第32話 同族嫌悪みたいなもの
五月一日金曜日。昼休み、瞳の複数人のクラスメートと体育館にいた。
体育館は校舎の東側に三階と渡り廊下で繋げられている。部室棟とは数メートル離れて後から建設された。
今日はある生徒がライブ演奏を行うとかいう理由で生徒がぽつぽつと集まっていた。集まったのは五十人くらいだろうか。見に来た生徒は体育館のステージに集まっている。反対側にはバレーを行う生徒がいるため、邪魔にならないように固まっていた。
「そう言えば島内さんは?」
聞かれた瞳は答えた。
「ミカは浅村さんと来るって」
「みなみんか」
クラスではミナミをそう呼ぶ者も多い。瞳のことをひとみんと呼ぶ者もいる。
何となくその呼び名は定着していた。けれど、瞳はずっと苗字で呼んでいた。
「私、みなみんと喋ったこと無いんだよね」
「へぇ、ダッチはみなみんと喋ったことないんだ」
「うん、おしゃれで美人だけど、ツンとした所があって気後れしちゃって」
「みなみん結構気さくだよ。会話は難しいよね。明るい見た目だけど、世俗的じゃないから話を合わせるのは難しいけど」
流行に合わせたように姿を変え、クールな見た目をしている。ミーハーだと思っている者もいるが、中身はそれに反した印象であった。
お互いにあまり喋らない。世俗的でべったりした所の無い、薄っぺらい関与だからこそミカと息が合うのか。
「茂木ちゃんはみなみんと何話すの?」
何故か会話はミナミ攻略法へと変わっていく。茂木の隣にいるダッチこと
「うーん、最近はね。リュートの話」
リュート自体を知らないという顔をしている。茂木はそれを読み取ると、話の方向を上手く切り替えた。
「今度、みなみんを誘ってみるよ。昼とか、何処か一人でほっつき歩いているみたいだし」
「お願い」
気になるのであろう。瞳も過去に会ったことを思い出した。あの場所は生徒が普段使わない場所であった。考えれば違和感が生まれてしまう。
そのモヤモヤを忘れさせるかのごとく、大きな音楽がステージから流れてくる。さっきまで違う方向を向いていた人を引きつけるほどに強い。全ての視線は一点に向いた。
ステージに上がったのは一人の男性である。瞳が聞いた話によると二年生の生徒だという。キャスター付きの台を上手から引いて現れる。台の上にある紙で作られた立方体の箱は表面に銀紙が貼られている。見るからに怪しそうだ。
立方体の箱に手を突っ込み、何かを始めたタイミングでミカとミナミが体育館に入ってきた。瞳を見つけると、最初からいたかのように横に並んで立っていた。
「どこ行っていたの?」
気づいた瞳が小声でささやく。
「ミナミが自販機で買うものがあるとかって」
ミナミのせいと言わんばかりであった。ミカの隣に立っているミナミを見ると、その通りと言わんばかりに頷く。目で訴えている。これは本当らしい。
一、二年生百人程度が集まったこの催しは、前座が手品、その後にある二年生のソロ演奏であった。
何の為に集められたのか。これも五月の半ばに行われる行事に関することらしい。人前で行う予行練習と言えば聞こえがいいのか。
集められたのは、今回催しを行った生徒の周辺とその後輩である。つてをたどって何とか百人近くを集めた。
昼休みが終わる六分前に催しは終了した。体育館のもう半分を使用して、バレーを行っていた生徒はとっくに解散している。瞳は途中で抜け出すことも考えたが、後ろ側はステージから丸見えとなることから水を差すと思って行わなかった。
終了後、体育館の出口は一つしかない為、非常に混雑していた。人の頭が折り重なっている光景を見て、ミカは足を止めた。
「どうしたの?早く戻らないと」
足を止めたミカに瞳は告げた。ミカは後髪で覆われたうなじを撫でながら、嫌そうな顔をしていた。
「別なルートで戻らない?」
「いいわよ」
