第5話

「もうっ!!!どうしてこんな目に合わなきゃいけないのよ!」


彼女が力任せに叩いたテーブルには亀裂が入り傾いている。


「あなたたちも何の成果もないなら戻ってこなくていい!」


いつの間にか窓のそばに立っている、フードを深く被った2人組に向かって言ったようだ。


「おいおい、そりゃねぇだろぉ?なーに怒ってんだぁ?俺たちだって、収穫ありませんでしたぁ。って報告しなきゃなんねぇだろぉ?」


「だから何もないなら戻ってくるなって言ってんのよ!」


「ちょっとー、落ち着きなよー。可愛い顔が台無しだよー?」


フードを被った2人組のうち1人は声からするに女性のようだ。怒っている女性の顔をぷにぷにと触っている。


「はぁ…まったく何のために私はこの地位についたんだろ」


顔を触ってくる手を振り払いながら深くため息をはいた。


「そりゃぁお前、貴族を根絶やしにするためだろぉ?」


「そうそうっ、貴族をみーんな消すためー。ねー、ミーちゃんっ」


そう言いながらフードの女性は今度は抱きつく。


「ちょっと!離れてブレンダ」


「はいはーい」


フードの女性は近くのベッドに腰掛ける。


「みんな殺しちまえば早ぇんだけどなぁ」


「はーい、エイベルはおバカー。みんな殺したらブレンダたちも生きてけませーん。ねー、ミーちゃん」


「んなこたぁ、分かってるけどよぉ」


「はいはい、分かったから2人ともいつまで人の家にいるわけ?」


「へ?そんなのー次の仕事に行くまでー」


「じゃあ、山で魔物が暴れた原因をさぐってきて。あなたたちなら簡単な仕事でしょ?」


「ミーちゃんミーちゃん!ストップ!いまブレンダたち帰ってきたところ!何も聞こえない何も聞こえないー」


「あーあぁ。ブレンダが変なこと言うから仕事が増えたじゃねぇかよぉ」


「え?あたしのせい?えー?あたしのせい?うわーん。ミーちゃん、もうちょっと休憩!ね?もうちょっとだけ」


この2人が来ると本当にいつも賑やかになる。苛立っていた気持ちもいつの間にか消えていると彼女は思った。


「別にすぐじゃなくていいけど、自分の家に帰ってくれる?」


「おいおい、俺たちが家なんかねぇこと知ってるだろぉ?」


「いつも通り宿にいけばいいでしょ?」


「うわーん。ミーちゃん、そんなこと言わないで泊めてよー。お願いお願いお願いー」


「はぁ。じゃあブレンダだけね」


「はぁあ?そりゃねぇだろうエイミー。お前んち広いんだから俺も泊めてくれよぉ」


「あのねぇ。いつも言ってるけど普通はね、女の子の家に男の子は泊まらないの。そもそも部屋にも勝手に入らない」


「あぁ?そんなの俺たちの仲だからいぃだろうがよぉ。んじゃぁ、いつもの場所借りるからなぁ!」


結局いつもこの2人は勝手に泊まっていくのだとエイミーは諦める。


「一応いっとくけど。しばらく私王都にはいないから。しばらく戻れそうもないし、この部屋も自由につかっていいよ」


「えー!ミーちゃんどこ行っちゃうのー?寂しいじゃんーやだー」


「バカだなぁブレンダ。仕事の報告しなきゃなんねぇだろぉ?こいつの後追っかけるしかねぇだろうが。毎回こいつの居場所まで探らなきゃいけねぇんだから面倒になるってことだぞ」


あーそっかー!と、ブレンダが嬉しそうに返事をした。


「あなたたちにこんなこと言うのは失礼かもしれないけど、来る時は注意してきて」


「えーーーなになに?ブレンダのこと探せるひと?んー…むりだよーミーちゃん。今まで1人もいないよー?」


「ばーか。この国ではだろぉが。ただそいつもこの国の人間だろぉ?だったら大丈夫だと思うがなぁ。いつもより注意しとくかぁ?んーじゃ、おやすみぃ」


ブレンダはいつの間にか部屋にあったベッドにすでに潜り込んでいる。


「ミーちゃん寝るよー!おやすみーー」


「はいはい、おやすみ」


この子たちは仕事はできるが、自由すぎて困るとエイミーは少し疲れたように布団に潜った。









「もうすぐウォルズ領ですね」


私たちは謁見した次の日、ウォルズ領への旅路についた。懸念していた山越えも無事に越えたが、魔物に襲われた村の状態はひどく、麓から少し離れた小さな村のいくつかは壊滅状態だった。できるだけ村や町に泊まって復興の手伝いをしながらここまでやってきたので、予定よりも日数はかかってしまっている。


