第23話
加羅は刀利と共に、喫煙スペースを離れた。応接室を見張っている平川と話すためだった。
二人の接近に平川は気づき、少し俯いた。自責の念に駆られているのかもしれない、そんな表情の平川。
「どうした、加羅?」
「平川、頼みがある。刀利と一緒に滝瀬さんを見張っていてくれ。応接室にいてもらいたい」
「滝瀬さん?……わかった、理由は聞かない。加羅のことだから、何か理由があるんだろう。任せておいてくれ」
「頼む。刀利も大人しくしているんだぞ」
「加羅さんはどうするんですか?」
「寝室を調べに行く。それだけだ」
「危険では?一人で行動しない方がいいのでは?加羅さんのことだから、大丈夫だと思いますけど……加羅さん、早く帰ってきてくださいね」
不安そうに刀利は加羅を見つめた。加羅はそんな刀利の頭をぽんと叩いてやった。
「無事に帰ってくるさ。なんてことはない。おそらく読みは正しい」
そう言って、加羅は寝室へのドアへと向かっていったのだった。
加羅は静かに、寝室へと繋がる廊下への扉を開いた。
廊下は、物音一つなかった。寝室へのドアも、みんな閉じている。七雄の部屋も、現場保存のため閉じてある。
「さて、どの部屋か」
呟きながら、廊下を歩く加羅。最初に彼が目指したのは、倉庫に一番近い寝室だった。最初からそれを狙っているかのように。廊下を真っ直ぐ歩いて、数々の寝室を通り過ぎた。加羅は探しものをしているのだ。
倉庫に一番近い寝室の扉の前までやってきた加羅。躊躇なくドアノブに手をかけ、開けようと試みた。しかし、鍵がかかっている。
「当たりか」
そう呟いて、マスターキーを取り出した。鍵穴に鍵を入れて、ドアのロックを解除。
そして、躊躇なく中へ入っていった。加羅は安全だと踏んでいたのだ。推理の正確さを信じている。
寝室の狭い入り口から部屋の中へ。ベッドが右側に一つ置いてあり、左側にはテレビと鏡、小さな机が置いてあった。人影は見えない。
加羅は手際よく部屋の中を調べた。何を探しているのか。マスターキーと、スマートフォンを探すためである。
しかし、マスターキーとスマートフォンは、部屋の中を探しても見つからなかった。
入り口付近に、寝室のバスルームへ繋がる扉がある。
加羅は、廊下側を慎重に見てから、バスルームへの扉を開けた。
バスルームの電気がついている。浴槽の中には、冷水もお湯も入っていなかった。
既に死亡している謎の人物が、残酷にも浴槽の中に入れられていたからである。
加羅は動揺することなく、その人物の状態を調べた。
脈もなく、酷く苦しんだ表情だった。死んでいることは明白。
首に、目立つ紫のアザがあった。刺されたような外傷はなく、首を締められて殺されたものと思われた。
容貌は悲惨なものになっていたが、加羅は記憶と照らし合わせて、その人物をアキラだと断定した。管制室での、いわゆるお芝居で見せられた姿と一致する。アキラで間違いない。
アキラが死んだことに何も感じない加羅ではなかったが、彼はすぐにマスターキーとスマートフォンを探した。バスルームに無ければ、もう、この寝室の中には、その2つは存在しないことになる。
加羅は死体を調べた。バスルームも調べた。しかし、マスターキーもスマートフォンも発見出来なかった。その事実だけを確認し、部屋を出て鍵を閉めた。
急ぎ、応接室へと戻った加羅。情報を得た。アキラが死んだという情報。複数の視線が、加羅に絡みつく。当然だろう。一人で勝手に行動していたのだから。
平川と刀利は、滝瀬と話をしていた。権田も一緒である。
刀利が加羅の姿に気づき、平川と滝瀬から離れ、早足で近づいていく。平川はまだ滝瀬と話をしている。
「加羅さん!心配でした!何かわかりましたか?ああ、良かったというか、なんといういうか……無茶はダメですよ」
刀利は安心したように、加羅の手を取った。
「ああ、すまない。しかし、情報は得られた。俺の予想通りだった」
加羅は窓の外を見た。もう、ほとんど雨が降っていない。救助が来るのも時間の問題と思われた。
「犯人はわかりましたか?」
「ああ。だが、公にするわけにはいかない。犯人が追い詰められたら、何をするかわからないからな。勿論、わからないこともある。動機だ。動機がまったくわからない。だが、とりあえずは救助が来るのを待とう。それが一番の安全策だ。警察が来るのも、もう少しの辛抱だろう。それまで何も起きなければいいが」
