第22話

 そして数刻後、加羅は応接室で煙草を吸っていた。皆の緊張は徐々になくなり、みんな応接室に集まっている。平川もまた、煙草を吸っている。加羅と、最後の別れを惜しむかのように。天候は徐々に良くなり、流れは良いように見えた。


「お前と煙草を吸うのも、これが最後か」


 加羅が煙を吐き出した。平川の方をちらりと見た。


「そうだな。謝って済む問題じゃないが、すまなかった。罪は償う」


 俯く平川。


「謝るな。平川、もう安全だと思うか?」


「そこは……怪しいと思う。確実に犯人は暴走している。みんなの緊張は解け始めているとはいえ、油断は出来ない」


「犯人が襲ってきたら、一緒に戦ってくれるのか?」


 加羅が煙草を持ちながら、平川にいった。


「ああ。もう新たな犠牲者は出させない」


「助かるよ。……平川、俺は一つ試みを実行してみようと思う」


「何をするんだ?」


「尋問」



 千乃時加羅は、館の人物に尋問を行うことにした。応接室に全員が集まり、その中から一人ずつ、応接室の隅で加羅と一対一で話をするという形式。

 刑事の平川は応接室で目を光らせており、また、全員応接室に出揃っているので隙がない。犯人も襲ってこれないだろう。今までの加羅のアドバイスの正確さから、全員がそれを承諾した。


【少女・神楽秋野の証言】

 四方木が亡くなったのが悲しい。

 アキラには、四方木ほどの恩義は感じていない。

 加羅達が倉庫に閉じ込められた時、応接室に待機していた。

 怪しい動きをした人物はいなかったと思うし、また、加羅達を呼びに行った滝瀬以外は、誰も応接室から出ていっていない。

 応接室にいた人はアリバイが完璧であると思う。

 慌てて戻ってきた滝瀬にマスターキーを渡した。

 応接室にいる時、リッキーと連絡をスマートフォンで取った。もう少しで船が出せそうだと言っていた。


【医療従事者・白井の証言】

 不可思議な展開の連続で怖かった。

 七雄の死を最初に確認したのは白井。ドアが開いていたため、七雄の部屋に入った。毒殺で間違いないと死体を調べて確信した。

 加羅達が出ていってから、電話で秋野が誰かと話していた。距離があったので内容はわからない。

 加羅達が倉庫に閉じ込められた時は、応接室にいた。やけに秋野が落ち着いていたので、逆に怖かった。応接室からは、刑事を呼びに行ったコック以外は誰も出ていっていない。

 正直、早く帰りたい。


【料理長・権田の証言】

 七雄が死んだ時、部屋にあったサンドイッチとソーダを用意したのは権田。

 滝瀬に運ぶのを任せて、それ以来一度も触っていない。

 毒を盛った罪を擦り付けられているような気分。

 厨房で滝瀬と一緒にいる時間が長かった。

 お互いに怪しい動きはなかったと思う。滝瀬が毒を仕込んでいるなどという場面も見てはいない。しかし、確実かと言われると怪しい。

 応接室にて、怖いながらも待機していた時は、周りに人がいたので多少は安心した。


【料理人・滝瀬の証言】

 権田が調理した軽食を七雄に持っていった。滝瀬一人。

 サンドイッチとソーダには触れていない。トレイを握っていたし、完成した食材に興味も無かった。

 滝瀬が料理を運んでいる間に、滝瀬以外の誰かが、食事に毒を盛れるタイミングは間違いなく無かった。誰にも接近されていない。ただし、七雄が直接サンドイッチとソーダを食べる姿は見ていない。