「そうだね、なんだか緊張するよ」


被害に村を見るたびに早くウォルズ領へ戻らなければと思うのだが、見て見ぬふりもできず結局1ヶ月近くかかりここまでやってきた。


「出来ることからやりましょう、ハロルド兄様」


その後も馬車を走らせようやくウォルズ領に入る。するとテントがいくつも張ってあるキャンプ地のような場所が見えてきた。


「あれは、避難民でしょうか?」


「そうかも知れない。行ってみよう」


馬車の方向を変え、キャンプ地を目指す。近づくにつれ徐々に様子が見えてくる。やはり避難民の住居になっているようだ。王都から派遣されたであろう騎士の姿も見える。


「止まれ!馬車はここで止めていけ。荷台の確認をさせてもらう」


どうやら我々を警戒しているらしい。


「荷物は積んでいません。妹のキャロライン・スミスとその侍女が乗っています。私はハロルド・スミスです。父マシュー・スミスに変わりこの地の領主を王より仰せつかりました」


「なっ、こ、これは大変失礼をいたしました。領主様だとは存じ上げず…」


「気にしないでください。領地を守っていただき感謝します」


「いえ、我々の仕事ですから。それに、代官のローレン様がお見えになられてからはずいぶん領民も落ち着かれました。ご案内しましょう」


どうやらローレン様はこちらにいらっしゃるらしい。騎士につれられて少し立派なテントに向かう。


「ん?」


ハロルド兄様が立ち止まりエイミーを見る。


なるほど、エイミーの魔力が暴れている。


「エイミー、具合でも悪いですか?魔力が乱れているようですが」


「い、いえ。長旅で身体がこわばっていたので、少しほぐさせてもらいました。失礼をいたしました」


「そうでしたか。それならよかった。私は治癒魔法が使えますのでいつでも言ってください」


「はい、ありがとうございます」


(「おいおいキャロライン。身体をほぐしてなんていなかったぞアイツ」)


(「いいのいいの、本人がそう言ってるんだから」)


(「オレ様は殺気しか感じなかったけどな」)


コウルスの言うとおりだ。そしてきっと兄様も同じだろう。でも何となくだけど、私たちに向けてでは無かったような気がする。おそらくはあの騎士にだろうか。


きっとエイミーには諮問官としての仕事もあるのだろう。


騎士に着いていく前に領民がハロルド兄様に気がつきわらわらと群がってきてしまった。


「ハロルド様、やはりマシュー様は…」

「この地はどうなるのですかハロルド様」

「息子と妻を助けて下さいお願いです」


と様々な声が兄様にかけられる。


「おやおや、これはハロルド様。お着きでしたか。どうぞこちらへ」


「「ローレン様!」」


いつの間にかそばにローレン様がいた。ローレン様はお母様のお父様。私たちのお祖父さまにあたる人だ。私はウォード家で一緒に暮らしていたので顔をみるだけで落ち着く。


「キャロルも久しぶりじゃな。さ、とりあえず行こうか」


人だかりを抜けてテントに入る。エイミーがお茶を用意してくれた。


「さて、何から話せばいいか……」


ローレン様はお父様やお母様の死を気にしているようだ。


「父上や母上のことは聞いています。それからだいたいの被害状況も伝え聞きました。詳細な被害状況をお教えいただけると助かります」


「うむ。覚悟はできているようじゃな」


それからローレン様は死傷者の数、焼かれた中心部の範囲、避難民の数や食料の状況などについて資料をみせながら説明していく。


私も隣で一緒に聞きながら魔法で力になれることはないかを確認していく。


「まずは中心地を見に行こう。いまだ黒い炎は燃え続け、あの地を黒く染め上げているのじゃよ」


ローレンス兄様の腕がポーションで治らなかったように、暗黒魔法は浄化しない限り効果が持続するようだ。今日はもう辺りも暗くなり見えないので明日の朝一で向かうことになった。



