第24話 好きです! 付き合ってください!

 ……分かりやすく元有名人のことを使おうとしているなぁと思った。


 確か先生の話だと一年生の部員が足りないんだっけか。テレビにでたらこれ以上の宣伝はないもんな。朝比奈透花がいる部活ってだけで、来年は沢山押し寄せてきそうだ。


「朝比奈さん、あの様子じゃ絶対にやるとは言わないでしょ? 知ってるよ、学校では寝てばかりの遅刻ばかりしているって。だから久賀君に協力してもらおうって思ったの」


 ちょっと……いや、かなりイラっとしてしまった……。最近は遅刻はしてないからな。授業中も寝なくなったからな。昔の朝比奈のことを使おうとしているくせに、今の朝比奈のことは全然知らないじゃん。


「朝比奈の意志を尊重します。だから、俺には答えられないです」

「なんで? 君と朝比奈さんって付き合ってるんじゃないの?」

「違います」

「じゃあ君と朝比奈さんってどういう関係なの?」

「……すみません、今日は失礼します。でも、一つだけはっきり言っておきます。俺は朝比奈にメリットがないことを応援するつもりはありません。朝比奈係かなにかは知りませんが、彼女は絶対に俺が守りますので」


 後ろから怪訝そうな声が聞こえてきたが、俺はそのまま演劇部を後にした。


 くそぅ、かなり気分が悪い。結局、昔の朝比奈透花かよ。今だって十分に魅力的じゃんか。


 ……それにしても俺と朝比奈の関係か。他の人にはなんて説明すればいいのだろうか。


 友達? 大枠で囲えばそうだけど、ちょっと違うような。

 前に言っていた飼い主とペット? これは絶対に違うよね。

 マネージャー? これは近い気がするけど……。



「朝比奈さん好きです! 付き合ってください!」



 げっ! ムカムカしながらしながら歩いていたら、上のほうからとんでもない声が聞こえてきた。

 ここって、屋上が近かったのか! 入り口が施錠されているのか、階段の上からは、聞き慣れない男子の声といつも聞き慣れている女子の声が聞こえてきた。


「なんで私?」

「あ、朝比奈さんのことが好きだから……」


 ……また朝比奈が告白されているようだ。聞いちゃダメだと思っても、俺はその場から離れることができないでいた。


「知ってるよね? 私がみんなにボロカスに言われていることくらい」

「で、でも! 最近変わったってとても有名だよ!」

「……」


 朝比奈の声が止まった。少しだけ重苦しい雰囲気を感じる。


「朝比奈さんとても可愛くなったってみんなも言ってるよ! だから俺と付き合ってよ!」

「……私ね、尊敬している人がいるの」

「え? いきなりどうしたの?」

「その人ってね、周りの評判で人のことを判断しようとしないの。今の私も、昔の私も、良いところはいい、ダメなところはダメってはっきり言うと思う」

「は、はぁ……?」

「私、その人に言われてなかったら今日はこの場にいなかったと思う。そもそも、私、その人がいなかったからこんなに学校に来なかったと思うんだ」

「……」

「だから――」

「もしかして、朝比奈さんってその人のこと――」


 さすがにそれ以上は聞いちゃいけない気がして、俺はダッシュでその場から離れた。膝のことなんか忘れて全力で走り出してしまった。


 あぁあああああ! なんだか、よく分からないけど叫びたい。ついでに涙が出そう。尊敬だなんて……朝比奈、俺のことそんな風に思ってくれてたんだ……!


 できるだけ考えないようにしていた朝比奈への気持ちがこみ上げてきてしまった。だから俺、お祭りのときも、看病のときも、今日だって、手を繋がれるのを断れなかったんだよ! その気になればいくらでも振りほどくことができたのに!


「はぁ……はぁ……」


 息が切れる。膝もちょっとだけ痛むような気がする。でも、そのおかげでぐちゃぐちゃになっていた頭が少し冴えてきた。


 最初はそんな気持ちはなかったんだよ。ただ純粋に朝比奈の力になりたいと思ったから声をかけたんだ。


 だから、もし……。


 もしさ、朝比奈の再育成が成功したと思える日がきたら俺も……。


 俺も……。


「朝比奈に言ってもいいのかな――」







 悶々としたまま、朝比奈不在の席の隣で弁当を食べる。まだやってるのかな。早く帰ってきてほしいんだけど……。


「あー! 先に食べてる!」


 そんなことを思っていたら朝比奈が帰ってきた。


「だって、朝比奈いなかったから」

「ごめん、告白されてた」

「どわぁああああああああ!」


 アホ! あっさり答えるなよ! 割とセンシティブな話じゃん!


