第6話 流れは早く、過ぎ去って

放課後になった。

すぐに家や塾に行く人もいたが、教室に残って勉強する人や、友達と喋っている人も多かった。

いつもだったら、私もそうしていた。塾の宿題を開いたり、友達と喋ったり…… 。


でも、今日はそんなことをする気になれなかった。勉強をしないといけない。そんなことはわかっていた。今のままじゃ、到底希望する大学には届かない。1分でも1秒でも長く勉強しないといけない。


けれど、教科書もノートも参考書も開く気にはなれなかった。何もするわけでもなく、ただひたすらに雲が流れるのを見ていた。


「遅いなぁ」


空がオレンジ色に染まる頃、雲を追うのに飽きて、教室に目を戻した。エアコンが切られた教室は、どこかじっとりしていた。窓は開いているけれど、風は入ってこなかった。時計を見ると、15分が経過していた。

朱音はまだ帰ってこない。朱音のリュックだけがポツンと机の上に置いてある。

実は、朱音は約束を忘れて家に帰ったんじゃないかとか、なら、なんで荷物はそのままあるのかとかいろんな考えが浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返した。


外から、電車の走る音が聞こえた。吹奏楽部の楽器の音がそれに負けないように響いてくる。


次の電車まであと、25分。ここから駅までは約10分。あと15分だけ待とう。それでこなかったら、帰ろう。そう決めた。もうすでに、いつも乗る電車は1本逃している。今日が水曜日でよかった。水曜日は塾の授業がない日だから。


さらに、10分が経過した。朱音は教室に帰ってもこないし、連絡も何もない。眩しいくらいのオレンジ色に染まっていた空も、いくらか鮮やかさを失ったようだった。


「そろそろ、荷物でもまとめようかな」

まだ、教室には朱音の荷物があるのは少し気がかりだったけれど、私は荷物をまとめることにした。掃除が終わってから、もうすでに1時間が経とうとしていた。ここまで、なんの音沙汰もなかったのなら帰ったって文句は言われないと思ったからだった。机の中から教科書やノート、参考書を出して、まとめてリュックに入れる。さらに教室の後ろのロッカーから、来週が提出期限のプリント集を取ってきて、ファイルに挟めて、それもリュックに詰めた。

あとは荷物を背負うだけ、そんな時にスマホが震えた。朱音からだった。


『連絡遅くなってごめん! 』

『ちょっと先生に捕まってて… 』

『まだ、教室いるよね? 』

『今教室いくから、あとちょっとだけ待ってて! 』


続けて4つ送られてきたメッセージと共に、誰かが廊下を走ってこちらに向かってくる音が聞こえた。


バン!!!


勢いよく教室の扉が開かれる。私と、まだ教室に残って勉強していた人が一斉に扉を見た。

「ごめん、つむぎ遅くなった!」

顔を赤くした朱音が、いつもよりも少し息を荒らげて教室に入ってきた。

教室にいる人の視線を一身に浴びて、少したじろいだ様子だったけれど、朱音はそのまま教室に入って自分の机にあった荷物を背負った。

斜め前から、朱音は私のことを見つめている。私はたったまま、自分のリュックに手をかけた姿勢のまま、朱音を見つめ返した。朱音の目は少し不安そうに揺れていた。

「ごめん、つむぎ遅くなって。行きたいところがあるから着いてきて」

そう言って、朱音は先にずんずん歩いて教室を出て行った。

「あ、ちょっと待ってよ! 」

私も、慌てて朱音の後を追った。

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