「私達に出来ることは、応接室に集まっているだけですよね?ただひたすらに防御を固める。有利になるように」
「そうだな。まあ、勝手に行動した俺が言える義理じゃないが」
「得られた情報で、犯人がわかったとか……?」
「犯人は滝瀬さんだ。廊下の寝室には……アキラさんの遺体があった」
加羅は言い切った。コック、滝瀬錠時が犯人だと断じたのだ。
「完全に、亡くなっていたのですか!? 滝瀬さんが、全ての犯行を?」
「彼しかいない」
「理由を教えて下さい」
「わかった、話そう。順を追って話す。まず尋問で、応接室から出ていったのは滝瀬さんだけだと判明した。ならば答えはシンプルだ。滝瀬さんが倉庫まで行き、マスターキーで外から鍵をかけて俺たちを閉じ込めるのは不可能だ。倉庫の調査をしようとする俺達の後を追おうとしたならば、流石に俺達も気づく。したがって、滝瀬さん以外の人物が不意打ちで鍵を閉めなければならない。鍵を閉められる人物といえば、倉庫へ向かう廊下、寝室に潜んでいた人間しかいない。応接室組は廊下に出ていないのアから。では、どこに鍵を閉めた犯人がいたのか。それは、倉庫の一番傍の寝室に潜んでいた人間がいたのだろう。応接室組には不可能、滝瀬さんも不可能。したがって、消去法で導かれる人物、唯一の館の中の人物、アキラさんだ。アキラさんが犯人だった場合、どこかの寝室に今も潜んでいるだろう。応接室には出てこれないんだからな。しかし、アキラさんは遺体で発見された。倉庫に鍵をかけた後に、殺された。俺はアキラさんの遺体を調べたが、マスターキーもスマートフォンも発見できなかった」
「……遺体があったとは。ということは、現在のマスターキーの所持状況は、秋野さん、加羅さん、第三者……つまりエックスということですね。続きをお願いします」
「七雄さんが殺された事件を思い出してみよう。厨房には権田さんと滝瀬さんがいた。そこではお互いの目があり、毒を仕込める可能性は低い。しかし、七雄さんにサンドイッチとソーダを一人で持っていったのは滝瀬さんだ。一人で運んでる最中に毒を入れることは十分に可能だ。いや、むしろ毒を仕込めるのは滝瀬さんだけだ。尋問で、運んでいる最中に誰にも接近されていないとも言い切っている。それは事実だろう。滝瀬さんが白なら、近寄ってくる人物に対して、証言しているはずだ。滝瀬さんが、食事を運んでる最中に毒を仕込んだ。それで七雄さんは殺せる。食事から毒が発見されたその瞬間、犯人は滝瀬さんだ。警察が来れば判明することだ。コックが食事に毒を盛った。シンプルだろ?」
「なるほど。では……もう一つ質問をさせてください。道間夫人をどうやって殺したのですか?いえ、その先ですね。どうやって『処理』したのですか?」
「処理とは、なかなか厳しい言い方をするな。そう、道間夫人を殺した、『痕跡』のことだな。犯人は、返り血をどこかで処理しなければならない。寝室でシャワーを使いたいところだが、それには大きな壁が立ちはだかる。『寝室の向かうためにはいずれの道を通るとしても応接室を通らなければならない』という壁だ。これにより、寝室のシャワーを使うのは不可能に近い。そして、応接室という鉄壁の壁だが、一つ抜け道がある。『厨房』だ。厨房のキッチンなら、水で血を洗い流す事ができる。代わりの服を置いておくことも、コックの滝瀬さんなら容易に出来るだろう。権田さんに対して、応接室に少し出てくれ、というような連絡をすれば一人で始末が出来る。もし権田さんが戻ってこようとしたとしても、保険で中から鍵をかけておけば問題ない」
「厨房、ですか。それなら確かに犯行は可能ですね。返り血の問題が頭に引っかかっていたのですけど……腑に落ちました」
「問題点のある推理もある。四方木さんの死だ。あれは、少し不可解だ。あの事件だけ……四方木さんは死を受け入れたのだろうか。そう思える」
「死を受け入れた?」
「四方木さんは、老いているとはいえ、そんな簡単に殺されたりはしないだろう。しかし、反撃しなかったのかもしれない。何かの理由で死を選んだのかもしれない」
そう言って、加羅は応接室の反対の隅にいる滝瀬をちらりと見た。滝瀬は権田と話をしている。
