第29話 食卓心理戦 前半
多くが食堂から訓練場に向かう中、それに逆行するように歩くグルーザグとエンバーはすれ違う団員たちから何度も挨拶をされた。
笑顔を見せながら挨拶をする団員に同じく笑顔を返す様子は、首都第三騎士団団長、ルガーとは正反対だ。ルガーの前では皆、顎を引いて背筋を伸ばし、力強く挨拶をする。それに対してルガーは目線もくれずに短く返事をするだけだった。
「おはよう。今日も頑張ろうねぇ」
グルーザグはまたもや笑顔を振りまく。普段、エンバーが歩けばその巨体から通りすがりの注目を集めるが、団員たちの笑顔は団長であるグルーザグに向けられていた。団員がグルーザグに親しく、そして信頼を置いているのがわかる。
しかし呼吸や目線の動き、絶えることのない笑みは、彼がただの優しい男ではないことがエンバーには透けて見えていた。
ミガル公舎の廊下は板張りでぎしぎしと音を立てたり、時には腐りかけなのか柔らかい部分があったりと古めかしく見えた。絨毯に大きな窓、高い天井のある立派な首都第三の公舎とは全く違う。
市場にあった商業ギルドの建物は非常に立派だったので、ガヨの言っていた『商人の力が強い』というのがエンバーにも理解できた。
そう思いながらエンバーが一歩、踏み込んだ時、床が一層大きく音を立てた。前を行くグルーザグが振り返る。
「ごめんねぇ。うるさくて。ここ、古くてボロいでしょ。ミガル騎士団はお金がないんだよねぇ。俺もみんなの為にどうにかしなきゃって思ってはいるんだけどねぇ」
街が潤ってるからって国からの補助も少なくて、とぼやくグルーザグは、エンバーの足元をちらりと見て、それからまた歩き出した。
食堂に入ると、赤い髪と白金の髪がエンバーの目に飛び込む。ジブとエイラスだ。
目が見えるようになると、彼らの容姿が整っているということがまず分かった。彼らはエンバーやルガーに次ぐ高身長で、目鼻立ちも良い。美しさではエイラスが抜きん出ているが、ジブの男らしい顔つきも世間では好まれる部類に入るだろう。
エンバーは向かい合う彼らを遠巻きに見たが、すぐに敗色カウンターに向かった。
「えーっ、エンバーくん。挨拶いかないの?」
グルーザグの驚きの声にエンバーは歩みを止めた。
「必要ない」
「挨拶は大事だよぉ。僕も行くから一緒に行こうよぉ」
グルーザグの年齢に見合わない幼い話し方にぞわりとした。親しみやすさの表現なのだろうが、彼は徹底して腹の底を見せない。その笑顔の壁は団員にも厚く高く建っており、黒い感情はありありと伝わるのに真意がわからず、エンバーは対峙するのを避けていたのに、それを察したのか、むしろグルーザグはエンバーに近づいてきた。
「お前は俺を指揮する立場じゃない。一人で食う」
エンバーがグルーザグを無視して奥に進もうとした時、食堂にガヨが入ってきた。扉の近くでたむろしていたエンバーとグルーザグと鉢合う。見開かれたガヨの目にはクマが出来ている。
「ガヨくん、おはよう! 今から朝食? あそこに分隊の子がいるよ。皆でごはん食べよう、いいよね?」
「ええ……」
グルーザグはガヨの背中をばしばしと叩いた後、肩を組んでジブとエイラスの元に向う。去り際、グルーザグは横目でエンバーを見た。じっとりと誘うような目つきに、やはりエンバーは嫌悪感を覚えたが、顔色の悪いガヨが放ってはおけず、結局ついて行くことにした。
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