第43話

なんのことかわからず、和未は彼を見た。

「なんでもない」


 そのまま晴仁は黙ってしまった。

 和未もまた黙って彼の隣に立ち、海を眺めた。


 晴れた空の下、海の風が心地よい。

 観光客も地元の人も入り交じり、明るい声が響いている。


 終わりを告げられるのだろう、と和未は思った。

 彼は助けるために結婚したと言った。

 それが達成された現在、もはや結婚の体裁をとる必要はない。


 涙が自然とあふれて来た。

 こらえなくちゃと思うのに、それはぽろぽろとこぼれ、止められない。


「どうした?」

 晴仁が驚いて尋ねる。


「すみません。お別れなのだと思うと……」

「悲しいのか? うれしいのか?」


「悲しいです」

 答えると、ふっと晴仁が笑った。


 どうして笑うのだろう。

 和未はさみしくなった。彼は別れるのが悲しくないんだ。


 彼の手が和未の頬に伸びた。

 びくっと震えた和未の頬に触れ、涙を拭う。


 手の感触が優しくて、さらに熱く雫があふれた。

 忘れないでおこう。この優しい手触りを。絶対に、なにがあっても。


「君は俺が手を伸ばすたびに怯える。だが、この腕は殴るためじゃない。君を守り、抱きしめるためにあるんだ」

 彼は和未の顔を上向かせた。


 和未は彼を見た。

 守るため。抱きしめるため。


 言葉が温かく胸に響く。

 それが本当なら、どれだけうれしいだろう。どれだけ幸せだろう。


「俺は君が好きだ」

 和未は目をみはった。


「本当は、君がもっと自分を取り戻してから言うつもりだった。だが、君の涙を見てしまったら、もう待てない」

 和未は返事ができず、ただ彼を見つめた。


「別れを悲しいと言ってくれる。君も俺に好意があると思っていいのかな?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る