「アキラさんが亡くなって、加羅さんの推理だと、アキラさんの携帯電話に、滝瀬さんのメールか着信履歴……どちらかが残っているはずですよね。倉庫に私達を閉じ込めた時、滝瀬さんはアキラさんに、『閉じ込めるように』連絡をしたはずですから。しかし、なんで私達を閉じ込めたんでしょうね?閉じ込めている間に応接室で凶行に及ぶならわかりますが、滝瀬さんは何もしなかったですよね。倉庫に閉じ込める行動になんのメリットが……?」
「『隙間の空間』でアキラさんを殺すためだ」
「隙間の空間?」
「そう。想像してみるんだ。倉庫には俺達が閉じ込められて、応接室では皆が待機している。しかし、その応接室と倉庫を繋ぐ廊下と寝室は、まさに隙間の空間なんだ。廊下は危ないが、あの状況では、寝室で何かが起こっていたとしても、誰も気づくことは出来ない。アキラさんを、その隙間の空間を利用して始末したんだ。空白の寝室。その盲点を利用した」
「なるほど」
刀利は顎に手を当てている。納得したような表情だった。
「いずれもが消去法。そして、動機はわからない。穴のある推理だ。しかし、俺の観察では、滝瀬さんが黒であることに変わりはない。警察はプロだ。彼らの調査が入れば、どこかから、滝瀬さんに不利になる証拠が出てくるだろう。時間の問題だ。俺たちが解決すべき話でも無いだろう。」
「聞いてみたいですね。何故、凶行に及んだのかを……」
「絶対に聞くな。何をしてがすかわからない」
「わかってますとも」
刀利は頷き、ふっと窓の外を見た。
晴れている。雲は消え去り、まるで事件が終わったから、晴れたかのように思えた。平和が訪れたように。
警察の救援もすぐ来る。応接室は静寂に包まれ、これ以上事件は起きそうになかった。ただ、応接室で助けを待てば良い。
そんな中、応接室でぼんやりしているように見えた滝瀬が、加羅と刀利の元へと近づいてきた。
緊張する二人。無理もない。歩いてきているのは、殺人犯なのだ。
「加羅さん」
親しげに加羅に話しかけてくる滝瀬。その表情は、微笑だった。
「滝瀬さん、なにか用事でも?」
「不躾な質問ですが、アンタは、気づいたのか?」
「……気づいた、とは。何に、ですか?」
「俺のこと」
それきり滝瀬は言葉を切った。加羅の言葉を待っているように、何も喋らない。
俺のこと。俺が、殺人を犯したこと、という意味だろう。
加羅はちらりと、応接室にいる平川の方を見た。距離は近い。刀利は加羅より後ろに立っている。刀利に危険はない。慎重になっている加羅。当然だろう。
「気づいていないなら、何かやらせてもらうけど」
滝瀬が意味深に言った。加羅はその言葉から暴走を感じ、切り出すことを決意した。
「何かを打ち明ける気のようですね。つまり……あなたが、全ての犯行を行ったことですか?」
加羅は言い切った。殺人犯に対して、渾身の太刀を振り下ろしたのだ。
「……ああ、気づいてたか。やっぱりね。そう、アンタは優秀だ……アンタさえいなければ……、いや、アンタがいてくれて良かったよ」
滝瀬は両手を上げた。それは、お手上げのポーズのようにも、この両手を縛ってくれ、という意味にも取れた。
「身体を調べさせてもらいます。構いませんね?」
加羅は刀利を守る構えを見せつつ、身体検査を要求した。
「武器はないよ。ま、調べたらいいよ」
滝瀬の返事があり、加羅は素早く滝瀬の身体を触ってチェックした。滝瀬の言う通り、彼は武器を所持していなかった。そして、そこまで筋肉質というわけでもない。暴れられても、取り押さえられるだろう。加羅は格闘戦に弱いわけではない。武器が無ければ問題はない。
「滝瀬さん。どうしてこのタイミングで、自白のような真似を?」
加羅の最も聞きたい所だった。警察の調査が入るとはいえ、滝瀬は逃げられる可能性があったからだ。それなのに、まだ逃げられる可能性があるのに、自白する理由がわからなかった。
「ああ、何故かって顔をしていますね。白状しますよ。道間夫人を殺してしまったから。それだけです」
滝瀬は悲しげな表情を浮かべていた。今までに見たことのない顔だった。物憂げな。
「道間夫人を殺してしまった……七雄さんと、四方木さんと、アキラさんは?」
「七雄とアキラへは、断罪。四方木さんは……」
「断罪?」
「そう。アイドル、北央七瀬の事件を知っているよな。行方不明の事件。そして、七瀬が誰かと恋仲だったことも」
「勿論です。把握しています」
「俺は、七瀬の事が好きだった。叶わない恋とわかっていてもな。七瀬は、遺産相続の権利を持っていた。北央七瀬が、神楽の血を継ぐ者、つまりは神楽七瀬であるとわかったら、不都合になる人間がいたんだよ。そいつらが、七瀬の抹殺を企んだんだ」
