第2話 死神

 コトン、と少女の前にホットココアを入れたカップを置くと「ぐす、これ、なんです?」と涙目でふんふんと匂いをかいだ。

「ココアよ。甘くておいしいから飲んでみて」

 少女は恐る恐るカップを傾けると「ほわぁあ」と気の抜けた声を発した。どうやらお気に召してくれたようだ。


「で、あなたは――そういえば名前は?」

「ないのです。他の人からは4610番と言われてるです」

「番号だなんて……」そんなの呼び名じゃないしな。「じゃあ、4610だから、しろーと――」

「却下なのです!!」

 食い気味に断られた。「それは冗談として、しにがのミーコでどう?」

 死神少女改めミーコは「ふん、まあまあなのです」と口を尖らせてそっぽを向いた。喜んでるな、これは。実は実家の猫の名前なんだけど、それは内緒にしとこう。


 落ち着いたところで、ミーコに死神のことを聞いてみた。

 話を要約すると、死神は寿命以外の不慮の事故などの場合に、残りの寿命を吸い取りにくるのだそうだ。その差が大きいほど死神は成長するらしい。ミーコはまだ新米中の新米ということだ。

「これまでどうしてたの?」

「お家を食べてる白アリを一掃したり、病気や事故にあった動物たちのわずかな時間を少しずつ集めたりしてようやく……」

 大変だった、と思い出し泣きをするミーコ。白アリ退治をしてくれるなんて、むしろ拝みたい死神だ。


「それで、私の命を吸い取って大人になりたいわけね」

「そうなんです!特に女の人の寿命をたっぷり吸えたら、わたしは憧れのボンキュッボンになれるのです!!」

 ミーコは、身を乗り出して力説する。

「ボンキュ――って、私、そのために殺されるのやなんだけど」

「うぅ……そんなぁ」

 むしろなぜ、それで差し出してもらえると思ったのか。

 私は呆れてため息をついた。


「ところでさ、明日起こる不慮の事故って何?」

 明日と言えば、仕事は休みなので、駅前に貼られた推しのポスターを見に行く予定だ。交通事故とか?それなら見に行かなきゃ死なずに済むのかしら。

「それは機密事項なのです」

 ミーコは、しーと人差し指を口に当てた。


 私はサッとココアのカップを取り上げる。

「あぁ、最後の一口取ってたのに!!」

「じゃあ、教えて」

 うぅ……と歯を食いしばり、ミーコはプイッと顔をそむけた。

「だ、だめなのです」我慢するかのように、力いっぱいクッションを抱きしめる。ああ、私のクマちゃんが!!


「よし、わかった!じゃあ私の死因について教えてくれたら、残りの寿命を吸い取らせてあげる。どう?」

 死因さえわかれば、防ぐことはできるはず。明日一日のことであれば尚更だ。

 とはいえ、さすがにここで素直に乗るほど、おバカじゃないかな。

「え、ほんとう!?教えるのです!!」

 おバカだった。


「明日実は、推ノ駅おしのえきに爆弾魔が出るのですよ。そこで、カスミさんは巻き込まれてしまうのです」

「はい!?爆弾魔??それ、私以外にもいっぱい被害でちゃうんじゃ……」

「そうですよ。だからわたしの他に、いっぱい先輩たちも来てるのですよ」

 来てるのですよ、じゃないし!

「それ、私より爆弾魔の方の寿命を取るべきでしょ!!」

「でも、それじゃあボンキュッ……」

「それは諦めなさい」

 しょぼんとするミーコ。


「とにかく!あとで私の寿命はあげるから、爆弾魔の愚行だけはなんとしてでも阻止してちょうだい!」

「うー……」

「行けーー!!!!」

「はいいいい」

 ミーコは私に怒鳴られ、弾けるように飛び出していった。


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