ミカの意図を察した。瞳の即答からミナミはそう捉えていた。
ミカの道案内の元、三人は三階の渡り廊下ではなく一階にある玄関から体育館を出た。すりガラスの扉を開けて外に出る。普段は使わない入り口は、多少開きが悪い。ここは入学式の際に保護者らを入れる入り口として使われていた。
最後に出たミナミが扉を閉めた。レールには砂が溜まっている。毎回手入れをしないのであろう。
外は日差しの強い日光に照らされる。三人を熱しているのは、日光ではなく風であった。外は点心を蒸すような熱い風が吹いている。急に熱い風にさらされることによって体内は苦しめられる。
「こっからあっち」
指した方向は校舎の南側である。一応、校舎の端には外に出られるように扉が設置されている。北側はガラスの引き戸であるが、南側は蝶番で開く開き戸になっている。実は教室から体育館はこちらのほうが近い。デメリットは一度外に出ることであった。
三人は体育館の入り口から渡り廊下の下歩いて校舎の南側から入った。開き戸を閉めると、校舎内の涼しい風に冷やされた。
「まだ五月なのにね」
ミナミの言い分を肯定するように二人は頷いた。教室に戻りながら、話は続いた。
「もう五月か」
時の流れは、年齢を重ねるに連れて早く感じていた。少し前の瞳のことを言えない発言であることにミカはうっかり口にしてしまう。
「やっぱりそう思うでしょ。三日からゴールデンウィークよ」
「二人は、何するの?」
「特にないわね」
「ないね」
「休みの日は一緒じゃないんだ」
ミカと瞳は顔を見合わせる。言われてみればそうだ。
「でも、休みの日に来る時はあるわよね」
「ああ」
「お茶飲んだりね」
話しているうちに教室に辿り着く。ミナミが教室に足を踏み入れようとしたタイミングで、後ろからパーカーの裾を引っ張られた。ミナミは振り向く。
「姉ちゃん、茶しばかへん?」
ギリギリのタイミングで掴んだミカはまるで走ったかのごとく、少し息が荒かった。ナンパみたいな言葉を急にかけてきた。
「ゴールデンウィーク……よね?」
瞳は言葉足らずなミカの要約をした。やや、必死感のあるミカの言葉は面白味がある。
後先は考えていないだろう。その場の勢いで出た言葉を口にした。ミカの誘いは、まるで心の内を掴んだかのようにミナミは思えた。
「そう、ゴールデンウィーク」
「い、いいけど。それにしても茶しばくって久しぶりに聞いた」
「関西弁で飲んだりすること。名古屋の人でも言うらしいわよ」
「何か、頭の中に出て来てね」
「面白い」
スピーカーからチャイムが鳴り響く。もう休み時間は終わりを迎えた。瞳は入り口で止まっているミカとミナミに早く入るように促した。
放課後、ミカは瞳の家にいた。今日は部室に用事もなかった。ここ数日、活動した代わりの休み。オフの日であった。
リビングのテーブルでうつ伏せになるミカ。キッチンに立つ瞳は水をやかんに入れていた。
「ミカも珍しいね。浅村さんを誘って」
「ああ、何となくね」
「大丈夫?」
「ああ」
ミカはあれからミナミと話していない。そんな機会は少ないだろう。
瞳が何処か気にしている素振りがある。やかんを火にかけて、コンロの後ろに立っている。ミカからは背中が見える。瞳が来ているワイシャツの肩甲骨部分に視線を向けていた。
「別なルートがあったのかね」
「後悔しているの?」
「いや」
ミカは身体を起こして、天井を見上げる。天井は年数が経った白い壁紙で覆われている。
「何処か同族嫌悪のような。紙を丸めて小さな穴から覗いているつもりが、覗かれているんだよね」
「私も今、ブラのホックを覗かれている気がするわ」
「気のせいだ」
「そう」
お湯が沸くと瞳はガスを消した。
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