次の日、さっそくウォルズ領の中心地へと馬車を走らせる。


「あれは何ですか…?」


領主館や町が見えてくるはずの場所に、城壁のようなものが見える。


「あれは暗黒魔法防ぐための壁じゃ。黒い炎は少しずつだが広がっている。神聖魔法でないと消せないらしくてな。気休めにすぎないが壁をつくり侵食を遅らせつつ王都から来た神官が少しづつ浄化してくれている」


そっか、暗黒魔法は神聖魔法でしか消せないとか確かエヴァンが言ってたな。


(「コウルス私にも消せる?」)


(「なんだオマエ浄化魔法できねぇのか?」)


(「浄化魔法なんて本に書いてなかったもん」)


神聖魔法は神官しか使えない魔法のせいか、ウォード家にあった本には治癒ヒールしかのっていなかった。


「ここで馬車を降り歩いて行きましょう」


だいぶ壁が大きく見えてきたあたりで馬車を降りる。


「ローレン様、どこから中へ?」


私もちょうどハロルド兄様と同じことを聞こうとしていた。壁が続いているだけで扉らしきものがない。


「これは侵食を防ぐための壁だ。それに領民が勝手に入っても困る。だからあえて扉はつけていない。魔法操作に長けたものしか入れないようにしたのだ」


なるほど、通常の領民が使っている程度の土操作アースコントロールではこの壁は壊せないということか。


「ではいくぞ『土操作アースコントロール!』」


ローレン様の声と共に前方の壁に人1人分の穴がぽっかり開く。この壁は相当分厚いようでトンネルのような入り口が出来る。これでようやく私たちは自分の家に、ウォルズ領の中心地へと戻ることができる。


「心して入るがよい。現実というのはたいてい想像よりも酷いもんだ」


ローレン様の言葉に頷き、中へと進む。


「これは…………」


一体、何が起きたのか。そんなことは分かっている。ライドンが暗黒魔法ですべてを焼いたのだ。


ハロルド兄様は唇をきつく結び、拳を握り締めている。


私たちのウォルズ領は、どこか別の世界に来たかのような地獄の地に変わっていた。


領民たちの集落も、私たちの館も、整備された畑もここにはもうない。あるのは未だに燃え続ける黒い炎とえぐられた黒い地面だけだ。


「酷いだろう。すべてが焼かれ、この地を黒く染め、未だ炎は燃え続けこの地をむしばんでいる。かつてのウォルズ領はもうない」


貧しい生活だった。貴族とは呼べないほど貧しい暮らしだったが、お父様もお母様もメアリーもジェフも、それにジョーゼフさんだってみな一生懸命に生き、ようやくこれからというところだったのだ。


