その体格なら多少の重さはモノともしねぇだろうからな。頼んだぞ」

「分かりました」

「給料は時給1500ゴルだ。まあ夕方には仕事の時間は終わるからな。そん時にどんだけ運び終わったかを教えてくれや。数日はこの荷運びをやると思ってくれ」

「了解っす」


 そうしてユイイツは仕事に取り掛かった。

 そして……。


 荷運びを一時間で終わらせたのであった。

 

「メチャクチャ速いな!」

「鍛えてますから」


 ユイイツは仕事を速く終わらせたことによって多めに日当をもらい、夕飯を食べに行くのであった。

 

 

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