 加羅達が閉じ込められていた時は、応接室にいた。その時、誰も応接室を出ていっていない。

 権田に命令されたので、加羅達を倉庫に呼びに行った。その時、誰とも遭遇していない。

 犯行の解明を求む。


【ファッションデザイナー・道間の証言】

 妻を殺されたショックが段々と実感を持ってきた。

 犯人を捕まえてほしい。

 応接室にて、待機組だった。加羅達を待つ間、応接室を出ていったのは、刑事を呼びに行ったコックだけ。他には誰も出ていっていない。

 主の秋野は落ち着いて見えた。道間は犯人が出てくれば対峙する覚悟だ。



【刑事・平川冬彦の証言】

 四方木達と組んで、白良島にて事件を起こそうと計画した。事件性があれば、恋人、北央七瀬。いや、神楽七瀬の無念を晴らせる可能性があったから。個人の力で解決するのは無理だと思い、警察を動かそうとした。加羅に招待状を送ったのは、事件を目撃する目撃者を作るため。刀利が付いてくる事は想定外だった。加羅と刀利に申し訳ないと思っている。

倉庫に閉じ込められた時、見た光景は加羅達と同じ。


 以上が、証言である。そして、これまでの情報で真犯人を推理することは可能である。

 事象を照らし合わせ、真犯人を解明していただきたい。



 応接室の隅で、加羅が煙草を吸っていた。ある程度尋問は終えた。役立った情報もある。確実に情報をまとめられるだけの。

 一人で煙草を吸っている加羅に、ぴょんぴょんと刀利が近づいてきた。


「加羅さん、何かわかりましたか?正直、解決困難な事件のように思えます。警察が来るまで何もしないが、ベストでしょうか?うーん、ベストって難しいですね。その時ベストだと思っていても、後になったら後の祭り」


 興味津々の刀利。


「アキラさん次第だな。そう、アキラさん次第だ……」


「どういうことですか?」


「要注意人物が増えた」


「尋問の成果ですか?」


「そうだ。ここに尋問の結果のメモがある。読んでみろ」


 加羅は右手ですっと手帳を刀利に差し出した。刀利はそれを受け取り、目を通し始めた。

 慎重に手帳を読む刀利。険しい表情をしている。真剣だ。


「ふむ……応接室組のアリバイが完璧だということは、わかりました。しかし、要注意人物なんていますか?アキラさんが最重要な危険人物では?」


「殺人が起きたからといって、全ての犯行が一人で行われるわけじゃない。四方木さんが死に、七雄さんが死に、道間夫人が死に、そしてアキラさんには平川から連絡が通じていない。この人物達の中に、まったく関連のない人物が含まれている。計画を知らなかった道間夫人だ。彼女は遊戯室から入り口へと向かう廊下で死んでいた。何故だと思う?」


「アキラさんが道間夫人に目撃されてしまい、それを知られないために、やむなく殺したのでは?」


「そうだ。しかし、そう思わせるために殺したという可能性がある。アキラさんが殺人犯で、館内をうろついていると見せかけるために。もしかするとアキラさんが館内をうろついているなんてのは想像で、実際にはもう動いていないかもしれない」


「動いていないというのは?」


「死んでいるということ」


 その言葉に、刀利は険しい表情を見せた。では誰が、と疑問の表情が浮かんでいる。


「疑問です。アキラさんが犯人でなければ、残るマスターキーの持ち主は、秋野さんと加羅さんだけです。加羅さんは論外として、秋野さんには人を殺せる力なんてないと思います。大人を殺せるとは思いません。立ちはだかる壁ですね。私も考えましたよ。秋野さんが犯人の可能性。だけど、物理で無理なんです。少女では無理があります」


「その通りだな。秋野さんには無理だ。一連の事件のポイント……マスターキーを持っている人物が犯人だ」


「秋野さんと加羅さん以外に、マスターキーを持っている人がいますか?リッキーさんは白良島にいないんですよ?」


「そうだ。リッキーさんは白良島にはいない。しかし、事象が一人の人物がマスターキーを持っている可能性を示している」


「誰ですか?」


 前のめりになる刀利。

 加羅は煙草の煙を吐いた。そして、告げる。


「滝瀬さん」

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