それをたった一人の人間の気まぐれで。


「……許さない」


怒りの感情が止めどなく溢れてくる。感情に呼応しぐらぐらと揺れながら魔力も膨らんでいく。私がぜったいに復讐してやるんだ。


「キャロル?」


「ハロルド兄様、私はアイツを絶対に許しません。絶対にです」


もうお母様はここにはいない。魔法でどうなろうがお母様を不安にさせることもないのだ。


そう思った途端、さらに魔力が膨れ上がり、長年左腕にはめていた魔力制御の腕輪が壊れた。


腕輪の力で押さえ込まれていた魔力がすべて解放され、爆発するかのような魔力の波が私を包む。


「これが私の魔力…」


エイミーは剣をぬき、ハロルド兄様は心配するように私を見ている。


「制御はできているようじゃな。であれば静めなさい」


ローレン様は冷静に魔力の動きを見ていたようだ。


「はい、すみません」


魔力を静め、壊れた腕輪を拾い上げる。5年もの間、私の左腕にはめていた腕輪。それなりに愛着がある。


「キャロル…力を貸してくれ。俺はもう家族も領民もこの地も失いたくない。こんな地獄に変えたくない」


ハロルド兄様は私の魔力をみてこの力を領地の為に使おうと考えたようだ。


「ハロルド兄様はすっかり領主ですね。私は魔法が好きです。幸い王にも好きに学ぶよう許可を得ています。この力、ハロルド兄様が好きにお使いくださいませ」


「ありがとうキャロル。だけど後で母上に怒られそうだよ。あとはローレンス兄さんにもか」


ハロルド兄様が苦笑いをする。


「こら、そこの諮問官も剣をおさめるのじゃ。いまは侍女なのだろう?主人に刃をむけてどうする」


ローレン様に怒られたエイミーは不服そうな顔で剣をおさめる。


「私は侍女としてそばにおりますが、監視役だということを忘れないで下さい。今回の件も報告させてもらいます」


何も悪いことはしてないがそれがエイミーの仕事なのでしょうがないだろう。


「見たかハロルド!これが魔術の神イシス様の申し子、寵人キャロラインの力だ!」


コウルスが高らかにハロルド兄様に宣言している。もちろんエイミーやローレン様には聞こえていない。


兄様はコウルスに目で「うん、すごいね」と返していた。


(「そんなのはいいからコウルス。浄化の魔法教えてよ」)


(「あ?浄化魔法 浄化ピュリファイか?浄化の基本は分離だ。呪いや毒なんかを取り除いて消滅させる。そんだけだ」)


そんなんで分かるか!魔法陣を使って発動する複合魔法とは違い、神聖魔法はイメージして発動する。どちらかといえば元素魔法に近いのだ。


だから術者によって効果が違ったり形が少し違ったりする。その点複合魔法は魔法陣で形や効果が決められているので発動さえできればだいたい皆同じ効果が得られるのだか。


「キャロルもう少し奥を見てこようとと思うけど、どうする?」


ハロルド兄様はコウルスが見えているので、私と何かやりとりしているのが分かったのだろう。


「私はここにいます。私は神聖魔法が使えますから浄化ができないか試してみようと思います」


「分かった、無理をしないように」


「ハロルド兄様も。くれぐれもお気を付けて」


ハロルド兄様とローレン様が館があったはずの方角へ歩いていく。エイミーはもちろん私の監視だ。


さてと。


(「もう少し分かりやすく説明できない?」)


(「分かりやすくだと?とりあえずやってみろよ」)


確かにそれもそうだ。小さめの炎のそばへ少しだけ近づく。


(「ねえ、詠唱は何て言えばいい?」)


(「は?詠唱なんか必要ねぇ」)


(「え?必要ないの?」)


(「祝福程度のヤロウ達じゃ必要だ。オマエには必要ねぇ」)


なるほど私は正式に寵人となったからいらないということか。


「よしっ、じゃあやってみるよ…『浄化ピュリファイ』」


浄化、浄化……基本は分離…


必死に頭のなかでイメージを膨らませる。


分離か…分離…分離ね…前世の知識なのか、ぶんぶんと振り回して分離する方法が思い浮かぶ。


「ちょっとっ!!!」


「えっ?」


見れば黒い炎がぐるぐると竜巻のように回っている。


「ごめんごめん、失敗だ」


慌てて魔力行使をやめる。エイミーが凄い顔でこちらをみてくるが、悪気があったわけではない。


うーん、分離か…炎を分離するイメージがつかないんだよな。炎を遮断するイメージでどうかな…


「よしっ!もう一回、『浄化ピュリファイ』」


炎を通さないイメージで……遮断っ!


(「出来たな」)


炎を包みこんだ浄化魔法を解いてみると、コウルスの言ったとおり黒い炎が消えていた。


「やったーーー!見ましたかエイミー!新しい魔法が使えるようになりました!わぁいつぶりだろう?最近は開発ばかりだったからな。嬉しいなぁ」


「よかったですね。キャロラインお嬢様」


エイミーすっかり侍女モードで棒読みの感想を述べてくる。


(「コウルスもありがとっ」)


(「ふん、さっさと全部浄化しちまえ。魔力を全開にしろ、俺が制御を手伝ってやる」)


(「分かった」)


魔力を全開に開放し、ここ一帯の暗黒魔法の魔力を探知サーチする。以前の魔力では一方向しか確認できなかった探知サーチも、全開にした魔力のおかげで汚染された全域の暗黒魔法を探知することができた。


「うっ……」


物凄い情報量が頭の中に流れ込んでくる。何十、いや何百カ所にもおよぶ炎の場所を把握する。


コウルスは制御を手伝ってくれるといったっけ。コウルスがいればきっと大丈夫だろう、なんとかなる!