「朝比奈、急にモテすぎじゃない!? 今日だけで二人!?」

「……」


 朝比奈が急にだんまりになった。何故ここで黙るのか意味不明なんだけど。


「……心配させたくなかったの」

「どういうこと?」

「遼君に変な誤解されたくなかったの……。だから授業中に断ったって言ったのは嘘! 今日は一人だけ!」

「はぁあああああ!?」


 朝比奈がよく分からないムーブをかましていた。まぁそれは今日の俺も一緒かなとは思うけど……。


「なんでそんな嘘を……」


 俺の声は、思ったよりも小さくて情けなかった。


「だ、だって! 遼君が変な顔してたから!」

「変な顔?」

「……なんかこう、むくれてたっていうか、しょんぼりしてたっていうか……」


 穴があったら入りてぇ……。朝比奈も顔に出るほうだと思っていたけど、俺も思いっきり顔に出ていたみたいだ。


「そういう遼君はどうだったの?」


 あっ、しまった。こっちのほうが本題だった……。朝比奈に演劇部のことを伝えていいのかな。この前みたいに、朝比奈が傷つくことは絶対に避けたいんだけど……。


「ちなみに呼び出ししたのは男? 女?」

「女の先輩だったけど……」

「じゃあ、もう二度と行かないで」

「無茶言うな!」


 朝比奈の顔がぶすっとなってしまった。多分、朝比奈がさっき言ってた俺と同じような顔になっているんだと思う。


 さて、どうしたものか……。


「……ごめん、ちゃんと言う」

「ちゃんと言うって?」

「朝比奈が嫌がることだと思ったから、言うか言わないか迷ってた。でも、ちゃんと伝えとくね」


 俺は演劇部での話を全て朝比奈に話をすることにした。俺の判断で言う言わないを決めるのはちょっと違う気がする。朝比奈のことを大切に思うなら、ちゃんとこれからのことを一緒に考えるべきだ。


「……ふーん、そんなこと言われたんだ」


 俺が思っていたよりも、朝比奈の反応は普通だった。もっと怒るか、取り乱すかと思っていたのに、どこか淡々としている。


「どうする?」

「ちょっと考えさせて」

「意外。すぐに断るかと思った」

「かなり嫌だけどね。でも、私が断るとまた遼君に迷惑をかけちゃう気がするから」

「そんなの気にするなって! 一緒に考えようよ」

「遼君……」

「よく言うじゃん、二人いれば良いことは二倍になるし、悲しいことは半分こになるって。俺じゃ頼りないかもしれないけど、朝比奈の背負っているものを少しだけ背負わせてよ。朝比奈の育成主いくせいぬしとしてさ」

「育成主ってなに?」

「俺もよく分かってない!」


 二人で顔を見合わせて、ふと笑ってしまった。


「じゃあね、遼君。私、早速ピンチなのがあるんだけど……」

「ピンチ? なにかあった?」

「中間テストが近い」

「あー」


 忘れてなかったんだ。朝比奈の言う通り、高校初の定期テストまであと一週間と迫っていた。


「私、かなりやばいかもしれない」

「そんなに……?」

「私、遼君に声かけられるまでノートを取ったことがなかった。えっへん」

「威張るところじゃねぇからな!」

「今も授業はちんぷんかんぷん。このままじゃ赤点になっちゃう」

「あっちゃー」


 俺も勉強は特別得意じゃないから言ってこなかったけど、こりゃ育成ノートに追記だな。赤点は絶対阻止って!


「じゃあ勉強会しようか。帰りに図書館でも寄ってく?」

「それもいいんだけどさ、時間がないじゃん?」

「まぁ、あと一週間じゃ一夜漬けで頑張るくらいしか……」

「そうなの! だからさ……」


 朝比奈がモジモジしながら口を開いた。


「……私の家で泊まりで勉強会しない?」

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