壱③


 ──それがどうしてこうなった。

 そんなことを胸中で考えながら、紅珠は初めて身を横たえるしんだいの上に大の字にころんでいた。てんがい付きの高級寝台なんぞ一生縁はないと思っていたのに、一体全体本当にどうしてこうなった。

 ひと月前にもおとずれたこのしきに、本日改めて足をみ入れた流れを思い返し、紅珠は小さくめ息をつく。

りよう殿でん』になっていた……正確に言うならば『李陵殿下』であったらしい涼から急に呼び出されたあの日から、今日でちょうどひと月になる。

 あの日、結局紅珠は涼と決着をつけることができなかった。

『じゃ、しようさいは後かられんらくすっから、心積もりだけよろしくな!』という気軽な声が聞こえたと思った次のしゆんかん、紅珠は明仙連のたんれん場にほうり出されていた。涼が事前にあの広間に転送じんを仕込んでいて、怒れる紅珠を強制退出させたのだと気付いても後の祭りである。

 紅珠は思わず地団太を踏んだが、いつかいじゆじゆつでしかない紅珠では第三皇子である李陵の屋敷に乗り込むこともできない。結局紅珠はいかりに打ちふるえるまま日常にもどるしかなかった。

 そんな紅珠のもとに涼からふみが届いたのは、その数日後のことだ。文に術をほどこし、鳥の姿を取ったしきぶみを紅珠にす、という実に涼らしい文の出し方をしてきたから、紅珠には中身を見る前から差出人が涼であることが分かっていた。

 そんな文には見慣れたひつで『あの広間、ちょうどいいからそのままれいに取りこわして中庭にすることにしたぞ』というどうでもいい報告とともに『よめりはこの日の夕刻な』という実にお気楽かつ簡単な言葉で嫁入り日時が指定されていた。ついでに何点か注意こうも書かれていて、あまりの身勝手さに紅珠がさらに怒りに震えたことは言うまでもない。

 だが紅珠がどれだけ怒りに震えようとも、じんを吹っかけられていると感じていようとも、紅珠側から一方的にこの『嫁入り』をきよすることは許されない。涼が口にした『け勝負』というものは、自分達にとってはそれだけ絶対的なものだった。

 ──おまけに来てやったら来てやったで、当人がむかえすらしないって何なのよ?

 文に書かれていた指定日時と注意事項を守って、紅珠は再びこの屋敷の敷居をまたいだ。それが今日の夕方のことだ。

 そんな紅珠を出迎えてくれたのは涼当人ではなく、先日『李陵殿下』にはいえつした時に李陵こと涼といつしよにいたなぞの美女だった。

 ちなみに出迎えは彼女一人だけで、他にひとかげも見えなかった。仮にも当主のきさきとなる人間の輿こしれであるはずなのに。

 ──まぁ、『目立たないように来てくれ』っていうのが注意事項のひとつに入ってましたからぁ? 私も一人かつほぼ身ひとつの、とてもこんれいとは思えない姿で屋敷に来たわけですがぁ?

 紅珠を出迎えた美女はという名前であるらしい。それ以外のことはいつさい分からない。何せ『瑠華と申します』と名乗るなりさっさと身をひるがえし、りで『ついてこい』と示したきり、ほぼ口を開かなかったので。

 ──まぁでも、意地悪そうな人ではなかったよね。

 好意的にとらえるならば、おしやべりが好きではなくて、不必要なあいきようりまくことはしない人なのだろう。何事にも効率的な当たり方をする人なのかもしれない。そのしように敵意もけんも感じなかったし、じやけんあつかわれることもなかった。

 ──多分、あいがなくて一部の人間からは不当に低評価を喰らうけど、実務面だけで見ればメチャクチャ仕事ができる系の人だと思うのよね、うん。

 何せほぼほぼ口を開いていないにもかかわらず、あっという間に紅珠に屋敷内の設備配置をあくさせ、紅珠がわれに返った時にはみを終わらせ夜着を着付けた状態でこの部屋に放り込んでいたのだ。じようきようを理解した紅珠があわてて振り返った瞬間には、ペコリと頭を下げた瑠華が部屋の外へ姿を消していた。この手際の良さを見るに、やはりじよとして最高に仕事ができる人間だと紅珠は思う。

 ──に案内するだけ案内して、お風呂の中でのお世話や着付けはしないで放置してくれたのも助かったわ。

『あれは絶対に私のしようを把握した上での扱いよね』とか『やっぱり仕事ができる上に、私のことを尊重してくれてるわね、うん』とか『その上でここまでの流れはかんぺきに問答無用だったわ。疑問をいだすきもなければ、反発できる隙もなかったもの』とかと内心でひとしきりつぶやき、うんうん、とうなずいてから、紅珠はどこか遠くを見つめる心境で視線を天蓋に投げた。

「いや……だから、どうしてこんなことに……」

 周囲はすでにとっぷりと日が暮れていて、寝台のかたわらに置かれたとうみようこころもとなくやみを照らしている。

 世間いつぱんで使われている言葉を用いるならば、よいは『初夜』と呼ばれるやつだ。

 おそらく今の紅珠はきよを顔中に広げている。もはや自分自身、この局面においてどんな顔をすればいいのか分からない。さきほどからせわしなく独り言を胸中で呟き続けているのは、この現状から目をそむけたい内心の表れだ。

 ──いやいやいやいや、そもそも、ね? ふつじゆく卒業以来、一年以上音信不通の行方ゆくえ不明だったくせに、いきなり『実は第三皇子だった』とか『嫁に来い』とか言われてもワケが分からないんだってば。

 内心だけとはいえ、呟く声がおのれで聞いても情けないひびきを帯びている。

 紅珠はもう何回り返したかも分からない『どうしてこうなった』に対する答えを求めて、直接的な原因を作り出したあの日のことを思い返した。

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