最恐の悪魔になってやる!

墨猫

第1話 最恐の悪魔までの道のり

僕は座学では少々落ちこぼれ気味だった。

だからこそ、この実技講習では優秀な成績を修め最恐の悪魔となっていつも馬鹿にしてきたクラスの奴らを見返してやるんだ!


僕の実技講習での生贄。

それは大手家電メーカー天柱電気(あまばしらでんき)の中でも異例中の異例、女性初の人事でありまた26歳の若さで第一営業部の課長に抜擢された上原凛。


「ふふふ、見てろよ。どんな手で可愛がってやろうか」




僕が人間界に来て早一年が経とうとしている。

悪魔養成コースの座学をなんとか合格し(補習に次ぐ補習で先生に泣きついた事は皆には黙っているが)やっとこの人間界での実技講習にたどり着いた。

人間界での僕は28歳、一応1年前に転職して天柱電気に入社したことになっている。

そこは養成所の事務局が念入りに調査し、配属先を決定したらしい。

ここに配属される前に事務局の人がなんかごちゃごちゃ気になる事を言っていたが、そんなことは今はどうでもいい。

気に入らないのは、僕、伊達真が平社員で、上原凛、あの女が上司であり僕の教育係をしているってことだ。

そして今まで数々の嫌がらせをしてきたが、あの女には全く通じない。

いったいあの女は何なんだ!


コンビニチェーン本社の担当者にわざと他社製品のエアコンは香り付きのうえ安価だと漏らせば、

「上原課長、あんたんとこの部下から聞いたけど他社製品のエアコンの方が安いし香り付きだっていうじゃないか!うちが何も知らないと思って吹っ掛けたんじゃないのか!」

と怒鳴り込んで来た担当者に、

「申し訳ございません。コンビニでは食品を多く扱ってらっしゃるので香り付きは購買意欲の減退に繋がると勿論ご存じかと思っておりまして」

勿論今のモデルも良い製品ですがとか何とか言いながら、結局加湿器付きの最新モデルを全店舗に購入させやがった。

挙句の果てにこの僕にも

「ありがとね。1年前にご購入頂いたばかりだったから伊達君が担当者の方にお話しなかったら私も最新モデルをご紹介するなんて発想にならなかったわ」

反対に褒められた。


アンティークを取り揃えた喫茶店に営業に行った際には

「なんか古臭いですねー。暗いっていうか、陰気臭いっていうか」

と僕の発言で店主が怒り出すと

「そうだよね。なんか凄く暗いね。せっかくの素晴らしいアンティーク達がこれでは価値が半減しちゃいますよ!これだけの世界観が勿体ないです!」

と上原課長は言い出し、最新ながらアンティークの良さを活かし世界観も壊さない照明器具を数多く販売することになった。

「本当に伊達君の目の付け所は素晴らしいね!」

キラキラ輝く瞳を向け、上原課長は僕に微笑んだ。


おかしい、おかしいぞ!

僕が上原課長を陥れようとする度に、課長はすごく素直に僕を褒める。

ものすごく優しい笑顔で。

駄目だ、このままじゃ。僕は最恐の悪魔にならなきゃいけないんだから!




