第32話

いつも自分には決定権も行動する権利もなかった。テレビ番組を見ることはもちろん休日の朝寝坊、そんな些細なことすら許されなかった。


 だけど、これだけは絶対に譲れない。

 彼を助ける。それだけは。


 和未は与えられた服を脱ぎ、最初に着ていたぼろぼろのブラウスとスカートを着た。結局使わなかった十万円をテーブルに置いた。


 迷ってから、スマホを手に持った。

 これがあれば、彼と離れても気持ちだけはつながっていられる気がした。


 高価なものだと知っている。本当なら置いて行かなければいけないものだ。

 だけど、どうしても置いて行く気にはなれなかった。


 たとえ泥棒だと言われても……いっそ、その罪で警察に捕まった方がいいのかもしれない。


 和未は部屋を出て行った。

 見送る者はなく、扉の閉まる音が空虚にぱたんと響いた。






 和未はスマホ決済で切符を買って帰った。

 勝手に彼のお金を使って申し訳なかったが、もう謝ることすらできない。


 きっと軽蔑されるだろう。嫌われてしまうだろう。

 優しくしてやったのに、と罵られるかもしれない。

 考えるだけで苦しかった。


 家に着いて、インターホンを鳴らす。

 出たのは継母の紗世子で、すぐに扉を開けてくれた。

 家に入ると、そのままリビングに引きずられ、倒される。


 険しい顔の紗世子と達弘、紅愛が和未を見下ろす。

「よくも戻って来れたものだな。蒲谷さんはとてもお怒りだぞ」


「申し訳ございません」

 土下座をすると、達弘に横腹を蹴られた。


「生意気、ゴミクズのくせにスマホなんて」

 和未の手を見て、紅愛が言った。


「よこしなさい」

 とっさに和未はスマホを握り込んだ。


 だが、紅愛に蹴飛ばされ、力が緩んだ隙にとられた。

 紅愛は和未のスマホを操作してメッセージを送信した。


「晴仁さんに、嫌いになったので家を出ますって送っておいたから」

 紅愛はこれみよがしにスマホを和未に見せつけた。

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