最終話 全部繋がる
そこからの日々は、息を吐く暇もないほど忙しかった。毎週のようにある模試。上がったり下がったりする判定。増える講習や塾に追われるうちに気づけば冬になり、一次試験当日になっていた。
「行ってきまーす」
そう言って、1人で家を出る。受験会場まで歩いて20分。混雑を避けるために、家族の来校禁止と伝えたときは、みんな残念そうにしていたけれど、家族からは、もう十分なくらいの応援をもらった。
「頑張ってね」と送り出された私は、まだ誰も歩いていない真っ白な道に1人分の足跡をつける。
今、この道を歩いているのは私しかいない。
1人の世界。
家を出た時は大丈夫だったのに、どんどん自分が緊張していくのがわかった。冬の朝の、冷たい空気が頬を撫でる。ふう、と大きく深呼吸をする。冬の匂いがする。冷たい空気が少し痛い。
角を曲がる前に、後ろを見る。そこには、確かに、途切れることなく1人分の足跡が私の足元まで繋がっていた。
数学がわからずに苦労したあの日も、問題が解けずに悔しい思いをしたあの日も、友達と喧嘩した日も上がらない成績に悩んだ日も…。
高校に入ってからの、いや生まれてから今日までの私の努力の積み重ねが今日の私へと繋がっている。
私は、1人でこの道を歩いていたけれど、間違いなく私は1人ではなかった。
角を曲がる。反対側の道に誰かの足跡がある。交差点に出る。足跡が増える。目の前を『必勝』や『合格祈願』とかかれたお守りをリュックにぶら下げた人が歩いている。
大学に近づくにつれて、足跡は少しずつ増える。あんなに静かだった道も少しずつ賑やかになっていく。
後ろから、「あおい〜」と呼びながら走ってきた女子2人組に追い越される。目の前の女子はびっくりした様子で振り返って、彼女たちが追いつくのを待つ。そして3人で歩き出す。1人分の足跡が3つに増える。
「つむぎ、おはよ! 」
「おはよ、朱音。緊張するね」
「うん、もうドッキドキ。頑張ろうね」
反対側からきた朱音と会う。私は頬を赤くした朱音と2人で歩き出す。
別々の道を歩いてきた足跡が、同じ道を歩き出す。
大学に着く。様々な学校の先生が応援している。塾の旗を持って1人1人に声をかけているところもある。
私たちも、自分の学校の先生のところへいく。
「緊張すると思うけど、落ち着いて。今までの自分が支えてくれていると思って、実力発揮してこいよ!」
エールをもらう。手、冷てえなぁなんて言われながら先生と握手する。
先生方に背中をおされて、大学の門をくぐる。目の前には、多くの人の努力が、過去の積み重ねが、大きくて広い道を作っていた。
私の足跡も、朱音の足跡もそこへ混じる。朱音と私は会場が別。私はA棟、朱音はC棟。ここでお別れ。
「頑張ろう」
「自分を信じて」
そう言って、朱音と別れる。先生と握手をした右手がジンジンする。
緊張はする。でも、大丈夫、きっとなんとかなると思えた。私は1人じゃないから。
大きく1つの道を作っていた足跡は、複数にわかれ、新たな細い道を生み出している。
きっと、ここからまた別れて合流して細い道を大きな道を作り出すのだろう。
「よし」
もう1度深呼吸した私は、みんなで作った私だけの道を歩き出す。
全てが繋がった、この道を。
(完)
全部繋がる 蒼天庭球 @soutennis206
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