ドラゴンでも愛(テイム)してくれますか?

ミミ

1.告白するドラゴンさん

1-1.ドラゴンとくちづけを

 木下優気様


 心よりお慕いするあなたに告白したいことがあります。本日のお昼休み、旧校舎の屋上にお越しください。


                               ――竜ノ宮たつのみや神代かみよ


 1.告白するドラゴンさん



竜ノ宮たつのみや神代かみよは何者なのか』

 これは白鳳高校の一年生ならば一度は覚えた疑問だろう。


 曰く、次席と二百点差の全教科満点で入学試験に合格した。

 曰く、入学祝いに付属校ごと買い取れる額を学校に贈った。

 曰く、授業で描いた絵を見た美術教師が弟子入りをうた。


 まだ入学して半年も経たないのに冗談のようなとんでもない噂がいくつも出てくる。なのに、中学時代にそんな目立つ人物はいなかったと皆が口を揃える。

 突如として現れた学園のアイドルにして謎の万能超人、竜ノ宮たつのみや神代かみよ。その彼女が、まさか――


「ええと……竜ノ宮たつのみやさん。もう一度言ってもらえますか?」

「何じゃユーキよ。耳をかっぽじってよく聞けと言うたであろうに。しょうがないのう」


 夏も近づく六月。よく晴れた昼休み。旧校舎の屋上。手紙にあったその時刻その場所に、竜ノ宮たつのみや神代かみよはいた。胸を張り、片手で己を指さして、改めて宣言する。


「――ワシの前世はドラゴンだったのじゃ」


 まさか、である。

 まさか、まさか、まさか、あの竜ノ宮たつのみや神代かみよが――ド真正の患者だったなんて!


「ドラゴンって……空を飛ぶ、あの?」

「飛ぶのう」

「牙が生えてて剣も槍も寄せ付けないうろこおおわれた、あの?」

「格好いいじゃろう」

「……ひょっとして手紙にあった『告白したいこと』って、竜ノ宮たつのみやさんの前世がドラゴンだったこと?」

「いかにも」


 いかにもじゃないよ! 今朝、下駄箱で手紙に気付いてから今までのドキドキを返して!

 そりゃ、僕なんかじゃ釣り合わないとは思ったけど「もしかして……」くらいの期待はしちゃうでしょうが! 男子高校生は純朴じゅんぼくなんだよ!


「じゃが、『竜ノ宮たつのみやさん』というのはいただけぬのう。他人行儀が過ぎる」


 挑戦的に細められた目で見上げられるとドキッとしてしまう。

 竜ノ宮たつのみや神代かみよは天が二物も三物も与えてしまった才人だが、その容姿も決して他の逸話に引けを取らない。腰まで届く赤みがかった髪は彼女を象徴するように乱れなくつややかで、意思の強さを示す大きな瞳は誰を相手にしても揺らぐことはなく、瑞々みずみずしい朱色の唇は己への自信に弧を描く。たとえ、他の才がひとつもなかったとしても、彼女は学園のアイドルになったに違いない。


「僕が他人行儀なのはしょうがないでしょう。竜ノ宮たつのみやさんと話すのはほぼ初めてなんだから」


 竜ノ宮たつのみやさんは目を見開いて二度三度またたいた。


「ああ、そうか。ユーキは覚えとらんのじゃったな」

「覚えてない?」

「うむ」


 はて。竜ノ宮たつのみやさんとそんなにしっかりした接点なんてあっただろうか? 小さいころの話かな? いや、それにしたって、これほどの美少女なら記憶に残っているはず。




「お主は前世でのワシの主人――ドラゴンテイマーだったのじゃよ」




 やばい! 僕も竜ノ宮たつのみやさんの前世に登場させられてた!


「かつてのお主は男っぷりのいい偉丈夫いじょうふでのう。道をけば、女どもはその端正たんせいな顔立ちに黄色い声を上げ、男どもはその鍛え抜かれた体付きにため息を漏らしたものじゃ」

「そ、そうなんだ」


 しかも、凄まじく美化されてる! 僕、普通の高校一年生なのに!


「本当にいい男だったんじゃぞ? 下手に手を出せぬ貴族のバカ息子に挑まれた際に、かぶとだけを両断して戦意を喪失させたのは愉快ゆかいじゃったし。決め事に反した罠を使う武芸者との戦いで、仕掛けを見破って相手を逆さ吊りにしたのは痛快つうかいじゃった。敵陣にエールの大樽おおだるかついで押し入り、敵将との飲み比べに勝って撤退させた時は爽快そうかいじゃったのう」


 ついでに、具体的なエピソードまで充実してる!