(「いくよコウルス!『浄化ピュリファイ!』」)


探知サーチで確認した場所に浄化魔法を一気に発動させ、炎を遮断。浄化する。頭の中で探知した炎がなくなったのを確認するも、意識が遠のいていくのを感じる。


(「おい!キャロライ…」)


コウルスの声が聞こえたが私の意識はそこで途絶えた。




「キャロル!気がついたか」


目を開けるとハロルド兄様の心配そうな顔が目の前にあった。まだ少し頭が痛い。


「ハロルド兄様、すみません。ちょっと調子に乗りすぎたようです」


「うん、反省しているのならいいけど、腕輪を外したばかりなんだ。魔法を使うときは慎重にね。キャロルまで失ったら俺はもう本当に」


「申し訳ありません。いろいろ確認してから使うようにします」


今回の件は本当に反省している。コウルスもいたし魔法の行使には自信があったが、まさか頭のほうがパンクするとは思わなかった。


これまで使ってきた魔法も徐々に魔力をあげながら、確認するほうがよさそうだ。


「そうしてくれると助かるよ。でもキャロルのおかげで暗黒魔法はウォルズ領から消えた。中心地にまた領主館を建てて復興の拠点にしようかと思ってる」


どうやらハロルド兄様はいろいろ計画をたてているようだ。またあとで相談すると言って行ってしまった。


(「まさか頭が足らねぇとはな」)


コウルスが話しかけてくる。


(「わたしがバカみたいに言われるのは心外だけど、ホントその通りだわ」)


(「次からはオレ様の頭をかしてやる」)


(「え?コウルスのアタマ?」)


(「本当にバカなのかオマエは。オレ様の処理能力を貸してやるって言ってんだよ!」)


(「処理能力?そんなことが出来るの?」)


これは私の前世の知識でも今世の知識でも知らない知識だ。処理能力をどうやって貸せるというのか。


(「オマエに取り憑けばできる」)


(「えっ?取り憑く?それってどうなの?悪魔に取り憑かれたとかは聞いたことあるけど、天使に取り憑かれるは聞いたことないよ」)


(「そんなの悪魔も天使も変わんねぇだろ」)


(「そう?そう言われればそんな気もしてくるけど。自分でも少しずつならしていくよ」)


そんな方法はとっておきに取っておいて。やっぱり自分でもちゃんと魔法を操れなきゃね。





次の日から早速、ハロルド兄様とローレン様と共に復興の計画を立てる。


「まずは避難場所を作ろうと思っている。集落、いや領都を作る場所の地下に通路をつくり領民が避難できるようにしておきたい」


ハロルド兄様は説明を続け、また同じようなことはないことが1番だけど、道中での魔物の氾濫のこともある。何かあった場合に被害を最小限に抑えたいと言った。


「確かにハロルド様の言うとおりじゃな。襲ってくるのは人間だけとは限らない」


すでにハロルド兄様は地下通路の計画図まで作成していた。それだけではなく領都りょうと計画と書かれたその紙には、街の計画がびっしりと書かれている。


どうやら地下通路は領民の住居区画すべてに続いているようだ。それならば、


「地下通路を作るのであれば汚水を流す地下水路にしてはどうでしょうか」


これは私の前世の記憶からの知識。各領民の家から出る排泄物を流す水路をつくり、浄化してから川に流す。そうすると川の水が綺麗になるので、畑にも良いし、生活用水としても安心らしい。


「なるほど。普段は地下水路として領民を支え、緊急時には避難経路となるのか」


「よさそうじゃな。どうやって浄化するかが問題だが、それをしなくともこれまで通り川に流せばよいだけじゃ」


地下水路の構造については私に一任されることとなった。高低差をつけ、上手く水が流れるようにしていかなければならない。浄化装置も魔法でなんとか再現できないか研究しよう。


(「コウルスも手伝ってね」)


(「は?なんでオレ様がそんなことしなきゃなんねぇのさ」)


(「え?だって魔法が増えればコウルスだって力が増えるんでしょう?」)


(「そりゃそうだが」)


(「じゃあ、よろしく」)


