第19話

和未は慌てて立ち上がってお辞儀をした。

「君も行くんだ」

「え?」


 戸惑う和未に、晴仁は顔をしかめた。

 しまった、怒られる。ならせめて、すごく怒られる前に。


「あの……定規はどこでしょう」

 和未が聞くと、晴仁は疑問符を頭に浮かべた。


「定規?」

「おっしゃっていただければ用意して参ります」


「待て、なにに使うつもりだ?」

「……私を殴るためのものです。手で殴ると痛くなるから」


 晴仁は盛大にため息をついた。

 和未は震えた。こういうため息は、すごく怒られる前兆だ。


「いいか」

 晴仁はぐっと顔を近付けた。

 真剣なまなざしに見つめられ、和未はどきっとした。


「俺は君を殴らない。まずはそれを覚えろ」

 和未は驚いて彼を見つめ返した。


「だから殴るための定規なんてここにはない。いいな?」

 和未はぽかんと彼を見た。言われたことに現実味がなくて、戸惑った。


 だが、確かにここに来てから一度も彼に殴られてはいない。それどころか怒鳴られてもいない上、プリンやゼリーというごちそうを食べさせてもらえた。


「出掛ける準備も手伝ってやらないといけないようだな」

 和未の手を引き、彼女の部屋に行く。

 彼は未開封の段ボールを開けて、服をいろいろ引っ張り出した。


「女物はわからん」

 彼はうなり、結局、ワンピースを着るようにと和未に命じた。


 淡い水色に花柄がかわいい。どこかのお嬢様みたいだ、と和未はときめいた。

 着替えて部屋を出ると、玄関で待っていた晴仁は満足そうに微笑した。


「今日は俺の言うことを聞け。命令だからな」

 命令と言われてしまえば、和未には逆らうことができなかった。


 車で連れて行かれたのは、高そうなデパートだった。

 その一角にあるトータルビューティーを掲げる店に連れて行かれる。

 二時間後、和未は髪をカットして整えられ、肌のお手入れをされ、化粧も施されて出て来た。

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