第10話 もうちょっと一緒にいたい気分なんだけど
――朝比奈透花の家に行くようになってから、早くも二週間が経とうとしていた。四月が終わりを告げ、季節は五月へと移ろおうとしていた。
「ふわぁ~」
朝比奈が大人しく俺に髪をとかされている。とてもリラックスした様子で、あくびまでしていやがる。
「あのさ、そろそろ髪は自分でやってくれない?」
「やだ」
「即答!?」
気持ち良さそうに目を細めているものだから、お昼寝している猫を思い出してしまった。 俺、なんでこれがルーティンワーク化してるんだろう。
「朝比奈、俺、もう一つ言いたいことあるんだけど」
「なーに?」
「今日出かける予定あるの?」
「普通に学校に行くつもりだけど」
「今、ゴールデンウィーク期間中なんだけど」
朝比奈の体がピタッと止まった。いや、俺も朝比奈が「明日も宜しくね」っていうから来ちゃったんだけど、今日から学校って休みなんだよね。だから今日は、寝ぐせを整える意味も、早く起きる理由もないわけだ。
「べ、べべべ別に今日から学校が休みだって知らなかったわけじゃないんだからね!」
「動揺がひどい」
無気力女子高生 朝比奈透花、まさかゴールデンウィークにまで興味を失っていたとは……。
「俺が私服の時点で気がつくべきだったのでは」
「今日は私と一緒に学校をサボるつもりなのかと思ってた」
「なわけあるか!」
なんでそうなる! あまりにも素っ頓狂なことを言ってくるからズッコケそうになってしまった。
「はい、完成」
「髪とかすの上手になったね」
「誰のせいだ、誰の」
「あははは」
朝比奈がふわっと笑う。くそぅ、俺、朝比奈の笑顔に弱いんだよ。学校では無気力無表情でいるくせに、話すと結構柔らかく笑うんだもんな。
「じゃあ、帰るね。俺、午後から用事あるし」
「えっ、もう帰るの?」
「やることないしね」
「もうちょっと一緒にいたい気分なんだけど」
気分……? 理由はざっくりしてるけど、その一言にドキッとさせられてしまった。
「ちなみに朝比奈はゴールデンウィークはどこかに出かけたりしないの?」
「この私に友達がいると思うのか。えっへん」
「えっへんの使い方がおかしいですよ」
朝比奈って学校に友達がいる雰囲気はないもんなぁ……。それに一度だけ携帯の友達登録件数0件も見えてしまったこともある。今は俺がいるから一件にはなっていると思うけどね。
「久賀君、その用事が終わったあとはなにするの?」
「普通に家でまったりする予定」
「ふーん、じゃあさ……」
朝比奈がベッドにダイブした。
「久賀くん、用事終わったらまたうちに来てよ」
「は?」
「夜、ヒマなんでしょ? だったら一緒にゴロゴロしよ」
朝比奈が布団にもぐりながら、そんなことを言ってきた。
「……ところで、ちゃんと聞いたことなかったけど、久賀君って彼女いるの?」
「毎日ここに来てるやつがいると思う?」
「ごめんなさい」
素直に謝られるのもムカつくな、おい。普通にいないけどな!
「ま、用事終わったら連絡するよ」
「うん」
朝比奈がどんどん布団の中に入っていく。顔と姿がよく見えなくなってしまった。
「二度寝する気だろ」
「休みの日の二度寝のなにが悪い!」
「その休みを忘れてたやつがなんか言ってる」
俺が髪をとかした意味は……? それにしても朝比奈の様子を見ていたら、俺も眠たくなってきてしまった。元芸能人とかクラスメイトとかそういう肩書は関係なしに、朝比奈とはすごく波長が合う気がするんだよなぁ……。こうして一緒にいる空気感がとても心地良いというか。
「朝比奈、暇ならゴールデンウィークどこかに出かけてみる?」
「うわ~、自然にデートに誘われた」
「ちがっ……違くないのかな……?」
朝比奈が布団の中でバタバタし始めた。こいつ、ベッドの上でバタ足の練習でもしてんのか。
「じゃあさ、毎日あれもやろ!」
「あれってなに?」
「育成ってやつ」
「あー」
……今、俺が最も悩んでいる話題が出てしまった。朝比奈透花の再育成プランを練り直そうと毎日毎日悩んでいるのだが、いまいち良い案が思い浮かばない。自分の中でしっくりくるフレーズが出てこない。朝比奈透花を輝かせるために、みんなを見返すために、もっと色んなことができるんじゃないかなとは思ってはいるんだけど……。
「でもなぁ、最初の育成プランはほとんど達成しちゃったし……」
「久賀君、私、なにもできるようになってないからね」
「なに!?」
「自分がやっていることをよく考えてみて」
俺がやっていること……?
生活態度 ⇒ 朝は俺が起こす
身だしなみ ⇒ 俺が整える
食事 ⇒ 昼は俺がお弁当を作る
「全部、俺じゃねぇか!」
「うん、私はダメダメなの。育成しがいがあるでしょ?」
「自分で言いやがって……!」
自分でダメとか言っちゃった。でも、前みたいな卑屈さは感じないようになった。
「まさか育成しているつもりが、自分でやる羽目になってたなんて……」
「それってもうほとんどペットの飼い主だよね」
「言い方ぁ!」
布団の奥からにこっと笑う気配がする。顔は見えないのに、なぜか朝比奈が笑ってるのが分かる。なんなんだよ、もう。
「まぁ、それは一旦置いといて携帯で出かけ先を調べてみるか……」
「本当に一緒に行ってくれるの?」
「ゴールデンウィークを知らなかった人に、有意義な休日を経験させてあげようという、俺の粋な計らいです」
「超上から目線なんですけど」
「ペットの飼い主なので」
またしても朝比奈がべットでバタバタしている。さっきからずっと落ち着きがない。
「ふぇええ、でもどうしよう……。お出かけしたいけど、着ていく服がないよぉ……」
「パジャマという名の私服があるじゃん」
ボフっと俺の頭に枕が飛んできた。
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