第1章 魔の森編

第1話 エリザベスとガイウス

 姿見に映る自分を見ながら、頭の中はミニ・パニック中。

 

 へんだぞ、変だぞ、ヘンだぞ?


 疑問符だらけだ。


 整理してみよう。


 どうやら、前世のオレは心臓発作で寿命だった。かつてないほどの痛みを覚えて、クスリも飲めなかったんだ。あのシチュで助かったとも思えない。


 そして、そのまま自分の作品「死神の鎌なんて缶切りに過ぎないぜ!」の世界に転生したらしい。すぐに、今が「マルスの嫡子交代」のシーンだって気付いた。とっさに自分を抑えて魔力暴走を防いだ。


 うん、グッドジョブ、オレ。


 良かった。


 いや、良くはないよ。母さんが今ごろ悲しんでるだろうし。せっかくの新刊の売れ行きも見たかった。だが、それを今どうこう言っても始まらない。


 問題は、転生したこの世界が、本当に「死神の鎌なんて缶切りに過ぎないぜ!」なのかどうかってやつだ。


 やたらと豪華な自室に持ってこさせた姿見の中のオレは、ちゃんと設定通り。豪華な金髪に碧眼青い目。少年ながらスラッとした体つきに、男でもうっとりするような美貌。わざわざ確かめるまでもないほど体内には「魔力」が満ちてる。


 この部屋にも満ちているナノマシン達が、早く出番が欲しいとでも言いたげにウズウズしてるのが伝わってくる感じだからね。


 全てが設定通りだ。


 ついでに言えば「鏡ある?」って聞いた瞬間に、メイドさん達が「申し訳ありません」と土下座しつつ、怯えまくったのも


 オレの身だしなみを整えたメイド達にとって「お前達の仕事に疑問があるから確認する」って言われたようなもんだからだ。


 なんでもできるマルスにとって、他人のミスは許せない。些細なミスでも、鞭打ちは当たり前。


 マルスは「鞭の打ち方まで完璧」だ。ひどい傷跡は残さないけどムチャクチャ痛いやり方で鞭打つし、痛みを与えたら「ヒール」までかけて跡を残さない。


 結果、メイドさんは誰にも「助けて」と言えずに耐えるしかないという辛い立場。


 そりゃ怯えるよね。


「お前達のミスを確認するつもりではない。さっさと鏡を持って来い」


 わざわざ、そう言わねばならないあたりが、今までの行いってヤツだ。


「第一、メイドさん達の仕事は完璧だよな。怯える必要なんてないと思うんだけどなぁ」


 きちんと髪もセットされているし、当主からの正式な呼び出し用に略礼服を着せられたマルスは、このままミュージカルのイケメン主役を張れそうなほどに「映える」姿だ。


「確かに外見は設定通りだ。この部屋だって、オープニングのイラストで見たのと同じだもんな」


 もっとも、この部屋というか屋敷全体が、プロローグの爆発で凄まじいガレキとなってしまうんだけど……


 それは良いとしよう。とにかく、爆発はしてない。したがって両親は生きてる。


「両親っていうか、そもそも母親が生きてるってのが違うんだよなぁ。いったいなぜ? まあ、それは後で考えるとして、問題は、あっちだよな」


 ついさっきまで腕にひっついていた伯爵家令嬢エリザベス。


 作中、常にマルスにひっついていたという設定が何度も語られている。


 そのひっつき方が、あまりにウザいので「ウザベス」とまで言われるドリルヘアのブロンドの同い年。


 まあ、物語ではウザい悪役として設定しているから、そう思われるのは仕方ないし、作者としては悪役令嬢を、そんな感じにするのは当たり前。ウザければウザいほど、悪役令嬢っぽいからね。


 今回も退出の挨拶をして扉を出てきた途端、待ち構えていたエリザベスが、まるで磁石付きみたいに、ピタッと横に引っ付いてきた。


「お父さまからひどいことを言われませんでしたか?」


 心配顔だ。


 ウザベスなんだよ? キツイ香水が鼻を突くから、手ではね除けるハズなんだよ?

 

 それなのに……


「なんで、あんなに可愛いんだ?」


 悪役だよ? ウザベスだよ?


 キツイ香水をプンプンさせて、もっとギトギトした態度に派手な服。声はキンキン、あるいは男に媚びるベットリとした声のはずが全く違ってる。


 オレの左手にフワッと添えた手は、あくまでも控えめ。しかも、心からの心配が声に出ているほどに誠意に満ちていた。匂いだって「キツイ香水」のはずなのに、フワッと漂うのは桜のように軽やかで淡い匂いだ。むしろ、もっと側で嗅ぎたくなるような……って、オレはヘンタイか!


