第2話

 既に伝説と言われているお茶会から数か月、辺境伯家で行われているという訓練は王都でも開催されるようになっていた。

 もちろん王家主導、辺境伯家全面協力、更に必要なものは格安で用意するとこの国で最大の商会を持つ伯爵家が協力をし、公爵家までもが資金提供を行っている。


 最初の被害者…… もとい、被験者は王宮の騎士、近衛騎士たち、そして王子殿下2人だった。

 見眼麗しく、実力もあり、家もしっかりしている、男女共に人気のある方々であるが、国王陛下より「上の者であるからこそ率先して見本とならねばならぬ」との一言により最初に訓練する事となった。

 国王陛下自身は現在腰を痛めているため、治り次第ご自身も訓練に参加されるとの宣言に騎士、そして王子殿下方は諦めの表情となった。なにより、国王陛下は何故か訓練に参加したそうであった。解せぬ。


 自分は第二王子殿下の側近も務めている護衛の一人で子爵家の三男だ。長兄、次兄は家のために、そして自分は幸いなことに剣に秀でていたので騎士の道を選び、その中で王子殿下の側近に抜擢された。

 貴族家の三男としては大成功の部類だろう、家族も喜んでくれていたし自分自身もそこで慢心しないようにと務めている。

 そんな充実した毎日の中、自分たちとまったく関係ないところで事件は起きた。


 高位の見目麗しい貴公子に、低位の美しい令嬢が見初められる浪漫は分からなくはないが、本当に高位の貴族や王族となると見初められた方も不幸になるのが分かっているだけにそんな夢は見れない…。

 正直、子爵家の自分が側近になれたのはあくまでも剣の腕を買っての護衛なのでまだ助かっているが、王子殿下の右腕となり執務も共に行っている同僚の苦労を見ると冷や汗ものだ。

 所作一つ見ても、散々王子殿下の護衛となってから訓練をしているが、段違いで優雅で無駄がない。

 流石侯爵家や伯爵家でも上位の方々だって、毎度感心しているし、勿論それだけでなく彼らは物凄い量の勉強をして豊富な知識を持っていてそれを執務に遺憾なく発揮している。近衛にあたる自分は言語だけは周辺3国の言語は学ばされているがそれでも最も少ない方だと分かっている。

 王子殿下の婚約者のご令嬢なんて5ヶ国国語を話され、読み書きなら8ヶ国語まで行けるらしいので、尊敬しかない。


 だから、真面目に分からないのだ、何故茶会や夜会などで自分の婚約者を婚約破棄など。

 しかもその理由付けのために冤罪をでっちあげるなどと、人としてどうかしていると思うが。まして婚約者には淑やかさを求め、侍らせる令嬢にあどけなさを求めるのも良く分からないのだが、どうも同僚の話を聞くに一部の男にとっては「分かる」らしい。

 思わず「マジか?!」と言ってしまい、上司の隊長に叱られてしまったが…… そうであるならば、我々男が女性に対して求めている淑女らしさ、貞淑さとはどんなに厳しいものか体験してみよ、と言うのは正しいのかもしれない。


 準備等で特訓の話しが来てから、開催まで10日ほど空いた。

 特訓初日は憎らしいほどの晴天だが、集められた男たちはみな一様に不安な顔をしている。


 近衛から1小隊10人、第一王子殿下とその側近5人、第二王子とその側近5人で計20人もの男性が一ヶ所に集められたのは王宮の一角にある中くらいのホールだった。

 小規模の茶会などが催されるそこに、我々と万全の準備をして待ち構えていた侍女たちだった。

 我々は有無を言わさぬ迫力の彼女たちに逆らうことなど出来るはずもなく、一人一人衝立の奥へと連れて行かれる。時折屈強なはずの近衛騎士たちのうめき声や助けを呼ぶ声と、侍女方の叱咤する声が恐ろしく、自分の順番が来るのを待っている間に疲労してしまう。


