第11話 新たな仲間

 病院の庭先にはすがすがしい夏の朝の空気が満ちていた。


 私とカクペルは旅立ちの前、リンデマン兄妹と別れの挨拶をしている最中である。


 車椅子に座ったマクリナの横にはルスケンが寄り添っている。

 

 「もう行っちゃうの?」


 マクリナがぽつりと呟いた。


 「なんか、寂しいな……せっかく外に出られるようになったから、お姉さんたちとカフェとか行ってみたかったのに」


 「おいおい、お嬢を困らせちゃダメだろ」


 「ふふ、大丈夫ですわ」

 

 私はマクリナの手を取る。


 「貴女もじきに大学生でしょう? お約束しましょう。旅の途中、かならずや貴女が所属する大学領に立ち寄ると。その時はめいっぱい遊んでくださいませ」


 「……! はいっ!」


 そのやり取りを見ながら、ルスケンはしみじみとしつつ腕を組む。


 「さて、オレもそろそろ仕事に戻んねえとな」


 彼がその肩に大きな袋を担ぎなおす。

 昨日の昼に見たものと同じ袋だ。

 ここに彼の旅支度のすべてが入っているのだろう。


 「え? 貴方、治療費を稼ぐために危険なお仕事をしてきたのでしょう? マクリナさんが治った今、それも不要ではなくて?」


 「オレにとってこの仕事は天職だ。熊は山から離れられねぇ。やりがいがあって大金を稼げる、こんないい仕事はねえよ」


 「それにな」とルスケンは続けて、にやつきながらカクペルに耳打ちする。


 「傭兵ってのは、女にも困らねぇんだぜ」


 「…………不潔だ」


 「聞こえていましたわよルスケン」


 「うおぉっとお嬢、ははは、ははははは」


 「? お兄ちゃん、今何を話してたの?」


 「お、男同士の楽しみについてちょっと! なっ!」


 「不潔とか言われてたけど……」

 マクリナがジト目でルスケンをにらむ。

 国一番の名医から大学進学を進められていただけあって目聡い子だ。


 「それはだな、ああっと、そうだ、糞便を敵兵にぶつける精神的攻勢作戦とかあってだな、それがまた愉快なんだよ! ウンコと絶望にまみれた敵の顔が! ははははははは」


 「お兄ちゃんサイアク」


 「それで稼いでたんだよオレ!?」


 (それだけで稼いでいたわけではありませんでしょ)


 心の中でツッコミを入れつつリンデマン兄妹を眺める。


 彼らにとってこうして滑稽な、普通の兄妹の会話ができるようになったのはいつぶりのことなのだろう。


 昨日の二人を思い出すと、つい目頭が熱くなる。


 マクリナは兄とのちょっとした言い争いを終えると急に考え込むように黙り込んでしまった。


 「? どうした?」


 「……お兄ちゃんさ、お姉さんたちと一緒に旅すればいいんだよ」


 「は、はぁ!? なんだよいきなり」


 「私、もうお兄ちゃんに命がけで働いてほしくないの。……せっかく傷だってきれいに治してもらったんだもん。もう新しいもの、つけてきてほしくないよ」


 「そうは言ってもなぁ……これからはお前の学費だって稼がにゃならねぇし」


 「お兄ちゃん忘れたの? 私はドクターの推薦で学費全額免除の特待生なんだよ」


 「ぐぅ……で、でも生活費とかそういう――」


 「元気になったんだから私もアルバイトくらいできるもん」


 「だけどよ……」


 「ルスケン、マクリナさんの気持ちもくみ取ってやってくださいな」


 私はルスケンに近づく。


 「それに私も、貴方がついてきてくださることには大賛成ですわよ! 貴方の腕前はこの旅でも大いに役立つでしょうし、何より私たちと一緒なら退屈はさせませんわ」


 「お嬢……」


 「私も異存はございません」

 

 カクペルもルスケンに近づき、私とは反対側に、ルスケンを挟むように立った。


 「ルスケン、君が同行してくれるならシスターの護衛の面でも安心できる。戦場に戻るよりははるかに健全な選択だろう」


 「カクペル……」


 ルスケンは数十秒うんうんと考えていた。


 最初は難色を示していた彼だったが、マクリナの懇願する顔を見て、決意を固めたようだ。


 「……ったく、お前ら揃いも揃って好き勝手言いやがる」


 頭を掻きながら彼は自分を挟む修道士を交互に見つめる。そしてやれやれと肩をすくめた。


 「よし決めた、オレもお前さん方に同行する!」


 「お兄ちゃん!」


 「当面の生活費なら、ドクターから分捕った余分な治療費があるしな」とつぶやくと、彼は病院の外の方面へ2歩踏み出し、私たちに振り返った。


 「この伝説の『狂熊』を仲間に入れるんだ。お嬢、さっきお前さんが言った退屈させないって言葉に二言はねェな?」


 「ええ、お約束いたしますわ」


 「いい返事だ」


 ルスケンは快男児の笑みを浮かべた。


 「それではマクリナさん」


 私はあらためてマクリナに向き直る。


 「お兄様をしばしお借りいたしますわ」


 「っ、はい! よろしくお願いします!」


 マクリナはルスケンのほうを向くと、おもむろに右手を掲げた。


 「お兄ちゃん、楽しんできてね」


 「――――ああ、わかった」


 兄妹は別れのハイタッチを交わした。


 「さあ行きましょう。ルスケン、カクペル」


 「おう、まずはどこに向かうんだ?」


 「まずは首都を出ませんと真の出立とは言えませんわ。街道門を抜け、いざアルヴィゴ街道へ!」


 私は信頼する従者・カクペルと心強い友・ルスケンを連れ、街道門へと向かった――――!


~首都ウェスマウンソー編・完~

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