第3話 「尊敬」

 師匠の言葉はとても大切なことであった。真之介、隼人は深く頷いた。二人は生まれたとき、親と呼べる人物は居なかった。

 道端に捨てられた二人を拾った者が、松影藩藩主であり真之介・隼人の師匠でもある。彼らにとって、人生や生きるきっかけをくれた恩人である。


「最後に一つ、お前らはきっと道を分かれるであろう。そして、運命が交わる時、二人は衝突する。そんな時代がやってくると、儂は思う。だが、これだけは忘れるな。戦の時代はいずれ終わる。そのときお前達は何を残すのか?生きろ。生きて何かを残せ。」


 この師匠の言葉は、後に歴史を変えるであろう二人の胸に大きく響いた。真之介には生きる理由を、隼人には何のために戦うのか。それぞれの信念にきっと繋がるであろう。


「話はこれで終わりだ。鍛錬をこれからも手を抜くことないように。」


二人は部屋を後にした。歩いている途中、ふと真之介が口を開く。


「なぁ隼人、俺達が衝突するってどういうことだ?」


「さあな、人生何があるかなんて分からないしな。師匠はきっと、俺が見える範囲より遠くの未来が見えてるんだろうな。その時が来たとしても、俺達は手を取り合う。そうだろ?」


隼人は笑顔でそう答えた。真之介も思わず、


「だな。さぁ、修行の再開としますか!」


二人の足取りは軽そうであった。


 三雲剣介、彼の持つ刀の名は『無銘』。どこにも属さない彼の生き方に合った刀。しかし彼は人を斬ったことはおろか、刀を抜いたことすらない。実戦のときの彼の戦闘態勢は、素手。剣介は人の命を奪うことをあまり好まない。真之介や隼人に人を斬るなと教えたのも彼のその『優しさ』なのかもしれない。


「剣介さん、もう一度修行をお願いします!」


真之介が剣介に尋ねる。


「俺からも、お願いします!俺、剣介さんの修行が無いと嫌です!」


二人の目は真剣である。


「ふっ、しょうがねぇなぁ…じゃ、いっちょやりますかねぇ!」


そんなことを言いつつも、楽しそうな剣介であった。


~三日後~

  街の灯りがまばらに揺れる夜、剣介は真之介と隼人を連れ、静かに橋の上に立っていた。

川の流れる音が響くなか、橋の下では数人の武士たちが一人の町人を押さえつけている。


「お前の家はもう幕府に召し上げられることが決まったんだ。諦めろ」

「……そ、そんな……!」


町人は必死に嘆願するが、武士たちは無慈悲に殴りつける。


「剣介さん……あれは……?」

隼人が低く呟く。


「幕府の役人だ。土地を奪い、逆らう者は力で黙らせる……いつものことさ」

剣介の声は、どこか冷めていた。


「それでも……武士のすることじゃねぇ」

真之介が拳を握りしめる。


「だから見せたんだ。お前たちはどう思う?」


剣介の言葉に、二人は答えられなかった。

だが、答えを出すより早く、町人が地面に叩きつけられた。


「……もう見てられねぇ!」

真之介が飛び出そうとしたその瞬間——剣介が静かに前に出る。


「ま、待てよ剣介さん!」

「大丈夫さ」


剣介は橋の欄干をひょいと飛び越え、音もなく地面に降り立った。

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