第22話 初めて見た海

 砕いた宝石のように輝く水面と、潮の香りが生暖かい風に乗り、車を降りた面々の肌を包む。

 魔動車の導入で予定より早くミガルに着いた。


 日没前、宿場に入る前に海を見ようと言い出したのはジブだった。

「海だよ。トニー、海!」

 運転席から降りたトニーをジブが攫うようにして先導し、小さな丘の上に立った。海を指差してトニーの視線を誘導しているが、もう一本の手はしっかりと腰に回していた。

「まぶしい……」

 枯れたの後ろにいたガヨは、トニーが眉をひそめて目を細くしているだろう姿が思い浮かんだ。海風に揺蕩う髪を揺らすトニーはーー海の美しさに感嘆を漏らすような詩人肌な男ではない。


 そう思うガヨの横をするりとエイラスが通り抜け、ジブの腕に自身の腕が重なることを厭わず、トニーの肩を抱いた。

「輝く水面が美しいですね。ああ、あそこ。今、魚が跳ねましたよ」

 エイラスは少し屈み、指先を揃えて一点を指し示す。トニーはその方向を見て、また跳ねたな、と反応した。トニーの視線を奪ったエイラスを、ジブは射殺すような目で見るが、当の本人は揺れる白金の髪を整えるだけで見向きもしない。あそこの二人の関係性はなかなか悪いが、ガヨ自身も慣れ始めていた。


「……暑い!」

 少ない言葉に不快感を載せてトニーは両手を振り上げて二人を振りほどくと、振り返って早足でカタファとエンバーのいる桟橋へと逃げる。ガヨもそれに着いて行った。


 桟橋には両手を頭の後ろで組んだカタファと、立ち竦むエンバーが並んでいる。

「この潮の匂いを嗅ぐと、海だって思ってわくわくするんだよな。俺、内陸出身だからさ。エンバーは?」

「初めて嗅いだ。独特な匂いだ」

 海をまっすぐに見つめるエンバーにカタファが声をかけていたところだった。トニー、ガヨも並んで夕焼けの海を見た。

「そうか。初めて見た海の感想は?」

 ガヨの問いかけに、エンバーは揺らめく水面から目を離さず、返事をした。

「光がちらついて目を突き刺すようだ。だが、終わらない波に日の光が溶けていくようで……不思議だ」

 カタファがエンバーの背中を軽く叩いた。

「これからたくさん、色んなものを見ような」

エンバーは瞬間的にカタファを見て、ああ、と小さく同意をするとまた海を眺めた。その様子をトニーは小さく微笑みながら見ていた。

 夕焼けに照らされた海の銀鱗が彼の白い制服に写り、揺蕩っている。 


「行こう。チェックインに間に合わなくなる」

 一番星が輝き始めた頃、トニーがポケットからキーを取り出しながら言った。


 港町ミガルでは、どうか穏やかにすごせますように。

 ーーこれは誰の願いだろうか。

 穏やかで淡い気持ちは波に揉まれて消えていった。

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