 とうとう自分の順番になり、衝立の奥に行くとにこやかに微笑む侍女殿がいた。


「ダンリッチ子爵家のマーカス様ですわね」

「ああ」

「失礼ですが、早速下着姿になっていただけますでしょうか。

 あ、私どもは慣れておりますのでお気遣いなさらないでくださいませね。」


 はあ、とため息をつくと用意された籠に騎士服を脱いで入れていく。


「これでいいだろうか?」

「はい、ではこちらに。

 さっそく、まずはボディラインを美しく見せるコルセットを着させていただきますね。」


 そう言うと編み上げの下着を着せられ、背中の方で締めていく。まあ、この位なら、と思ったのも束の間、徐々に苦しくて立っていられなくなる。


「もっとしっかりお立ちくださいませ!」

「い、いや、だが…… 苦しくて」

「では、そこの柱におつかまりくださいませ。

 ここからが本番なので!」

「えっ?!」

「さあ行きますわよ、息を吐き出して!」

「っか、っは…!!」


 既に窮屈どころではなく、苦しかったのに、まだ人の身体は締められると言うのか?!


「ま、まってくれ!これ、いじょうは…!!」

「そんな大きな声が出せるなら、まだまだ行けますわ!あと2センチ頑張りましょうね!

 さあ、行きますわよ。せーのっ!」

「かっ… はぁはぁ… く、くるし…」


 苦しさに涙が出る自分の耳に入ってきたのは容赦のないコメントだった。


「鍛えていらっしゃる方はどうしても体のラインが美しくなりませんわねぇ…」

「王子殿下方や文官の側近方は適度に筋肉がないからまろみのあるラインが作れるので、やりがいがありますわね」

「とはいえマーカス様はまだ成長途中なので、先に着替え終えていらっしゃる近衛の方々より見栄えがするのでご安心なさって?」

「あ、ああ…」

「さあ、後はそんなに大変ではございませんわよ~」


 既に疲労困憊の自分は逆らう気力なんてあるはずもなく、大人しく今度は服を着せられていった。

 確かにコルセットの時のような苦しさはないが、こう精神が削られて行くような気がする。


「マーカス様は日には焼けていらっしゃいますが褐色と言うほどではないのでどんな色でも問題なさそうですわね」

「綺麗な赤髪でいらっしゃるので、やはり青か緑でしょうね」

「こちらのペリドットのような明るい緑のドレスはいかがでしょう?」

「まあ、素敵ですわ!デザインもスラっとされているマーカス様に似合うマーメイドラインですし、これにしましょう!」


 侍女たちに文字通り玩具にされているが、正直もう好きにしてくれと思っていたので抵抗はせず身を任せた。

 気付けばあれよあれよと化粧も施され、髪も巻いて結われていた。


「さあマーカス様、こちらの靴を履かれたら完成ですわ。

 今回は初回ですので、令嬢方の半分ほどのヒールしかございませんが、ピンヒールですのでバランスにはお気を付けくださいませね」


 そう言われて履いた靴は確かに気を付けないとよたついてしまった。しかし靴もまた苦しいような気がする。

そして、一見薄着に見えるドレスが重い……?


「自分の準備感謝する。しかし、この靴は小さくないか?」

「いいえ、こちらはマーカス様が普段履かれている靴と合わせてつくってございます。

 ただし、私ども女性の靴は靴先が狭くなっておりますので窮屈に感じられるのかと思いますわ」

「そうか、承知した」

「淑女は足を痛めやすいので、靴擦れが出来た場合にはすぐ仰ってくださいまし」

「承知した」


 その後、案内された別のホールにはドレスアップされた男で溢れていた。いうまでもなく異様な情景だった。


「やあ、マーカスかい?」

「これは殿下も終わりましたか。そちらの令嬢…… お前、もしやジェイムスか?」

「うう…… もうやだ、僕」

「あ、いや、すまん!」

「ジェイムズは大分侍女たちに遊ばれたようでな…。

 と言っても、なにか下世話な事をされた訳じゃないんだが、痛く矜持が傷ついたようだ」

「確かに、一見するとけぶるような美少女ぶりだから」


 そうして、この後も地獄が続いた…。

 カーテシーってなんであんなに難易度高い挨拶を当たり前のように令嬢方に求めてきたんだ?