「た、竜ノ宮たつのみやさんは勝負事が好きなの?」

「好いとるのう。……うむ、好いておる」


 トーンを落とし、竜ノ宮たつのみやさんは自分の言葉を噛み締めた。


「挑まれるはドラゴンの宿命じゃが、挑む人間のひたむきさは黄金よりも美しい。……不思議と、何百年と眺めても変わらぬ輝きじゃった」


 ざぁ、と葉擦れの音とともに風が僕と竜ノ宮たつのみやさんの間を吹き抜けた。髪が流れ、遠い日を懐かしむような竜ノ宮たつのみやさんの表情が見えた。

 偶然なのだろうけれど、その様子はあまりに寂しそうに感じられた。

 だから、つい、


「それは……人間から見たドラゴンも、変わらず挑みたくなる存在だったからじゃないかな?」

「ほう」


 竜ノ宮たつのみやさんは嬉しそうに――少々意地悪そうにも見える感じに――頬を緩めた。


「あっ。やっ、今のナシ! 今のは聞かなかったことにして!」

「なぜじゃ? ふふふ、いい言葉ではないか」


 ううぅ、竜ノ宮たつのみやさんの中二病が移った。顔熱い。


「えっと、そろそろ次の授業だし僕はこれで……」

「ユーキよ、気に入ったぞ。やはり、お主はあの男の生まれ変わりじゃ」

「あ、はい。どうも」

「お主に願おう。今生もワシの主人になっておくれ」


 立ち去ろうとした僕の腕を竜ノ宮たつのみやさんが掴んだ。そして、


「えっ?」


 ぐいと引っ張られたかと思うと、半回転した僕は竜ノ宮たつのみやさんの腕の中にいた。


「えっ?」


 竜ノ宮たつのみやさんは自分の前髪を横に払い、僕のあごを軽く上げる。


「えっ? えっ? あの、あの、竜ノ宮たつのみやさん?」




「別に痛いことはせんから安心してワシに体と――唇を預けるがよい」




 抱き寄せ。

 あごクイッ。

 くちびる。

 これらの要素から導き出される答えは――


「――ちょちょちょちょちょっと待って!? なんで、僕が竜ノ宮たつのみやさんとキスすることになってんの!?」

「ふふふ、主従の契約なのじゃ。ワシは唇を捧げた相手を主人とするぞ」

「ドラゴンってそういう生態だっけ!?」

「他のドラゴンのことなど知らん。ワシは前世からこうじゃ」

「サイズ差ァ!」


 嫌だ! 契約は嫌だ! 主人は絶対に嫌だ!

 だって、どう考えてもこの場合の『主人』って、竜ノ宮たつのみやさんの中二病ノリにうっかり乗っかってしまった僕を『中二病仲間』にするって意味でしょ! いくら可愛い万能少女が相手でも一度きりの青春を前世系ファンタジー中二病ロールプレイに捧げたくはないよ!


「お、女の子が軽々しくキスするのはよくないかと」

「ワシはドラゴンじゃぞ。契約の証が軽いわけなかろう」

「つ、次の授業までもう時間もないし」

「時間が掛かるものではないから問題ないのじゃ」

「えーとえーと、それなら……それなら……」


 まずい、言い逃れられる理由が尽きた! ヒィ! 形のいい唇が近づいてくる! 絵画みたいに端麗たんれいな目鼻立ちにロックオンされた! あと二秒もすれば、ファーストキスの味がわかってしまう!

 何か。何かないか。何か、竜ノ宮たつのみやさんが納得せざるを得ないような理由は――


「ま、」

「なんじゃ? ユーキよ」

「負けた気がするから」

「む?」

「キスされるのは負けた気がするから、嫌です」


 屁理屈だ。


「ほ、ほら、言うでしょう? キスをされることを『唇を奪われる』って。奪われるからには負けなんだと僕は思うんだよ」


 我ながら凄い屁理屈だと思う。でも、竜ノ宮たつのみやさんは聞くに違いない。

 竜ノ宮たつのみやさんはドラゴンとして『勝負』を大事にしていると語った。ならば、主人と仰ごうとしている僕を負けさせるのはおかしな話。僕のルールが優先されるはずだ。


「唇を奪われたら負け……ふうむ。ユーキがそう定めるのなら、従うのもしもべのつとめか」


 逃げ切った! 完全勝利だ!


しからば、これで仮契約としようかの」


 ちゅっ、と僕の右頬に柔らかい感触が落ちた。

 え、それアリなの?

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