コウルスはふて腐れたようにそっぽを向いてしまう。


「じゃあ次だけど、この城壁だ。いまある壁をそのまま再利用しつつ、使いやすいかたちに変えていく。あとは兵だね。いくら防御面や避難通路を作ってもやっぱり対抗できる力も必要だと思っている。俺だけの力ではこの領地を守り切ることはできない」


これまでのウォルズ領は兵を持っておらず、有事には領民から編成されてた兵士で何とかしてきた。それも最近は争いも魔物の襲撃もなく、農民としての生活が守られていた。


「となると訓練場や兵舎も作っていくのじゃな?」


確かに城壁を作るのなら兵士に入り口を守らせておいた方がよいだろう。


「であれば学校を作ってはどうでしょう?魔法も教えるというのは難しいでしょうか?」


「学校か…兵の訓練は誰かを雇って任せようと思っていたけど。魔法なら俺やキャロルでも教えられるか…教師になる人材をまずは俺たちが育てる…うん!キャロルそうしよう!領都に大きな学校を作ろう!」


「ハロルド様、その計画を遂行するにはまず人が必要じゃ。そして、人を集めるには金が必要じゃな」


うわ、ウォルズ領にはどっちもないわ。領民は減っていく一方だったし、お金なんか…考えるまでもない。


「そうです、これはキャロルとそれから王にも相談しなければいけないのですが、転話テンワペンダントを国へ売れないかと考えています」


「離れた場所でも声が届くというあれじゃな?」


「はい、先日使ったペンダントは国に回収されてしまいました。しかし作ることを禁じたりはされていません。それを正式に販売すると国へ交渉するのです」


ハロルド兄様は転話テンワペンダントを売れば、人を集め、地盤を整えるくらいの資金は得られると見ているらしい。さらに防虫バリアーハウスを作れる人も育成して農作物の収穫が安定するように考えているそうだ。


「俺たちが入学するまでに、領都の整備は城壁、地下通路、領民の住居の建設を最低限行う。そして人を集めながら兵の育成や防虫バリアーハウスの指導を行なっていく。学校の整備などはそれらが落ち着き領民の暮らしが整ってからですね」


防虫バリアーハウスは他の領でも必要な魔法だから、そちらからの人の流入も考えているようだ。そうすれば一時的ではあるがウォルズ領の人口は増え、お店や宿など街が活性化する。のちのちは、防虫バリアーハウスを改良して、ここでしか作れない農作物を作りたいと楽しそうに語ってくれた。


「うむ、それならいけそうじゃ。魔法の指導者を育てるのなら1人適任がいるぞ。キャロルはよく知っているだろうが、」


「まさかアルヴィン先生ですか!?」


アルヴィン先生ならばすでに防虫バリアーハウスを習得しているだろう。


「そうじゃ。ハロルドが卒業するまでの間ならば貸してやっても良い。防虫バリアーハウスを教えながら、魔法の指導者を育てることくらいあの者なら訳ないだろう」


「宜しいのですか?」


「儂もいまはこの領地の代官じゃ。この地を安定させ豊かにするのが儂の役目。アルヴィンを数年こちらにやることくらい何でもない。それと転話テンワペンダントの件は儂に任せてもらおうか」


「その件ですが、2種類の転話テンワペンダントを提案してみてはどうでしょう?」


私は2人に現在の転話テンワペンダントの問題点を説明する。


「実際に使ってみて思ったのですが、周りの音を拾うのは時と場合によっては困る時もあります。騒がしい場所で使用すれば聞こえないかもしれないなと。それと同じで周囲にいる者に音が聞こえてしまうのも問題でした。特に今回のように密かに使用をしたい場合は特にです」


それらは十分に改良できるので、国の使用用途に合わせて作るとしたらどうかと説明する。いるかどうかは知らないが、国の暗部なんかが使うのなら耳につけるタイプにして、使用者の声しか拾わず音も漏れないように作る。今回のように盗聴のように使いたいのなら、周囲の音を拾うタイプが良さそうだ。