 ふらつくと叱られるし、姿勢が悪いと叩かれるし、体勢はひたすらに辛い。しかもどんなにしんどくても、疲労していても微笑を維持して本心を見せてはいけない。

 表情に関しては貴族の基本ではあるが、状況があるだろうがと言いたくなった。

 それよりも、身体的負担が段違いに軽い男性の挨拶があんなの楽なのに、女性にばかりこんな無理を強いるのは何故だ?!

 理不尽ではないか!!と思ったが、同時に今まで自分も気付かなかったことに恥じ入るばかりだった。


 そして徐々に、徐々に、足が…!!!

 しびれる、痛い、だが座る事も増して靴を脱ぐことなんて許されていない。この足でワルツを踊れとか、嘘だろ?

 周りを見渡すと、みんな顔色が悪くなっていたが、誰もキツイ、休ませて欲しいなどとは言えなかった。


 どれほどの時間が過ぎたのか、地獄の訓練は終わり、王宮内でそれぞれ休ませて貰っていた。

 胴も足も赤くなっていたが、ふろ上がりに侍女がマッサージをしてくれてようやく一息付けたが、今週はずっとあの格好で過ごすのかと思うと憂鬱で仕方なかった。

 心から、令嬢、夫人方に尊敬と反省を表すので許して欲しい…。と、訴えても通ることは当たり前だがなかった。

 1週間後、自分は見事にワルツを踊れるようになり、ヒールも8センチに上がって足はまた死にかけた。

 そんな中、ジェイムズは日を追うごとに妖精のように可憐になって行った。

 あいつはあいつで大丈夫なのだろうか…… うるんだ瞳が庇護欲を刺激するほどの美少女ぶりが怖い。


 そんな地獄の1週間を終え、自分たちは女性に対する気持ちは随分変わったと思う。同時に、女性たちが望まないならあんな過酷なものは徐々に廃した方が良いとも。

 どう考えてもあのコルセットと靴は体に悪いだろうと殿下と話したら、想像もしない話が出てきた。


 曰く、元々未婚の女性はその家の家長の持ち物で、特に見目好い令嬢を逃がさないようにあのような靴になったそうだ。

 より小さく、白く、華奢な女性が美しい…と。とは言っても、足を見せるのははしたないとされているので、結婚するまで知ることはないのだが。


 そして、細い腰は自分たち男の好みから、令嬢たちが美しさを競い、より良い嫁ぎ先、婿を迎えるため、そして華奢で可憐に見せるために始められたものだと。

 つまり、何もかもが自分たち男が女性たちに押し付けたエゴであると知り、益々申し訳なさと、既にそれが一般化しているために早々に無くすことも難しいことが分かっただけだった。


 きっと今後阿鼻叫喚がこの国中に続いて行くのだろう。

 本当に、常識のない頭の中が花畑になってる奴らによる影響の大きさに怒りが再燃する。次はどんな面倒が起きるか分からないだけに、お花畑な奴らを見かけたら殲滅せねば。

 あいつらが何かやらかす前に徹底的にお話し調教して、これ以上ご令嬢やご婦人方の怒りを買ってはいけない!!

 そう、参加者一同心は一つになった。


 こうして、この国の男性陣は色んな意味で再教育され、令嬢方の負担も徐々に軽減されて行ったとか。

 稀に、女装に目覚める方もいらっしゃったようだが、それはそれでと大らかに迎い入れられたそうな。なにせ、その当時の国王陛下は度々王妃陛下と男女服装を入れ替えて夜会に参加されたいたとまことしやかに言われていた。

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