1 § prophetia : かの邂逅は、まさしく預言にある通り①
朝食のテーブルを見て、エレクトラは
とれたてのオレンジ、羊乳のチーズ、イワシのオリーブ
気になるのは、
──さて、どう開けたものかしら。
瓶を見ながらエレクトラは考えた。
瓶には金属製のフタがあり、フタの端には
けれどエレクトラにはできない。なぜなら、ミトス王国第一王女エレクトラは『無能』として生まれ、魔力を使うことはできないからだ。
無能、用なし、
王女のくせに、てんで使いものにならない
元老院議員の世間話から、貴族の娘たちのおしゃべりから、どれほど聞いたことだろう。そのたびに思う。無能は事実だからいいとして、欠陥品は言いすぎだろうと。
けれど周りの
「カトラリーはこちらに」
「ええ」
侍女に返事をした後、いつも通りにやることにした。
テーブルの引き出しから金属製のピックを取り出すと、フタの間にあるピンの下に差し込んだ。強く力をこめ、ぎぎぎ、とピンを動かす。
あとはフタと
今日も私の勝ちね。エレクトラは
『魔力がないお前には腕力も必要だ』──
父はその言葉と共に剣も
まあ侍女たちは、不快そうに目を
それもそのはず、この国においては魔力こそ絶対という共通認識があるからだ。
ミトスの人間は
それなのにエレクトラには魔力がない。民であっても持って生まれることが当たり前の魔力を王女が持っていないなんて、言語道断というわけだ。
だから毎日こうやって敬意のない
魔力で
まあそんなのは慣れっこのこと。気にするだけ時間の
「講義までは時間があります。本日も
「かしこまりました」
親密なおしゃべりは
数分間歩いてたどり着いた『花園』。
まったくもって
──じゃり、じゃり。
冷たく
花園、と言っても優雅に散策するのではない。
逆だ。手入れをする方だ。
王族に生まれれば普通、多くの時間は魔力の扱い方に時間を
具体的には、大気に
だが先述のとおりエレクトラは例外。魔力を扱えないわけだから、魔術の授業も存在しない。受ける講義はもっぱら歴史、芸術、その他の教養くらいになる。
となると予定はすかすかだ。そんな彼女に、母でありミトス女王であるクリュストラ王が与えた命令がこれだった。
『花園の管理。それが今日からお前の使命です』
十五の
十五というと、普通なら王族は社交界デビューをする
だが母王はエレクトラにそれを命じなかった。
作戦は功を奏したのだろう。エレクトラが社交の場に出ることはめったになく、ほとんどの時間を土いじりや独力で剣術を
彼女はただ、
とはいえ前向きで、何事にも
手は土にまみれ、
今日もシャベルで土をすくい、ビロードのようにやわらかい土に
ただ、誇りを持っている反面、苦痛な時間は
たとえば葉っぱの裏に
「まあ。では昨晩、ユリウスさまも劇場にいらしていたのね」
つんと高い声が聞こえて、エレクトラは手を止めた。
「そうと知っていれば、わたくしのお
「はは、すまない。聖
「ふふ、次はきっと隣で観劇いたしましょうねっ」
優雅な会話をしながら歩いてきたのは一
男女、といっても年齢は一回りくらい差がある。
少女のほうはアイリーン。エレクトラの三つ下の妹だ。
太陽の色をした、きらきらとゆるやかに波打つ
見るからにかわいらしく、周りからどれだけの愛情を注がれて育ってきたか想像に
青年のほうはユリウス。エレクトラの
太陽のような
ユリウスよりも美しい男性をエレクトラは知らない。
だから……だろう。
『無能』のエレクトラは、第一王女であっても女王になれない可能性が高い。
一方、妹のアイリーンは幼いころから
だから女王になるのはアイリーン。それが
そして女王の
今のミトス国内での筆頭貴公子というと、聖騎士団長ユリウスその人だ。
つまり二人は、次期女王とその婿候補にあたるわけで──エレクトラの
「まあ」
ふと、アイリーンの愛らしい顔がこちらを向いた。
「本日も土いじりですか、お姉さま。精が出ますわね」
やわらかい微笑み。だが皮肉めいた冷たい、
エレクトラはなんともいえない気持ちで、手についた
そのまま前髪を直そうとしたが、泥をはらいきれておらず、髪に汚れがついてしまったことに後から気がついた。
アイリーンはおもしろそうにくすくすと笑った。
人の失敗を見て笑うのはよくないことよ、とよき
説教めいた気持ちをこらえて、エレクトラは
「おはよう、アイリーン。ユリウス。本日はお散歩?」
だがエレクトラの
「あら、お姉さま。もしかして聞かされていらっしゃらないの?」
「聞かされていない、というと?」
「今朝がた、女王陛下のお
答える者はいない。だがその
──くだらない
「そうだったのね。何時から?」
「
リアの上刻、というと十時か。まずい、あと三十分しかないではないか。
「さすがに、その格好では……ふふっ。急いでお
──一方、私は……。
無意識に見比べてしまい、少しだけため息をつく。
「教えてくれてありがとう、アイリーン。ユリウスも。また謁見の折に」
「あまり無理をしないようにな、エル。もし
『エル』と
まあ隣にいるアイリーンは
「感謝します。では、またのちに」
軽く
──欲しいものは、いつだって手に入らない。
──だから、初めから望まない。
いつしか彼女の思考回路はそんな風になった。
望むから傷つく。望まなければきっと強く生きられる。今のやり取りも、気にしなければいいだけなのだ。エレクトラはそう自分に言い聞かせた。
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