「なるほど…それは作れるのか?」


「作ったことはありませんが、出来ると思います」


問題になるのは複雑な魔法陣をどうやって小型のイヤリングタイプに描くかだけど、小さく描けば問題ないだろう。


「ローレン様、キャロルが出来ると言ったらできます。いつもローレンス兄さんがそう言ってました」


こうして私たちはそれぞれの役目を果たすために作業に取り掛かった。自分のテントに戻り地下水路について考える。


「エイミー、王都では地下水路が整備されていますよね?浄化はどのようにしているか知ってますか?」


「王都では神官たちが訓練として浄化を行なっています。基本は見習いか下位神官が行なっているので、完璧な浄化とはいえません」


神官が行なっているとは意外だ。完璧でないということは汚いまま川にながしているのか。


(「神聖魔法って魔力石で再現できるのかな?」)


(「魔力石ってのは魔力を込めた石か?込める魔力をオマエの魔力にすればいいんじゃねぇの?」)


(「それだと私がいないと浄化できなくなっちゃうし、神聖魔法って魔法陣を使わないでしょ?どうやって魔力石で発動するようにするのか分からないんだよね」)


(「それか精霊か」)


(「え?精霊?」)


(「光の精霊なら浄化する力をもっているだろうが」)


精霊がいるというのは知っていたが、現実味がなかったし存在すること自体怪しいと思っていた。しかし光の精霊さんが地下水路の浄化を…なんだかそれは申し訳ない気がする。


「とりあえず、神聖魔法以外の方法で考えてみるしかないね」


前世では魔法はなかったようだし、自然の力、元素魔法でどうにか出来るはずだ。おそらく暗黒魔法を分離した時のようにぐるぐる攪拌して、不要なものは燃やしたり土で分解したりすれば良いはず。


「まずはさっさと地下通路と水路を作っちゃおうか。私の魔力を確認していくのにもちょうどいいかもしれない」


そこから1週間ほどは、地下水路建築をひたすら行なった。ハロルド兄様が領都の街の計画図を作ってくれていたおかげで、意外とすぐに終わり水が流れることも確認できた。そしてこっそりと汚水を処理する方法も開発した。


「よし!これで汚水の問題も解決だね!」


(「まったく人間ってのは不便な生き物だな」)


天使には排泄の概念がなく、汚水の問題に取り掛かるときにコウルスは「汚水を出さなきゃいいだろ」とまじめに言っていたのだ。


「エイミーもごめんなさい。こんなことに付き合わせてしまって」


「いえ、監視役ですから」


エイミーは私を監視する役目があるので、私のそばを離れるわけにもいかず、ずっと付き合わせてしまった。浄化の方法はといえば、思っていたとおり前世の何となくの知識と現世の魔法で処理することができた。あとは魔力石で起動できるようにすれば、石の交換だけで済む。


「よし、明日は処理施設を作りに行こう!」


ハロルド兄様は領内を周り、人を集めに出かけている。最初は領民の住居を作ってからと言っていたのだが、そんなに急に人は集まらないだろうし、こちらに来るまでにも時間がかかるのだから私が城壁や住居はやっておくと申し出たのだ。


そしてローレン様も王都に出かけさっそく転話テンワの交渉をしてくると王都にでかけた。幸い避難所には騎士がまだ常駐してくれているので、領民たちのことは彼らに任せてある。


次の日、出来るだけ下流まで地下水路を掘り、そこに処理施設を建てる。いざという時にはここまで住民は逃げることができるし、途中にいくつもの地上への出口、地下水路の中には避難所も作ってある。魔力石に余裕があれば、避難所に防御結果を張れる魔法陣を仕込んでおくつもりだ。


「次は…領民の家かな。城壁は1番最後にしよう。近くにきた領民が入ってきちゃうと危ないかもしれないし」


住居区画に移動し、まず土の元素魔法で基礎を固める。


探知サーチ


魔力量が増えたので、自分の魔力を広げることで周囲の様子までわかるようになった。一気に何百棟もの基礎が出来上がる。


「私に出来そうなのはレンガ造りの家だよね」


元素魔法で木を出すことはできないし、土魔法と火魔法でレンガのようなものはできるはず。元素魔法の良いところはイメージでどうにかなるところだ。窓やドアを作ることはできないのでその辺りは、ハロルド兄様がそういったことに精通した人を見つけてきてからでもよいだろうし、そこに領民が好きなものをつけてもいい。


