第25話 「ベッド一つしかないよ?」←何故か二回言われた

 次の日の学校終わり。

 俺は朝比奈と一緒に朝比奈の家に帰ってきた。完全にこれが日常と化していたが、今日は少しだけ違っていた。


「はい、ごゆっくりどうぞ」

「どうも……」


 俺の片手には勉強道具が入っている手提げバッグ。そして背中には――


「自分の家だと思っていいからね」

「思えるか!」


 お泊りの用のリュックサック……。

 男子が女子の家に泊まるのは良くないって分かっている。頭ではちゃんと分かっているよ。でも、俺は朝比奈のお泊り勉強会の提案を了承してしまった。

 あんなカッコつけた台詞を言った直後に断れるかってんだ! 親には、友達の家で泊りで勉強すると言ってある。嘘は……言ってないと思う。


「よーし! 今日はやるぞー!」


 あの無気力女子高生が今日は見たこともないくらいやる気になっている。すごいぞ、早速お泊り勉強会の効果が出ている!

 

「トランプはどこにあったかなぁ」

「アホ! 今すぐ教科書広げろ!」


 ズッコケそうになった。やる気を出している方向が違った。


「今日はトランプじゃなくて教科書のターンだからな! 今、五時過ぎだから六時半まで勉強。それから買い出しに行って、ご飯を食べよう」


 俺は朝比奈の手を引っ張って、強引に部屋の中央にある机に座らせる。俺がいつも髪をとかしている位置だ。彼女はしぶしぶノートを開くと、シャーペンをくるくる回してちらっと俺の方を見てきた。


「そんなに勉強しないとダメ?」

「俺はなにしにここへ?」

「一緒にごろごろ」

「なわけあるか!」


 のんきすぎる! 俺だって、朝比奈ほどピンチではないけど、高校に入って初めての定期テストだ。親にいいところを見せたい気持ちもあるし、ちゃんと勉強したいよ。

 

「ねぇねぇ、今日は遼君がご飯を作ってくれるの?」

「そのつもり。朝比奈はなに食べたい?」

「やったー! 私、ハンバーグ食べたい!」

「また手のかかるやつを! でも買い物に行くのは七時前にしような」

「なんで?」

「値下げが始まるので」 


 俺がそう答えると、朝比奈はニコニコと楽しそうに頷いた。


「好きなもの作るから。とりあえず、それまでできるだけ頑張ろう」

「分かった」

「それに、この前はああ言ったけど、俺、朝比奈に一夜漬けさせるつもりはないからね」

「えっ、なんで?」

「病み上がりだろ! それに育成ノートにもこう書いてあるんだからな!」


 俺はその育成ノートを朝比奈に見せた。表紙の裏側にはマジックで大きく“何よりも健康第一!”と書いておいた。


「……なんかこのノートって内容がどんどん増えてくね」

「改善点が沢山出てくるので。伸びしろだと思っていただけると助かります」

「じゃあ二冊目目指して頑張る」

「そこは頑張らないでくれ、頼む」


 俺個人としても減らす方向でお願いしたい……というのは今は考えないでおこう。


「よし、じゃあやろうか」

「あいあいさー」


 これから勉強という苦行が待っているのに、今日の朝比奈はずっと楽しそうだ。なんだかんだ言っても、これなら勉強は捗るかもしれないぞ!


「買い物に行ったときにアイスも買おうね」

「アイス? 別にいいけどなんで?」

「お風呂上がりに一緒に食べたいな」


 風呂上がりって……無自覚でそんなこと言ってくるんだから困る。

 …でもやばい、ちょっと緊張してきたかも。



 勉強を開始してから一時間が経った。


「遼君、ここ分かんない……」


 時間はまだそんなに経っていないと思うが、朝比奈の集中力は切れかけていた。


「そこはね」


 思った通り朝比奈の学力はイマイチ。できないところが多いと、やりたくなくなっちゃうよね。気持ちはすごく分かる。


「って、感じでやると解けると思うよ」


 朝比奈に勉強を教えるため、いつの間にか俺たちは隣り合わせになっていた。肩と肩がぶつかるくらいの距離で勉強をしている。朝比奈の家の机がそこそこ広くて助かった。


「もしかして遼君って頭いい?」

「常に真ん中くらいだけど」

「一番つまんないやつじゃん」

「うっさい!」


 よし、キリも良い所だし、ちょっと早めだけど買い物に行っちゃおうかな。


「朝比奈、休憩がてら買い物に行こうか」

「ふぃー、久しぶりに勉強した~」


 ……朝比奈の頭がこてんと俺の肩にのっかってきた。


「朝比奈さん?」

「ここに丁度いい枕があるなぁって思って」


 頭を乗せたまま、朝比奈はにへら~と笑った。距離が近いとか、そういうレベルじゃなくなった。俺の肩に完全に体重を預けてる。柔らかい髪がかすかに揺れて、シャンプーの香りが鼻をかすめた。


「勝手に枕にしないでもらえる?」

「じゃあ今度から“遼くん、枕になってね”って許可取ってからにする」

「俺が許可だすと思う?」

「えー、じゃあやっぱり無許可で使う」

「どちらにせよ俺のダメージがでかい!」


 やんわりと肩を動かして、朝比奈の頭を起こさせる。名残惜しそうに眉をしかめる彼女に、俺は軽くため息をついた。


「あ、財布……どこだったかな」


 朝比奈がごそごそと鞄を漁っている間、俺は冷蔵庫をちらりと覗く。ほとんど空っぽだ。なんて買い物しがいがある冷蔵庫なんだ。……俺、朝比奈の家の冷蔵庫を開けることに抵抗がなくなっているな。


「じゃあ、行くとしますか」

「れっつごー!」


 日が暮れかけた街を、俺たちは並んで歩く。近所のスーパーまでは徒歩で十分程度。何度か来た道だから、道順もわかっている。だけど――。


「遼くん、ほら、手が空いてるよ?」

「今から埋まってたら荷物が持てないわけですけど?」

「手、繋ご?」


 前よりも迷いなく、朝比奈が手を繋いできた!


「ぐぬぬぬ……!」

「なんで変な顔してるの?」


 いつもいつもナチュラルに手を繋いできやがって……! 今日はやられっぱなしではいられないぞ。


「行くぞ、朝比奈!」

「きゃっ」


 俺は自分から強く朝比奈の手を握りしめた。なめんなよ、二度も三度もやられれば少しは慣れてくるからな! 本ッッ当に少しだけだけどな!


「ちょ、ちょっと、速い速いっ!」

「この時間帯のスーパーは戦争だからな! 朝比奈に値引きシールとの戦い方を教えてやる!」

「じゃあ育成ノートにも書いておこうよ!」

「なにを?」

「値引きシールとの戦い方」


 しょうもねぇえ……それ、今までで一番しょうもねぇ項目だから。


「あっ、教わったカレーの作り方も書いておこうかな。玉ねぎの切り方から書いておこう」

「それ、ただの料理ノートになるから」


 軽口を叩き合いながら早歩きで進む俺たち。そうしたら、急に朝比奈がふっと手を離した。


「どうしたの?」


 そう聞くと、朝比奈はにやっと悪戯っぽく笑って――。


「んー、なんかね……こうしたくなった!」


 そう言って、朝比奈が俺の腕に組みついてきた!


「お、おい!」

「ねぇねぇ、遼君。うちベッド一つしかないよ」

「それは知ってるけど……」

「うち、ベッド一つしかないよ?」

「何故二回言った!?」

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