 それにしても、外見、表情、声に雰囲気、全てが「可愛らしい」のひと言だ。


 え~ こんな子、惚れてまうやん。


 思わず、オレの左手に添えられた手を見つめたら、パッと手を引っ込めて顔を赤くした。


「申し訳ありません。つい」  

「大事ない。心配をかけたな」


 ウザベスが相手だと思ったから、ついつい、ちょっと尊大な態度だったんだよね。うん、すまん。意識はしてないつもりだけど行動にはマルスの性格が影響しているみたいだ。


 でもさ、その瞬間、エリザベスの驚きと喜びの入り混じった顔がすごかったんだ。むしろ、オレが驚いたよ。


 そして難聴型主人公でもない、オレの耳にはしっかりと「マルス様がお返事をしてくださった。しかもお優しい言葉だなんて」と呟いたのが聞こえてる。


 涙をそっと拭っているのはうれし涙なんだよね。


 う~ 確かに作中では無言で手を振り払うとか、無視するとか、はたまた手で額を押しのけるなんてのもあったもんなぁ。しかも、触った手を、目の前で石けんを付けてゴシゴシ洗ってたし。


 考えてみると、ひどいね、オレ。


 ともかく、エリザベスが可愛い。可愛すぎる。


 そして、だ。


「兄さん、一体何を言われたのか、うかがってもよろしいでしょうか?」


 でた~ 超人的努力であらゆることを乗り越える「平凡な男」だ。


 どんな分野も最初は兄にかなわないのに非常識なほどに「努力」して、最終的にひっくり返してみせる才能の持ち主。


 最初はカメのごとく、何でもニブイ。


 だけど、超人的な努力を続けることで、剣技に励めば剣速は音速を超え、魔法を学べば兄の魔法を全てはね除けるだけの防御魔法と兄に匹敵する攻撃魔法を身につける。


 しかも、最終的に、その努力が聖剣に認められて「英雄」という称号まで勝ち取るんだ。


 黒目黒髪は、先祖返りだと言われている。


 一見、どこにでもいる平民の容姿は、この世界では平凡すぎるほど。


 しかし、その実体は、努力する姿自体に「魅了」の魔法がかかっているかのごとく、あらゆる女の子を惚れさせてしまう、ハーレムチートキャラのはず。


「私も、この後、父上に呼ばれておりまして。できれば心づもりなどをしておきたいなぁ~ なんて思ってしまったものですから。ははは」


 唖然とした。


 公爵家の息子としてはありえないほどに、卑屈に見上げる視線、丸めた背中。しかも、抑えようとしても抑えきれない「勝ち誇った」としか思えない感情が見えている。


 オレは、心の中で「コイツ、誰だ?」としか思えない主人公がそこにいたんだ。


 ガイウスと言うのは本名だけど、作中では、オレが当主になった後は、恐れ多いとか言っちゃって「ガイア」って名乗る。


 いや、我ながら厨二病だと思うけど、そっちの方がカッコイイと思ったんだもん。

 

 だた、ガイア、いや、この時点だとまだ「ガイウス」だけど、卑屈でありながらオレを心の中で見下しているような、複雑な感情が透けて見える男がそこにいた。


「それでは、兄上がご退出なさったら、すぐに入るように言われておりますので、後ほど」


 キヒヒっと小さく笑って謁見室に向かう男の姿を、姿見の中で思いだしているオレだ。


 これ、マジで、オレの書いた話なのか?


 どう考えても悪い予感しかしないオレの横で、エリザベスは「初めて入れていただいたお部屋、ぜんぶマルス様の匂い」とか言いながら、ヨダレを垂らさんばかり。


 オレをうっとりと見つめながら「すごい。こんな近くで見ていても、怒鳴られないなんて。もう、死んでもイイかも」と呟いている。


 う~ん、可愛いけど、そこまで言うと「さすがウザベス」とか思っちゃいそうなほど愛が重い。


 え? なんで部屋に連れ込んだのかって?


 連れ込んだっていうのは人聞きが悪いけど、あんだけ可愛い子がわざわざ心配してきて家に来てくれてるんだぜ?


 そのまま追い返すのは悪いかなっていうのが日本人じゃん。


 ということで、エリザベスとオレは七歳で親に連れられてきて以来、5年ぶりに「二人のお茶の時間」を持つことになったんだ。


 メディチ家は、いろいろな意味で大騒動だよ!

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