壱②


 祓師塾入塾をもぎ取った紅珠が、次に目指すところはただひとつ。

『女に生まれたというだけでその才をぐことを許さず、己より劣る男ども三人の兄かげかくれて生きていくことを当然のこととしている、頭が固くて前時代的すぎる思考の持ち主である一族全員に現実をきつけ、自分が「黎紅珠」として生きていける自由を得る』

 紅珠が祓師塾の中でもずばけた成績を示し、さいこうほうじゆじゆつ達がそろう明仙連に入省すれば、頭が固い一族の人間達だって嫌でも紅珠の有能さを理解するはずだ。『男であろうが女であろうが、有能なものは有能』と理解できれば、だれも紅珠に『女らしく女の人生をまつとうしろ』とは言えなくなるはずである。

 紅珠は『紅珠』として生きることを許される唯一の道を得るために、明仙連を目指した。

 それが全てだったからこそ、紅珠はどんなに小さな『負け』も己に許すことはなかった。

 負ければたんに『それ見たことか』『女はだまって男の後ろにひかえて日陰を生きていけば良い』と言われることが目に見えていたから。今度は一族の人間だけではなく、祓師塾に在籍する学生や師、その他関係者からも同じことを言われるとはだで感じて分かっていたから。父との賭けに勝ったとはいえ、一度でも負ければ、またあのきゆうくつな家の中に引きもどされて、もう二度と外に出ることを許されないかもしれないというきようがあったから。

 だから紅珠はしやに努力し続けた。

 ──自分で言うのもなんだけども、そのつなわたりを制して、祓師塾を卒業するよりも早く家族全員から『ごめんなさい、私達のにんしきが間違っていました』『うちで一番有能なのは、間違いなく貴女あなたです』っていう言葉を引き出せた私って、やっぱり優秀だったわよね。

 紅珠は己の半生を振り返り、内心で深くうなずいた。

 同時に、おもしろくない現実も思い出してしまった紅珠は、けんにシワを寄せる。

 ──とはいえ、あんたいというほど安泰でもなかったのよね、祓師塾時代の私の立場って。

 祓師塾における紅珠の成績は、確かに文句のつけようがないくらいに優秀だった。歴代で比べてもかなり優秀だったという自負があるし、現に祓師塾の師達も紅珠にそういった評をつけていた。

 そうでありながら紅珠が己の立場をばんじやくなものだと思えなかったのは、『男』で紅珠と同じくらい優秀な人間が同期にいたからだ。そんな人間が、入塾当初から卒業時に至るまで、終始紅珠の安泰をおびやかし続けたのである。

 その『男』というのが、『いけ好かないくさえん』である涼だった。

 そりゃあもう、いけ好かなかった。入塾当初は何から何までいけ好かなかった。

『首席入塾』という紅珠のほまれえる、『技量優秀者につき入塾試験めんじよ』という特別わくで現れた特待生。それに加えて入塾当初の涼はとにかく皮肉屋というか、性格が悪かったから、そこも気に入らなかった。そんな人間が自分の未来を脅かしに来ているのだ。面白いはずがない。

 面白くないならば、真正面からたたきのめして、本人にも周囲にも自分達の序列を示してやるまで。

 そう考えた紅珠は、同期の誰もが最初から『特待生様にはかなわない』と涼をけんえんする中、真正面から『首席入塾者は私! つまり私が一番ゆうしゆうなのよっ!!』と涼にってかかった。同期の誰をも眼中に入れず、『特待生』という優秀極まりないかたきもそのままに、スカした態度で学年首席の座をさらおうとしていた涼に、紅珠だけが真正面から『待った』をかけたのだ。

 そんな紅珠の存在を、涼の方も面白く思うはずがない。最初は大して相手にもされず、無視されるか、あっても皮肉が一言だけ、というような対応をされていたが、にゆうじゆくして数ヶ月が過ぎるころには涼もまんの限界が来ていたのだろう。だいに皮肉の数が増え、涼の方からも紅珠に突っかかるようになり、気付いた時にはけん仲間のような関係性ができあがっていた。

