第8話 甘くて、しょっぱくて

朱音が口を開いたのは、2人分のクレープが届いて、店員がいなくなってからだった。

「つむぎ。私のこと最近避けてるでしょ。いいよ、何も言わなくて。別に怒ってるわけじゃないの。私、謝りたかったの。ごめんね、つむぎの方が上の大学目指してるの知ってて、ずっと勉強頑張ってるのに、思ったような成績残せなくて落ち込んでるのわかってたのに、自分の判定見せびらかすようなことして、ごめん」

そう言って、朱音は頭を下げた。

「なんで、朱音が謝るの? 」

心の声がポロッと漏れた。

「なんでって言われても、私が謝りたかったからに決まってるじゃん」

なんでもないことのように、朱音が言う。私が、気まずいことを理由にずっと謝れないでいたのに、朱音はさらっとやってしまう。朱音が自分より遥かに大人に見えて、私の方が誕生日早いのにとか、関係ないことが次々浮かんでは消えていった。


「朱音、私もごめんね」

この一言を絞り出した時、朱音がどんな顔をしていたのか、私にはわからない。視界がぼやけて、何も見えなかった。

「ごめんね、朱音。テストの点数が高くて嫉妬した。私の方が頑張ってるのにって、私の方が上の大学目指してるのにって。朱音は何も悪くない。私が勝手に嫉妬して、そんな自分が嫌で落ち込んでイライラして…。 だから、朱音は本当に何も悪くないの。私が悪いの。ごめん、本当に。本当にごめんなさい」

私は、朱音よりももっと深く頭を下げた。下げた頭は上げられなかった。

朱音がどんな顔をしてるのか、見るのが怖かった。これ以上、失望されたくなかった。これ以上、嫌われたくなかった。


「いいよ、もう気にしてない。これでおあいこだね」

朱音はそう言いながら、私の頭を撫でてくれた。笑いながら、顔あげなよと言って私の頭のてっぺんをついついっと叩いた。


「ほら、食べよ。せっかく私の奢りで食べるんだから。美味しいクレープが悲しい味になったらやだよ」

そう言って、朱音は自分のチョコクレープに齧り付いた。

それに釣られて、私もクレープを食べる。

私のイチゴクレープは、どこか優しくて、しょっぱくて今までで1番あたたかい味がした。


仲直りをした私たちが、店を出るころには、空はすっかり暗くなっていた。大通りに出ると、仕事終わりのサラリーマンやバイト帰りらしい大学生風の人が多く歩いていた。行きは何も喋らなかった道も、帰りは今までの喋らなかった期間を埋めるかのようによく喋った。


行きとは違う、住宅街の中を帰る。あそこの家はカレーだ、あそこの家は焼き魚だ。そう言って、2人で晩御飯あて対決なんかもやった。迷惑にならない程度に騒ぎながら帰る。少し暗い帰り道は、いつもよりちょっと明るい気がした。


「あの、落としましたよ」

駅が見えてきたころ、自転車に乗った男の人に後ろから声をかけられた。よく見たら、私の定期入れだった。

「あ、すいません。ありがとうございます」

暗くてよく見えなかったけれど、近づくと西高の制服を着た人だった。

その人は、私に定期入れを渡すと、そのまま自転車で走り去ってしまった。

「今の、1人だったら絶対に怖すぎて、無理だった」

その人が完全に見えなくなってから、本音が漏れた。

「わかる、2人でよかった。まじで。私も今日はバスで帰ろ」

朱音はそう言いながら、バスの時刻表と睨めっこしていた。

結果、後5分ほどでバスも電車も来ることがわかったので、その日はそこで別れた。

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