第3話


 大陸では、魔族と人による血で血を拭う争いが、長く続いていた。

 魔族は数が少ない。けれど人より寿命が長く、強大な魔力を有していた。

 対して人は寿命こそ短いものの、繁殖力が高く、武器を作る知恵があった。

 いつ終わるとも知れぬ争いが続く中、人は魔族に対抗するため、禁忌の武器『邪獣』を開発する。

『邪獣』により、多くの魔族が死に至ったという。

 しかし――『邪獣』は人の手に負えぬ存在だった。

『邪獣』の炎は瞬く間に、大陸を火の海にし、魔族だけでなく多くの人々もまた死んでいった。

 荒れ狂う『邪獣』に為す術なく、滅びようとしていた者たちを救ったのは、一人の勇者と魔族の王アシュレニアだった。

 勇者と魔王は共闘し、『邪獣』を打ち倒す。

 しかしその邪獣戦により、魔王は致命傷を負い、生存している魔族を勇者に託し、命を落としたのだ。

 

 争いが『邪獣』を生んだ。

 人も魔族も、神が創りし命だ。

 共存できるはず。

 勇者は生き残った者たちにそう説いた。

 反発もあったが、多くの命が失われていたのもあり、これ以上の争いは疲弊するだけだと、人と魔族はともに生きる道を選んだ――。


 遙か遠い古の昔のように感じられるが、邪獣戦は二百年ほど前の出来事である。

 邪獣戦以降、人と魔族は互いの力を尊重し、供用するようになった。

 その最たる者が魔術だ。

 魔術は魔族が人に授けた力だった。


『邪獣』により多くの魔族が亡くなり、生存している魔族は少ない。

 けれども、ほとんどの魔族は魔法が使え、知能が高く優秀だった。

 魔族を忌み嫌う者も少なくなかったが、それ以上に彼らは重宝された。

 

 大陸の中で最も古い歴史を持つヴェリテ王国でも、三十人ほどの魔族がいて、彼らはみな特別な役職と地位を与えられているという。

 

 そして、その魔族たちの中でも、ユリウス・ファドレー魔侯爵は歴史書に名を残すほどの有名人だった。

 今は亡き魔王の片腕であり、本人もまた世界の命運をかけた戦いで勇者とともに邪獣戦で活躍した魔族だったからである。

 

 その超有名人で、英雄と言っても過言ではない男が、なぜ田舎の男爵家の娘を結婚相手に選ぶのか。

 疑問に答えてくれたのは、のらりくらりと私の質問を躱した叔父ではなく、メラニーだった。


「子孫を残すために、数え切れないほど縁談もあったみたいだけれど、上手くいかなかったみたい。王都では誰も相手にされなかったって話。ふふっ……容姿もスゴいらしいわ~。顔を見たたら、みんな凍り付くんですって。何せ、年齢は三百歳越えの化け物だもの」


 結婚話を叔父に告げられた翌日。

 母親から、私の話を聞いたメラニーが、そんな相手と結婚するなんて可哀想ね、と嬉しそうに微笑みながら説明してくれた。


 私は今まで一度も魔族と会ったことがない。

 書物にも特に容姿について書かれていなかったので、どんな姿なのか想像できない。


「最初はドリア伯爵家の令嬢が結婚相手の候補だったらしいわ。けど泣いて嫌がったそうよ。それでドリア伯爵に、賭け事で負けて借りがあるお父様が、あんたを差し出すことになったってわけ。今まで面倒を見てあげたんだから、それくらい恩返しなさいよ」


 メラニーは私の肩を、ぽんぽんと叩く。


 面倒をみてもらったといっても二年間だけだ。

 確かに最低限の衣食住は保証してくれた。しかし罵倒や嘲りは日常茶飯事で、今は遺産を横取りされた疑惑まである。

 恩などというものは、まったくない。

 だというのになぜ私が、叔父が賭けで負けた借りを返さねばならないのか。


 納得がいかない。

 結婚なんてしたくない。逃げ出してやる。

 お金もないし行くあてもない。家を出てまともな生活ができるとは思えないが、それでも叔父のために結婚するなどごめんだった。

 幸い荷物は纏めているし、今晩にでも家を出て――いえ……。


「……何よ、その顔」


 無意識に不穏な笑みを浮かべてしまっていたらしい。

 メラニーが眉を寄せ不審げな眼差しを向けてくる。

 

「何でもないわ」


 私は企みを気取られぬよう、愛想笑いを浮かべた。

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