第21話 港街ミガルへ
騎士団敷地の空き地。資材や備品のストック置き場にもなっているその場所に、ガヨ達はいた。
「こういう時ばかりは、実家に感謝だよな」
カタファの”やってやった”感のある表情に深く頷いたのはトニーだった。彼らの目の前には、黒く光るメタリックな塗装が施された魔動車だ。
自慢げに腕を組むカタファ、その隣で車の塗装を覗き込むトニー、海の映るタブレットを見て目を輝かせるジブ、自分とは関係ないとでも言う顔で木陰にたたずむエンバー、そして彼らを見て達観したように微笑んでいるだけのエイラス。そしてこめかみを押さえたガヨがいた。
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港町ミガルへ。
その指示を受けたのは、外にいるだけで汗をかく、そんな日差しの熱い日だった。
はち切れそうなシャツをまとい、腕まくりをしながらルガーが言った。
「ミガル第三騎士団の視察をしてこい」
虫の声さえ弱まる茹だるような暑さが続く中、王城から帰ってきたルガーはガヨを団長室に呼び出した。夏の時期の地方視察は毎年恒例のことで、ガヨのいる首都第三騎士団では持ち回りで視察を行っている。
「では期間は例年通り一ヶ月で……」
ルガーは大きな手を払い除けるようにして振った。
「三ヶ月。行って来い。ミガルの視察は4年ぶりだし、あそこは貿易の要だ。大陸外の奴も大勢来る。それに……近頃、修道院に不穏な動きがあると王の斥候が仰せだ。ついでに調べてこい」
「承知いたしました」
ガヨの首筋に汗が伝い、詰襟に吸われていく。ミガル地方は海のある温暖な地域だ。襟の低い夏服の着替えを何枚持っていこうかとガヨは蒸した頭で考えていた。
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ミガルへの遠征を談話室にいる分隊に告げるとカタファがいの一番に声を上げた。
「ミガルといえば海だよな?」
「外海に面した貿易の街ですね。ヒューラ王国でも有数の商業地です。海ももちろんですが、少し離れれば山や花畑もあるので観光地としても人気ですね」
低い位置で髪を一本に結んだエイラスは、貸与されたタブレットをカタファに差し出した。
「ここです、ここ」
画面上で道順を指差す。二人が座るソファの背から、ジブが覗き込むようにして体を近づけた。その後ろを通り抜けようとしたトニーの腕を掴み、ジブは興奮気味に言う。
「トニー、海だよ、海!」
ほら、とカタファとエイラスの中を割って、タブレットに指を伸ばす。ジブに鎖骨が見えるまで服を引っ張られていたトニーは、小さく、うぐっと唸ってから画面を見た。エイラスが向けたタブレットに映る地図を見て、ほらほら! とジブはトニーの肩を叩く。
「視察で行くんだろ。はしゃぐなよ」
肩に置かれたジブの手を払い、引っ張られてよれた襟を治しながら、トニーは向かいのソファに座った。
「でも俺たち、海を見たことないだろ? きっと魚も酒も上手いよ」
追いかけるようにしてソファに座ったジブは、足首を組んでゆらゆらと揺らした。ジブは騎士団の中でも大柄な体だが、わくわくとした感情を隠さずにトニーにだけ笑いかける。
「三ヶ月の任務だ。熱い時期はミガルで過ごすことになる」
談話室の奥のバーカウンターからガヨが声をかけた。隣にいたエンバーがトレーを持ってテーブルに向かってくる。エンバーはやたらと緩慢な動作で氷石の入ったグラスをそれぞれの前に置いた。皆、エンバーがテーブルかグラスを破壊しないかと心配そうな目線を送ったが、彼はやり遂げた。そして少しだけ満足げな顔で一人掛けのソファに座り、ゆっくろと足を組む。バーカウンターから出たガヨも、テーブルを挟み一人掛ソファに座る。
エンバーの無事の配膳に安堵のため息をついたカタファが、ガヨに質問した。
「三ヶ月? いつもは一一ヶ月くらいだろ? なんでこんな長期任務になったんだ?」
ガヨは自身のタブレットを見ながら答える。
「ミガル騎士団の視察だ。あとは……」
ガヨは片手で唇を押さえ、ちらりとジブとエンバーを見た。地域が違うとはいえ修道院出身の彼らに、不穏な動きがあることを伝えるのは作戦上、憚られる。
修道院は各地で分立した権力を持っており、コーソム出身のトニー、ジブは、今回向かうミガル修道院とは無関係の可能性が高いが、彼らのルーツである”修道院”そのものを疑う発言自体が心証を悪くするかもしれない。
言い淀んだガヨの心配を余所に、ジブは服装についてあれこれトニーに話すのに夢中になっていたようだった。
「視察だけで三ヶ月なんて。まあ、ルガー団長はお優しい、ですから」
言葉の続かないガヨに助け舟を出す形でエイラスが言った。彼はひじ掛けに置いていた腕を伸ばしてテーブルのアイスティーを飲んだ。そのまま片手でゆるくグラスを回しながら言葉を続ける。
「問題は、馬車だと急いでも四日位かかることですかね」
「遠いな」
エンバーの低い声に、トニーも頷いた。カタファは不満げな声を上げ、口を尖らせた。
「しょうがない。途中で宿を取りながら行けばいい」
ガヨはコーヒーを口に含んで、タブレットで街道沿いにある宿場のリストを映し出し、テーブルに置いた。
「なあ」
カタファはタブレットの上で手を広げた後、素早く拳を作った。タブレットの消灯ジェスチャーだった。ジェスチャーとともに表示が消え、真っ暗になった画面にカタファの手のひらが写り込む。
「魔動車ならどれくらいで着く?」
「ああ、魔動車専用レーンを使えば早いんですよ。ミガルは一山越えた先にあります。馬車だと遠いですが、車だったら早いです。貿易品の輸送が活発ですから」
今度のエイラスは嬉しくない助け舟を出した。カタファとエイラスは見合ってからガヨに目線を向けた。
「で、ガヨ。魔動車なら何日で着く?」
「……二日だ」
ガヨはやや口ごもりながら言った。カタファの続く言葉を予想して頭が痛くなった。
「なら、魔動車で行こうぜ」
「騎士団所有のものがあるのか?」
カタファの提案に、ジブが質問した。
「ないよ。それに騎士団の財源は国税だから、団員の任務レベルじゃおいそれと買えない」
「ならどうする」
トニーの短い問いに、カタファは待ってましたと言わんばかりに立ち上がり、言った。
「寄付してもらえればいい。例えば……ヒューラに二代続く豪商、サウサ・サーラ家にね」
その豪商の三男坊、カタファは自慢げに胸を叩いた。彼は市民の出だが、実家は太かった。
ーー寄付の受付、審査。運用計画と保管方法の決定。道中に利用するレーンの申請。魔動車の稼働にかかる諸申請をすべて担わなければならない立場のガヨは頭を抱えた。
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