鬼は外

平中なごん

一 節分

 二月三日……言わずと知れた節分、豆まきをして鬼を追い払う日である。


 だが、僕の生まれ育った田舎の村では、世間一般に行われている節分の行事とは少々異なった風習が伝えられていた。


 別に民俗学とかそういう学問を勉強したことはないし、年中行事に詳しいわけでもないんだが、きっと他の地域とは〝節分〟という言葉の意味合いがかなり違っているように思う。


 これは、まだ僕がそんな田舎の実家に住んでいた頃に体験した出来事である……。


 まあ、風変わりな節分と言っても、一般的なものと同じような部分もないわけではない。


 豆まきはもちろんするし、いわしの頭をひいらぎの枝に刺して玄関に飾ったりもする。


 また、これは一部、他の地域でもする所があるようなのだが、竹で編んだざるや籠を軒先にかけたりもする。爺ちゃんに聞いた話によると、これは「魔物は眼のたくさんある者を恐れる…」という俗信から、笊や籠の〝編み目〟を眼に見立て、それで魔物を追い払うのだそうな。


 こうして聞くと、別に普通の節分と同じじゃないかと思われるかもしるないが、大きく異なる点はここからだ。


 他の地域では伝統的に、夜、豆まきをするとこが多いと思うんだが、僕の村では夕方、日が沈む前に必ずやり終え、すべての扉という扉、窓という窓を閉めきって家の戸締まりを厳重にすると、翌朝、日が昇るまではけして外に出てはいけない……いや、外出するどころか外を見ることさえ禁じらているのだ。


 やはり爺ちゃんにその理由を尋ねてみると、節分の夜には鬼が外をうろついており、もしもその鬼に見つかってしまったら、頭からバリバリと喰い殺されてしまう…なんて、まるで昔話のようなことを真顔で答えていた。


 そんな非現実的なありえない話、大きくなってから聞けば一笑に付して終わらせるようなところではあるが、まだ幼い時分、あの古い伝統が色濃く残る村内の空気間の中で耳にすると、それはそれなりにリアリティのある恐怖心を僕ら子供達に抱かせたものである。


 加えて、しきたりを破れば滅茶苦茶大人に怒られるであろうことも確実なため、少なくとも僕が知る限り、誰もこの決まりを破ろうなんて者は現れなかった。


 だが、あれは小学四年生の年だったろうか? そのしきたりを破る当の本人に、図らずもこの僕がなってしまったのである……。

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