 無視であろうが、正面から喧嘩を売ってくるようになろうが、紅珠にとって涼が気に入らない存在であるという事実は変わらない。涼にとっても、紅珠はゆいいつ眼中に飛び込んできた『敵』であったらしい。

 そんな関係にあった紅珠と涼が揃って無事にふつ塾を卒業できたのは、本気のなぐり合いをしていた頃はまだ呪術師としてのうでが未熟で、それなりに腕が立つようになった頃には数々の果たし合いの末にたがいのことが誰よりも分かるようになっていたからだ。不本意ながらその『数々の果たし合い』を通じて、最終的に自分達は同期の中で互いに誰よりも気が合う存在になっていたのである。

 ──戦友……好敵手……うーん、相棒、かしら? 最終的には。

 祓師塾卒業ぎわ、同期に『紅珠にとっての涼って何なの』と問われたことがある。その時の自分の答えは『あいつをたおすのはこの私! あいつを倒したいなら、まずは私を倒していってもらうわよ!』だった。ちなみに同じような問いを受けた涼は紅珠のことを『あいつの悪口を言っていいのはこの俺だけだ。あいつを悪く言いてぇならまずは俺を倒してみろ』と評したらしい。今から冷静になって思い返せば、二人ともみように答えになっていないことを口走っている気がする。

 ──ほかの同期達じゃ組んでも実力がり合わなかったから、実地訓練は最初から最後まで涼が相方だったしね。やっぱり、『相棒』が一番しっくりくるかしら?

 座学でも、実技でも、その他もろもろでも、とにかく張り合われたし張り合った。紅珠から勝負をっかけることもあれば、涼から勝負を吹っかけられることもあった。割合は五分五分だったと思う。

 ちなみに勝敗も五分五分だった。紅珠としては『ま、私の方がちょこっとだけ優勢だったけどね』と見栄を張りたいところではある。まあ、そんな発言を涼に聞かれたら『いーや、俺の方が微妙に優勢だったな』と返されるに違いないが。

 ──そういえば、私が涼を嫌厭しなかったように、涼も私を『女』って理由で嫌厭することはなかったわね。

 そこだけは評価してやってもいいと思うし、ありがたかったと思っている。

 周囲が思わず一歩引いて見守ってしまうくらい紅珠と激しくやり合っていた涼だが、男だ女だとそこにツベコベ文句を言ってくることはついぞなかった。男女のかきを越えて対等に、度を越えて激しく張り合う二人の様子を間近に見ていたからこそ、他の同期達の中にも『そこを気にしている場合ではない』『とにかくしゆぎように励まなければ紅珠と涼に置いていかれる』というきんぱくかんが生まれ、結果それが良い方向に作用していた。まあ、涼いわく『お前を前にしてそんな余計なことを考えてたら、その間に俺はお前に消されてただろ』という話らしいのだが。

 ──まぁ、そうね。入塾当初は私も、『女だから』ってあなどられないようにツンケンしてたからねぇ。

 思い返せば、入塾初日に紅珠が突っかかって以降、お互いずっと本気で張り合い続けてきた。不本意ながら、涼がいたからこそ、紅珠の実力はここまでびたと言っても過言ではない。

 入塾当初は『負け』に常におびえて、涼に自分の未来をつぶされるかもしれないといらっていた紅珠が、いつの間にか涼ときそい合う日々を楽しく思うようになっていた。……しやくだからそんなこと、絶対口にはしてやらないけれども。

 いけ好かない腐れ縁。いつか絶対に自分がかんなきまでに叩き潰してやるから、それまで自分以外に倒されるなんて許さない。

 対角に立てばにくい好敵手。背中を預ければ誰よりもたよりになる相棒。

 一年と少し前まで、自分達はそんな関係だった。

 紅珠の認識としては、そんな感じだ。

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