トリニティ×インフィニティ

阿弥陀乃トンマージ

トレスとオクタ

 ダダダッ!とけたたましい音が鳴り響く。銃弾の雨霰が道路に当たった音だ。その音はあらゆる方向から聴こえてくる。物騒なオーケストラが夜の田舎町を彩る。銃弾の放たれた先には一台の大型バイクが猛スピードで走っていた。

「な、なにやらかしたんだよ、アンタ⁉」

 短めのボサボサとした赤髪を掻き乱しながら、大型のバイクを運転する少年が叫ぶ。声を向けた相手は自らの腰にそっと両手を回して、バイクに腰掛けた金髪ロングヘアの女性だ。左肩に大きめのバッグを抱え、右肩を少年の背中にピタッと着けている。つまり、横向きの体勢でバイクに乗っている。金髪ロングヘアの女性はその美しい顔を一切崩さずに答える。

「アンタではない、私の名前はオクタだ……」

「そんなことどうでもいいだろう!」

 少年はオクタと名乗った女性に叫ぶ。オクタは即座に言い返す。

「どうでも良くはない」

「な、なんだってあんな物騒な連中に追われているんだよ⁉」

「追われるようなことをしているからだろうな」

「ええっ⁉」

「いいから連中をさっさと振り切れ、『運び屋』トレス……」

「そ、そんなことを言われてもだな……」

 トレスと呼ばれた少年が苦笑する。

「嫌なら前金を返せ。この場で降りてやる」

 オクタが右の掌をパッと開き、トレスの視界の端で上下させる。

「……」

 トレスが黙る。

「どうした?」

 オクタが小首を傾げる。

「……スッた」

「は?」

「ポーカーでスッカラカン……」

 トレスが左手をひらひらとさせる。オクタはやや間を置いてから答える。

「ならば致し方ないな、支払った分はしっかり仕事をしてもらわないと……」

「くっ……⁉」

 銃弾のスコールがトレスたちの乗る大型バイクの周囲に降り注ぐ。トレスは正確なハンドルさばきでそれをかわしてみせる。

「ほう、今のをかわすのは流石だな……」

 オクタが感心したように呟く。しかし、銃弾が鳴りやむ気配は無さそうである。

「ちっ! なんだってこんなことに……」

 トレスが右手で髪を搔きむしりながら、小一時間前のことを思い出す。

「~~!」

 田舎町だが、夜になると、酒場にはどこからか湧いてきたのか、それなりの数の人が集まってきては大いに飲み食いをして騒ぐ。そんな喧噪をよそに、真っ白いブラウスを着て、黒いロングスカートを穿いた美人の女性が金髪のロングヘアをなびかせて、酒場の片隅へとやってくる。

「~~♪」

 隣に座る男が口笛を鳴らしたことで、少年は顔を見上げて、女性と目が合った。女性が尋ねてくる。冷たさはあるが、不思議と嫌な感じのしない声であった。

「はじめまして。私はオクタと言う」

「はあ、どうも……」

「運び屋のトレスだな?」

「……ああ」

 トレスが頷く。

「この辺りでは一番の『トライストライカー』乗りだと聞いている……」

 オクタが窓から店の外に視線をやる。大型バイクが停まっている。オクタが言うトライストライカーとは、この大型バイクのことで、陸路ではオンロード・オフロードを問わず、海中・水中にも潜れ、さらに空も飛べる。陸海空を制することの出来る走行用メカである。

「………」

「うん? どうかしたか?」

 トレスに視線を戻したオクタが首を傾げる。

「……違えよ」

「違う?」

「ああ、この辺りじゃねえ、この世界で一番のトライストライカー乗りだ……!」

 トレスは椅子から立ち上がり、右手の親指で自らを指し示す。

「……そうか、それは頼もしいな。その技量を見込んで頼みがある」

「飲酒運転はしない主義なんだ。話は明日の昼にしてくれ」

「まだグラスに口を着けていないだろう。今夜から出発してくれ」

「夜通し走れって? 料金割増になるぜ?」

「とりあえず前金だ」

「!」

 オクタがバッグから無造作に分厚い札束を一つ取り出し、ドンとテーブルに置く。トレスの顔色が変わる。トレスは若干戸惑い気味にその札束を手に取る。オクタが告げる。

「……運んでもらおうか」

「……積荷は?」

「私だ」

 オクタが髪をかき上げながら答える。

「……金額の時点でヤバい案件だと気が付くべきだった!」

 回想を終えたトレスが声を上げる。

「……まさか、ちょっと待っていてくれと言ったあのわずかな時間で前金をすっかり溶かしてしまうとはな……」

 オクタが苦笑気味に呟く。

「これまでの負け分も含めて一気に取り返そうとしたんだよ!」

「典型的なギャンブル弱者の考え方だ」

「うるせえな!」

「まあいい、そろそろ連中を振り切ってくれないか」

 オクタが自分たちを追いかけてくる数台の車を指し示す。

「分かっているよ……蜂の巣にされるのは御免だからな!」

「!」

 トレスがトライストライカーを減速させる。車体が追ってきた車に並びかける。追跡者たちは面食らったような反応を見せる。トレスが笑みを浮かべる。

「へっ、動揺がハンドルさばきに現れているぜ?」

「……!」

 追跡者たちがあらためて、銃口をトレスたちに向けて発砲してくる。

「当たるかよ!」

「‼」

 トレスが一瞬で加速と減速を巧みに繰り返して、追跡者たちの車の間隙を縫ってみせる。至近距離からの発砲にも関わらず、まったく当たらない。追跡者たちはさらに戸惑う。

「今だ!」

「⁉」

 トレスが急加速する。いきなりの猛スピードに追跡者たちは反応することが出来ず、あっさりと振り切られてしまう。トレスが笑う。

「へへっ、どんなもんだよ!」

「! ……!」

「ん⁉ なんだ⁉」

 追跡者たちが何かを発射した。トレスの走る前方に黒く小さな塊が無数に転がる。オクタが冷静に呟く。

「『まきびし』だな……踏んだらタイヤがパンクしてしまうぞ……」

「あ、あれはかわせねえ……!」

 トレスが舌打ち交じりで呟く。

「仕方ないな……」

「え? ……って、な、なんだよ、その恰好は⁉」

 トレスが後ろに目をやって驚く。オクタがメイド服姿になっていたからである。

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