ある日、会議の為に支店から上原課長の同期の男がやって来た。

「上原!元気だったか。最近も順調に売りまくってるらしいな。また社長賞ものだな!」

紹介された加藤というその男の名刺には主任という肩書があった。

上原課長は顔を少し赤らめながら、

「私じゃなくて伊達君が優秀だからだよ」

なんかいつもの雰囲気とは違う彼女の態度に違和感を覚えた。


会議が終わり、営業課に帰る途中で忘れ物に気付いた僕は課長に先に帰ってもらい会議室へと戻った。

会議室の扉を開けようとしたとき、中から人の話し声が聞こえてきた。

「加藤、上原ってお前のこと好きなんじゃないか?」

「やっぱお前もそう思う?」

一人はあの加藤という男だった。

「で、お前はどうなんだよ。上原に声掛ければすぐ付き合えそうじゃないか」

「ばか言うなよ。あんな可愛げのない女。男よりも役職が上って、絶対俺たち男を見下してるだろ。俺はおとなしくて家で美味しい手料理作って待ってるような女が絶対いいね」

「だよなー。今年入った秘書課の娘とか初々しくて良いよなー」

二人はそう言いながら奥の扉から僕とは反対の廊下に出て行った。

僕は二人の会話に夢中になりすぎていて、すぐ背後に立っている上原課長に気付いていなかった。


「ははは、すごいの聞かれちゃったね。」

上原課長は今まで見たことのない辛そうな笑顔を向けた。


これはチャンスだ!僕は最恐の悪魔になるんだ!


「まあ、仕方ないっすよ。可愛げない女より可愛い女の方がそりゃ加藤さんも良いでしょうし。彼女が上司とかありえないって男多いだろうし、バリバリ働く女より、家で手料理作って待ってる女の方がモテるだろうし」

いつもなら、そうだよねーと明るく笑い飛ばしてくる上原課長が今日は肩を震わせて泣いている。

「ごめん、先行くね」

声を絞り出して上原課長は走り去った。


よし!上手くいったぞ。

僕は最恐の悪魔になるんだ!

(あんな顔初めて見た)

僕は最恐の悪魔になるんだ!

(肩を震わせてた)

僕は最恐の悪魔になるんだ!

(泣いてた)

僕は、最恐 の あくまに …

(胸がチクチクする)



次の日、上原課長はいつもと変わらず笑顔で出社した。

「伊達君、ちょっといいかな」

空いている会議室に呼び出された僕は、昨日の件だと身構えた。

「伊達君、昨日は取り乱してごめんね。加藤君の事好きだった私に、加藤君はこんなつまらない男なんだぞって事伝えてくれてたんだよね。伊達君が酷い事言ったりしないって少し考えれば分かるのに、昨日は本当どうかしてたよ。ありがとね。本当に伊達君は優しくて気が利いて仕事熱心で、私の事ちゃんと見てくれて。こんなに素晴らしい人がこんな近くにいたなんて気付かなかったよ」

潤んだ瞳には、僕の姿が。


えっ、これ何?

なんか胸がドキドキする。


ピンポンパンポン♫

突然頭の中にチャイムが鳴り響いた。

時計の針が止まり、上原課長も僕の姿が映っている瞳を向けたまま止まっている。

更に頭の中で声が響く。

「あのー、事務局の者なんですがー。すみません、何かの手違いがあったみたいでしてー。伊達さんは悪魔養成コースじゃなくて天使養成コースの方だったと判明致しまして。なんか実技講習先が一つ足りないからおかしいなぁとは思ってたんですけどねー。そこで、今から天使養成コースの方に転送させてもらいますねー」

「は?何言ってんだ。僕が天使?!」

「はい!伊達さんのお名前を入れ替えてみてください。ほらね!」


伊達真→だてしん→てんしだ→天使だ


俺は自分の名前を「だてまこと」だとずっと思っていたが、「だてしん」だったのか。

それも少々ショックだが、いやいや今はそれどころではない。


座学が落ちこぼれだったのも人間界で上手くいかなかったのもそういう事だったのか。

なんて杜撰な管理体制なんだ!

僕は事務局に怒りを覚えた、と同時に今置かれた現状に想いを馳せた。


「あのー、このままこちらの世界での実技講習ではダメですか?」

「まあ、こちらの手違いだった事も含めてそのままでも伊達さんが良ければ大丈夫ですが。一旦保留にしますんで用がある時に声掛けて下さい」


頭の中の声が聞こえなくなると、時計の針が進み出した。


潤んだ瞳で見つめられたまま、僕は思い切って男になった!

「上原課長!ぼ、僕は課長の事が好きです!」

上原課長はびっくりした様子だったが、少し微笑んで

「ありがとう伊達くん。でも、ごめんね。伊達くんはタイプじゃないの」


また頭の中に声が響き出した。

「転送開始しましょうか?」


こんな時だけ気が効く事務局だ。


「お願いします」





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