第7話:子作り
家の通帳を見た。名義は俺の名前になっているけど、夫婦のお金を入れてカードの引き落としとか公共料金を支払うのに使っている口座の通帳だ。最新の書き込みは約2週間前、妻は割と頻繁に書き込みに行ってくれているらしい。
残高は486万円……約500万円。これは置いていこう。俺には自分の口座の18万円がある。俺がいなくなったら色々生活も変わるだろう。その時にカネは必要なはずだ。
娘が大学まで行くとしたら学費とかもかかるだろう……いや、その娘は俺の子ではなかったんだ。俺は娘のことを考えてあげる必要はなかったんだ……。3年間とは言え自分の子どもとして育ててしまったら、どうしても自分の子どもだと思ってしまう。
……。
……。
それでもこの貯金は残していこう。
●〇●
色々あったけど、俺達は無事結婚した。結婚式のときには俺達の高校時代の同級生も何人か呼ぶことになったのでちょっとした大騒ぎになった。学校のアイドルと言っても過言ではない妻とモブ代表みたいな俺が結婚するのだ。隕石が落ちてきたのを割りばしで受け止めるのより低い確率でしか起こり得ない奇跡だとLINEのグループで情報は広まりまくった。
不思議なもので結婚したら子ども……ってのが当然の流れみたいになっている。俺の両親からも、義両親からも無言のプレッシャーがあった。その点について俺達は自然に任せていたので、問題だとは思っていたけれど切羽詰まった感じには思ってなかった。
俺達は独身時代の時の様に色々なところに出かけた。2人共働いていたのでそれほどお金には困っていなかった。その上、俺達の行くところはそれほどお金がかかるようなところじゃない。豪遊する訳でもないし、ケチケチしていた訳でもない。
ささやかなところに楽しみと喜びを見つけ出していた夫婦だったと思う。俺達には子どもはできないのかもしれないと思い始めた結婚5年目に突然子どもができた知らせをもらった。
彼女からは妊娠2か月くらいの時に簡易キットでの結果を聞いて、一緒に産婦人科に行って正式に調べてもらって妊娠が確定した。一応安定期に入ってからそれぞれの両親には言うことにしてしばらくは秘密にしていた。結婚から5年もたってからの赤ちゃんだったので、万が一何かがあったら必要以上に両親をガッカリさせてしまう。両親のためもあったけど、彼女の心のプレッシャーからの回避の意味もあった。
子どもができたと分かってから彼女は仕事を辞めて家庭に入った。身体のことを最大限に労わる意味もあったし、いつか家庭に入ろうと思っていたらしくいい機会だということになった。俺も別に相違はなく、無理して何かが起きてから後悔することを考えたら早めに安静にしていることの方がいいと思った。
妻は女の子を無事に出産。彼女に似たかわいい赤ちゃんだった。しかし、日々の生活には楽しいことばかりじゃない。生まれた赤ちゃんはとにかく泣く子だった。抱っこして揺らしている時は寝るのだけど、本格的に寝るというよりウトウトしている感じ。ほんのわずかな音でもすぐに目を覚まして泣き始めるのだ。
その上、ミルクは一般的な3時間おきよりも短い間隔で飲みたがった。もしかしたら、食が細くて一度に大量に飲めなかったのかもしれない。
俺は俺で家事は手伝ったけど、会社に行く必要もある。近くに義両親がいたので昼間は何とか家が破綻せずに赤ちゃんに対応してこれたと思う。問題は夜中。抱っこしていないと泣く。寝たと思って、ベビーベッドにそーっと寝かそうと思ってもわずかなショックで目を覚まして泣き始める。ずっと抱っこし続けるのは無理だった。
そもそも妻はほとんど寝ることができていない。そうするとお乳が出なくなり、赤ちゃんはお腹いっぱいお乳を飲めなくなる。お乳の間隔がどんどん短くなっていき、妻は益々寝られない……こんな悪循環に飲まれていた。
紙おむつを使っていたからおむつを洗うというのはなかったけど、大人2人分の洗濯ものだけでも洗うのは大変。妻としては睡眠時間が1日2時間あったかないかの合間に洗濯などできるはずもなく、お義母さんに甘えることになっていた。ただし、その洗濯機の音で赤ちゃんが目を覚ますという地獄の様な時間がしばらく続いた。
永遠に続くと思った寝られない日々も後になって思い出したら1か月か2か月くらいの間の話。お乳が3時間おきから間隔が開いていくと妻も短い時間で深い眠りを取ることができるという特技を身につけ対応していった。俺も胡坐をかいて座り、その上に赤ちゃんを寝かせてずっと揺らしているのに、本人はウトウト寝ることができる特殊技能を身につけ夜中の抱っこに対応していった。
振り返ったらすぐのような気もするけど、娘は3歳になった。3歳にもなるとしゃべるのはもちろん、あいさつや数字を数えたりもできるようになる。走り回ることもできるし、公園ではブランコに乗ることもできる。日々子どもにできることが増えて行くような感覚に俺は多分感動を覚えていた。
少し早いと思ったけど、妻はパートに出ることになった。この子の将来を考えたら大学までの学費を貯めるために仕事を始めるのは早い方がいいという判断らしい。その点について俺も特に異論はなかった。妻が働くと言い出してから仕事はすぐに見つかった。パートも買い手市場なのだろうか、仕事を探し始めて2~3日後には決まっていた。
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