第2話 朱音とクレープ

クレープ屋までの道のりは、記憶よりも遠くて、リュックは、行きよりもはるかに重かった。


「混んでるね」

店の前の列を見ながら、朱音が言う。

店の外には、10人ほどの人が列を作っていた。

「そうだねぇ、今日はなんでもない日だと思ったけどね。メニューみとく?」 

出入り口付近にある、メニューを取りにいきながら店内を見る。

店内は、2組のカップルと、多くの高校生で埋まっていた。


「今日、西高がテスト終わりらしいよ。」

列に並んでいた朱音の元に戻ると、スマホをいじりながら朱音が言った。

「Ribbonで西高の子に教えてもらったんだ。」

ほら、と言いながら、メッセージアプリの画面を見せてくる。

「そうなの?全然知らなかった」

メニューを渡しながら、朱音のスマホを見る。

そこには、確かにテスト終わったという文言といくつかのスタンプと、西高の制服を着た子たちが撮ったプリクラの写真があった。

「それに、ほら」

小声で朱音が前の人を指差す。

確かに、前に並んでいる人をよく見ると西高の制服だった。


朱音のほうを見ると、ほらねという顔でニパッと笑った。


列はなかなか進まなかった。もうすでに20分ほど並んでいるはずなのに、私たちの前にはまだ5、6人いた。

日差しを遮るものもなにもない店先で、朱音と一緒に1枚のメニューを見るのも、1人でスマホを見るのも飽きた。

どうする?もう帰る?という言葉がのどまででかかった。でも、キラキラした目でメニューを見つめる朱音にそれをいうのは、酷だと思った。


ジリジリと強い日差しが、肌を焼いている。汗が背中を垂れるのを感じた。


カランカラン


店のドアベルが鳴った。

ドアが開くと同時に満足そうな顔をした5人の人が出てきて、外に出た瞬間あまりの暑さに顔を顰めたようだった。

「ありがとうございましたー」

中から、店員さんらしき人物の声が聞こえた。


一気に列が進む。前の人が5人、いなくなる。

私たちの前には西高の制服を着たガタイの良い男の子が1人だけ。どうやら、彼は1人でクレープを食べにきたらしい。いつから並んでいるのかわからないが、白いワイシャツに汗が染み込んで肩周りの色が少し変わっていた。


窓から店内を覗くと、ちょうど二人組の女性がレジに行くところだった。他にも、もう食べ終わりそうなグループもある。

もうすぐ涼しい場所に入れると思うと、気持ちに幾分か余裕ができた。


カランカラン


先ほどより少し高い音を響かせながらドアが開く。

おいしかったねなんて言いながら、女性がドアから出てくると同時に、バホッという音と共に日傘が開かれる。


「お次のお客様、どうぞー」

店内から店員の声が聞こえた。


あと少し。もう少しで涼しい場所に入れる。

「ふぅ」

ほっとしたからなのか、ため息ともとれる音が口から漏れた。


「あの、よかったら先に入りませんか?」

それにほんの少し遅れるようにして、前の男子から声をかけられた。

「え?」

いきなりのことすぎて、なにを言われているのか理解できなかった。


「さっき、2人組の方が出てこられたんで、たぶん2人席だと思うんです。俺は1人で、テイクアウトでもしようと思ってるんで、よかったら先に入ってください」


テイクアウトだからそんなに時間は変わらないと思うけど、と付け足しながら男の子が困ったように笑って言う。


「いいんですか!?」

隣から嬉しそうな声が聞こえた。

「ありがとうございます!!行こ!」

左手をぐいぐい朱音に引っ張られながら、私は彼にきちんとお礼を言えないまま、店内に入った。

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