基礎を作った上に、ブロック状に固めた土を外壁となる部分に作り出し、そこに火魔法で焼き付けレンガを作る。


「確かレンガは固まる粘土みたいな土でくっつけてあるんだよね……もうなんでも良いからくっつけ!」


(「おいおい、そんなんで良いのかよ」)


(「要はイメージだから、ガチガチに固まるイメージを持ってれば大丈夫だと思うけど」)


こうして、窓とドア部分だけがくり抜かれた、三角屋根のレンガ造りの家が完成した。


「どれ確認してみようかな……火球ファイヤボール!うん、びくともしないね。じゃあ、水球ウォーターボール風鎌ウィンドスラッシュ土礫アースロック…よし!どの属性にも耐性はありそうだね!」


おしゃれな家が立ち並び、なかなかに景観がよい。こうなってくると住居区画だけではなく、商店街もレンガ造りでおしゃれにしたくなってくる。


(「んーまだ魔力にも余力があるしやっちゃう?」)


(「何をだよ!?オレ様に相談されたって何もしらねぇぞ」)


そうはいうがエイミーに相談したところで冷たい返事が返ってくるのは目に見えている。


(「そうだ!コウルスが前にいってた取り憑いた力でも試してみようよ。いざという時に使えないんじゃ話にならないもん」)


(「何で試すんだ?」)


(「商店街を作る。ここに作ったような同じ形の建物じゃなくて、もっと複雑でいろんな形やいろんな色のレンガを使った建物にするの。だけど今の私だけの力だとまた頭がパンクすると思うんだよね」)


もはや前世の記憶の建築ゲームのような感覚になってきている。ハロルド兄様が書いた図面を確認しながら商店街となる場所を確認してイメージを膨らませる。


(「よっしゃのった!んじゃ、行くぞ、『憑依ディペンデンス!』」)


「ちょっっ!」


(「どうよ?」)


私が止める前にコウルスはさっさと取り憑いてしまったらしい。頭に直接声が響くのは変わらないが、何か別の存在が私の中にいることは分かる。


(「どうよ、じゃないでしょ。私にだって心の準備というものがあるんだから」)


(「あ?そんなのしたってしょうがねぇだろ。さっさと探知サーチしてみろよ」)


「はいはい。探知サーチ!……って、すごい」


(「だろ?オレ様の力はすげーのさ」)


いつもの倍?いや3倍くらいの速さで認識できた気がする。


(「さっさとその商店街とやらを建てちまえよ」)


コウルスは少しせっかちなところがある。前回もそうやって慌ててやって、倒れるはめになったのだ。今回は少し慎重に、というか少し建築を楽しみたい。


「えっとね、こっちはこうでこっちはこうね。ここはこの色にしたら可愛いかも…後でガラスをはめてもらうとして、屋根はこんな感じ、こっちはこの色が可愛いかな…」




(「おーい、いつまでこんなことしてるつもりだ?」)


「えっ?」


「キャロライン様、もう暗くなりますのでテントに戻りましょう」


さすがのエイミーも帰ろうと言い出した。


「わ…本当だ。楽しくてつい…続きはまた明日だね!」


コウルスのおかげか疲れることなく夢中で作業、というか魔法の行使をしていた。


(「おい、また明日も取り憑けってんじゃねぇだろうな?」)


いつの間にかコウルスが私の中から抜け出している。


(「え?当たり前でしょ?明日も付き合ってもらうからね」)


それから約3日間。街の建築にのめり込んだ。段々と上達してきて最後は装飾までしてしまった。


「よしっ!ひとまずこんなもんでいいでしょう!あとは城壁だね」


城壁には細かいデザインはいらない。兵士が配置できる構造に、ひたすら強度を上げた壁に作り替えれば終わりだ。この3日間細かい建築を行なってきたので、城壁のような簡単な構造など一瞬だ。


「はいっ終わり!」


(「あ?今日はもう終わりか?んじゃ抜けるかんな」)


コウルスが私の身体から出ていく。


(「今日もありがとう。そろそろコウルスも強くなったんじゃない?」)


(「あ?オマエが力を使ってるだけじゃ意味がねぇ。魔法を広めないとな。新しい魔法を開発したりするのは別だが」)


(「なるほどね…ハロルド兄様から頼まれていたことは終わったし、新しい魔法の開発、良いかも」)


こうして私は順調に領地の復興を進めていった。

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