「秋野さん?」
「違う。あの世間知らずのお嬢様は関係ない。問題なのは、お嬢様の取り巻きさ。七瀬が白良島で殺された時、島の人間は、こぞってお互いのアリバイを証明した。その結果、七瀬の事件は事故。一人で勝手に落下して死んだということになった。可哀想にも程がある。あまりにも、報われない」
「滝瀬さんは、その時は島にいなかったのですか?」
「俺?俺さえこの島にいてやれれば!!」
滝瀬の口調が荒くなった。表情には、感情による怒りというより、後悔のような怒りが浮かんでいた。
「コックは白良島にいなかった。七雄とアキラが組んで、七瀬を崖から落としたんだ。奴等は言っていた。『ナイフで脅したら、慌てて逃げ出すもんだな、人間って』『まあ、結果的に追い詰められて、自分で崖から落ちてくれたからラッキーだな』と。そう言っていた。俺は白良島の屋敷で、その話を聞いてしまった。ふとした隙だったよ。まったく、周りを警戒していないようだった。七雄とアキラは笑ってた。その時に思ったよ。神は俺に、コイツらを殺せと言っていると」
「それが、北央七瀬の死の真相だったのですね。七雄さんとアキラさん……いや、七雄とアキラか。……しかし、四方木さんは?関係がありますか?」
そう加羅が尋ねると、滝瀬は両手を握った。
「四方木さんは、善でも悪でもない。俺はあの人の仕事ぶりを尊敬してた。でも、四方木さんは、俺と同じく、七瀬の死の真相を知っていたんだ。あの人が犯罪に加担したんじゃあない。ただ、四方木さんは、七雄とアキラに都合の良いように、証言したんだ。それによって、奴等のアリバイは完璧になってしまった」
「何故、四方木さんは嘘の証言を?」
「お嬢様だよ。何も知らないお嬢様、神楽秋野だ……。四方木さんは、奴等に反抗すれば、お嬢様にまで危険が及ぶかも知れないって、そう考えたんだって言ってた。俺は四方木さんを殺すつもりはなかった。だが、四方木さんは言った。許されないことをしたと。滝瀬、私を殺しなさいと。四方木さんのその時の澄んだ瞳は、忘れられない。決意していた。俺が殺すことも、四方木さんが殺されることも、運命だったかのように」
滝瀬は俯いた。殺人を犯したのだ。そして、その罪を自白した。明確なる、殺人。彼は続ける。
「殺さない選択肢もあった。しかし、その時点では、まだ俺は犯人だとバレるわけにはいかなかった。アキラを殺すまで……。それまでは、捕まるわけにはいかなかった。……いや、言い訳だな。俺は、四方木さんを恨んだ。僅かながらにも。相手の事情も考えず、四方木さんを殺してしまった」
「四方木さんに、抵抗の跡が無かった理由はわかりました。何も言いません。しかし、道間夫人は、何故殺されたのですか?」
「それです。俺は、遊戯室と入り口を繋ぐ通路で、アキラと連絡を取っていた。誰も入ってこないからね。その時点での、今後の立ち回りをアキラと話し合っていたんだ。そして、俺はアキラを殺すつもりだった。奴との連絡の取り方が、通話だった。俺は声を出していたんだ。しかし、通話が終わって、廊下の奥、俺が立っている所からは死角になっていた位置に、道間夫人が立っていたんだ。夫人は口を抑えて、驚いていた。相当ショックを受けていたように見えたよ。俺は即座に判断した。夫人を殺さなければならないと。これが、自白の理由さ。自分の都合で、無関係な人間を殺してしまったんだ」
「突発的犯行であったと。しかし、叫び声のようなものが漏れても、おかしくなさそうなものですが」
「夫人は、完全に動揺していて、叫ぶ余裕も無かった。そして、俺は口は塞いだ。そして、ナイフを……俺は……」
「……人それぞれの正義があるように」
加羅は滝瀬を見つめた。
「人それぞれの命は、尊いものです。そう、あなたの自白は正しい。道間夫人を殺すのは、許されない。いや、四方木さんも、七雄とアキラでさえも。正しい手段で裁くべきだった。貴方はそれをしなかった。人が人を罰するのは、秩序の元」
「わかってる」
「わかってる?滝瀬さん、貴方はわかっていない。人間は、少しの時間だけでは、何もわかりはしない。刑務所で罪を償ってください。殺人をするというのは、そういうことです。軽々しく、わかるなどと口にしないでください。賢い貴方なら、わかるはずだ」
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