第23話 遼君は私だけの遼君でいてよ!

 朝比奈が俺の下駄箱の中の封筒を無言で取り出す。

 そして、その封筒をじっと睨みつけている。


「……ふーん。へぇー」


 やばい、やばいぞ。今の「へぇー」は危険なやつだ。なんというか、低温ヤケドするくらいには熱がこもってるタイプの「へぇー」だ。


「なんで遼君の下駄箱に手紙入ってるのかな?」

「それは俺が一番知りたいというか」


 朝比奈が手紙をぶんぶん振っている。風圧で飛ぶかと思った。


「これってもしかして『好きです♡ 良かったら付き合ってください』的なやつだったりする?」

「それは見てないから分かんないってば!」

「じゃあ今、開けてみればわかるよね?」

「落ち着こう朝比奈! ここは人目もあるし! ていうか、顔が怖いよ!?」


 俺がそう言った瞬間、朝比奈はにっこりと――見事なまでの、笑ってない目で笑った。


「そういう朝比奈こそ手紙もらってるじゃん!」

「これのこと?」

「そうだよ! そんなの絶対にラブレターじゃん!」


 あれ? なんで俺、こんなに嫌な気持ちになってるんだろう。朝比奈が、みんなによく思われるのって良いことのはずなのに。


「ぽいっ」

「どえぇえええええ!?」


 朝比奈がその手紙を近くのゴミ箱にダンクシュートした!

 嘘ぉ……、こいつなんの抵抗もなく手紙を捨てやがった。


「それやっちゃダメなやつだから!」


 俺は急いでその手紙をゴミ箱から救出した。


「なんで遼君がその手紙を気にするの!」

「気にするわっ! 嫌だし、もやもやするし、むかむかするよ!」

「い、嫌だし、もやもやしちゃうんだ……」

「でも、それはやっちゃダメ!」

「なんで?」

「一方的に誰かをないがしろにするの良くないって思う!」

「……」


 朝比奈がなにかに気づいて、とても落ち込んだ顔を見せた。


「ごめん……」

「だ、だから、ちゃんと読んで――」

「読んで……?」

「お、俺、朝比奈にその手紙、読んで欲しくない……かも」

「なにそれ! 私だってこんなの読みたくないんだけど! じゃあ私も読まないから、遼君もその手紙は読まないで!」

「な、なんでだよ!」

「私、遼君にしか興味ないもん!」

「え?」

「遼君は私だけの遼君でいてよ!」


 朝比奈が上目遣いで、まるで俺のことを睨みつけるかのようにそんなことを言ってきた。目元にはじわっと涙が浮かんでしまっている。


「私、先に教室に行ってるからね!」


 朝比奈は顔を耳まで真っ赤にしながら、先に教室に行ってしまった。逃げた。完全に逃げた。

 そして昇降口に一人取り残される俺。朝から色々ありすぎるよ。なんでこんな手紙に一通や二通くらいでこんなに嫌な気持ちにならなきゃいけないんだよ……。

 大体、誰だよ! 俺にこんな手紙を入れてきたやつは! 俺、朝比奈以外の女子とほとんど接点がないんだけど!

 理不尽な怒りを抱えながら、俺はその手紙の差し出し人を確認してみた。


「えっ?」


 裏面には“演劇部より”と書いてあった。







 一限目の現国――。


 隣の席から、消しゴムのカスが沢山飛んでくる。さっきのことがあったから絶対に微妙な空気になると思ったのに、ものすごくかまってアピールをしてくる。めちゃくちゃわずらわしい。


 俺は咳払いしながら、隣の席の消しカススナイパーに声をかけた。


「さっきからなんだよ」

「遼君、ずっと黙ってるから」

「授業中だし、そりゃ黙るだろ!」

「……手紙のこと気にしてるんだ」

「してません」


 まるで子供みたいに、ぷくっと朝比奈の頬が膨らむ。

 朝比奈はノートに視線を落としながら、シャーペンをカリカリと走らせるふりをして、またチラリと俺を見る。明らかこっちを意識している。このまま放っておくと、また消しカスの集中砲火が始まりそうだ。


「手紙、演劇部からだったよ」

「え?」

「多分、また勧誘じゃないかな。お昼休みに呼び出されているから行ってくるね」

「へ、へぇ~、そうなんだ。へぇ~」


 今度は安心したみたいな「へぇ~」が出ている。くそぅ、それでいいんだけど、少し悔しい気持ちがあるのは、俺が健全な男子高校生だからだと思う。


「そういう朝比奈の手紙はどうだったの?」

「普通にラブレターだった」

「そ、そっか……」


 がっくし。そりゃ、そうか。朝比奈ほどの女の子なら普通はこうなるよな。

 少し見た目に気をするようになっただけで、朝比奈は男子に告白されるようになった。きっと“透花育成プラン”は順調に進んでいる。でもなぁ、なんだかなんだかなぁ……。


「告白の返事はどうするの?」


 俺は、我慢できずにそんなことを聞いてしまっていた。


「もう断った」

「早っ! いつの間に!?」


 思わず大きな声をだしてしまった。急な大声に教室がざわっとざわめき立つ。


「あっ、すみません……」


 みんなに一言謝って、教科書にかぶりつくふりをした。隣の席からは「ぷぷぷぷ」と笑い声が聞こえてきた。


「朝比奈、笑いすぎだからな……!」

「だって、先生もびっくりしてたから」


 肩をぷるぷるさせながら、朝比奈が机にうつ伏せになった。今度は寝る体勢に入っていやがる。


「あー、安心したら眠くなってきちゃった」

「安心って」


 もやもやするなぁ。朝比奈は朝比奈で、さっき言ったことはスルーしているし……。

 俺、朝比奈をどうしたいかは分かっているんだけど、俺朝比奈とどうしたいのかはよく分かってない。……俺、朝比奈とどうなりたいのかな。



 ――お昼休み。


 俺は一人で演技部の部室にやってきた。


 “朝比奈さんのことで話したいことがある”


 手紙にはこう書いてあった。


「あっ、久賀君だよね? 手紙ごめんね」

「いえ」


 教室に入ると、名前も知らない女子生徒がいた。多分、先輩かな? よく俺のクラスと名前を知ってたなって思う。


「それでどういった要件なんでしょうか?」

「単刀直入に言うね。私、文化祭に朝比奈さんに出て欲しいの!」

「文化祭?」

「ほら、中間テストが終わったら、うちの学校って文化祭があるでしょう! そのときに演劇部で出し物があるんだけど」

「すみません、そういった話は朝比奈に直接してあげてください」

「君って朝比奈さん係なんでしょう? それに朝比奈さんの彼氏だとも聞いているんだけど」

「ぶはっ!?」


 吹き出してしまった。ま、まさか、朝比奈さん係ってそういう意味で浸透しようとしているの……?


「でね、どうしてもその劇のヒロインに朝比奈さんをキャスティングしたいの!」


 先輩と思われる女子が勝手に話を進める。


「どうしてですか? 朝比奈の今の実力はこの前分かったはずじゃ……」

「次の文化祭ね、うちの学校って創立五十年記念イベントをやるみたいなの。そのときにテレビの取材とかもくるみたいなんだ。朝比奈さんが出てくれたら、うちの部が有名になれるかなって思って!」

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