壱①



 そもそも、だ。

 呪術師という仕事は、いつぱん人が太刀たちちできない領域を引き受ける、とくしゆ技術職である。術をあやつれいりよく、異形をかすけんの目など、生まれながらの才能が少なからず必要で、そういった才能を持ち合わせた人間がそれなり以上にしゆぎようをして初めてける職業である。

 そんな限られた人間しか就けない特殊技術職でありながら、呪術師はどこでも必要とされる存在だ。いんの気から生まれるようかいが人々をおそい、人々の負の感情からのろいが生まれる以上、呪術師がけ負う領域がなくなることはない。そしてその領域は、人が人として生きている以上……負の感情も正の感情もかかえて、この世に生まれてせいいつぱい生きて死んでいくという営みがある以上、消えることはないものだ。

 いにしえからそういった世界とかかわり合って生きてきた人々は、国を建てる際にも呪術師の存在に重きを置いた。むしろ国家事業として呪術師の育成に力を入れなければ、国を安らかに保つことができなかった、と言っても良い。

 れいこくもそんなけいから宮廷の中に『明仙連』と呼ばれる呪術師の組織が存在しており、安定して人材を確保するために呪術師養成所であるふつじゆくという組織をあわせて持っている。

りよう』と名乗っていたその男は、祓師塾における紅珠の同期だった。そこに『腐れ縁の』とついてしまったのは、入塾して以降六年間、紅珠と涼がひたすら学年首席の座をめぐって火花を散らし合ったことに由来している。

 まつりごとに参加できるのは男ばかりだ。必然的に宮廷に仕官している人間もほぼ男しかいない。

 そんな中、特殊技術職である呪術師は生まれながらの才がどうしても必要であるため、例外的に女にも仕官の門戸が開かれている。

 つまり、宮廷呪術師という職は、すべての呪術師達の頂点に立つ職であると同時に、女の身でゆいいつ勝ち取れる官職でもあるということだ。女であってもおのれの力で道を切り開きたいと望む者にとって、宮廷呪術師はあこがれの的である。

 だがそれゆえに、その座を目指す女には、祓師塾ざいせき時点で同じ道を志す男達をとし、れつな争いを制して頂点に立つことがあんもくうちに求められる。宮廷女呪術師たる者、それくらいの野心をいだき、ゆうしゆうで、強さを備えた存在であれ、というのが宮廷側の本音でもあるのだ。

 黎紅珠は、それを承知の上で、それでも宮廷呪術師組織・明仙連の呪術師になるべく祓師塾の門を叩いた人間だった。

 理由はきわめて単純だ。

 そこにしか紅珠が『紅珠』として生きていける道がなかったからである。

 ──『名門武官一族』って言えば聞こえはいいけれど、中身はただの頭が固い人間の集まりったらありゃしない。

 黎家は代々武官をはいしゆつしてきた一族だ。そんな黎家の当主である父のもとに嫁入りしてきた紅珠の母は、代々呪術師を輩出してきた一族の出身だった。

 父に似れば武才にすぐれた子が生まれ、母に似れば呪才にめぐまれた子が生まれる。両親は三人の息子むすこ達にはそのどちらかの才を、末に一人生まれたむすめには器量と気立ての良さを求めた。

 ただ、逆は求めていなかったのだ。『男は男らしく、女は女らしく』と前時代的でかたぶつな考え方をしていた両親は、将来一族をになう才を持つ息子と、良家と縁を結べる娘を欲した。

 だが往々にして現実とはうまくいかないものである。残念なことに彼らの息子達は、武術的にも呪術的にも飛び抜けた才を示すことはなかった。

 両親の才を総取りして数段しようさせるような素質を示したのは、よりにもよって末娘の紅珠だったのである。

 ──そこで『よし、ひとつここは考えを改めて、息子じゃなくて娘に期待してみよう!』っていう考えになってくれていたら、私の人生もちょっとちがったのかもしれないわね。

 簡単には考え方を曲げないのが、堅物一族の堅物一族たる所以ゆえんである。

 両親を筆頭にした一族の人間が紅珠に課したのは、才のふういんだった。兄達よりもするどけんるえた紅珠の手から剣をうばい、兄達よりも難しい術を行使できた紅珠に呪術を振るうことを禁じた。紅珠はそのことに泣いてこうしたが、返ってきたのはより厳しいしつせきと、望みもしない『女らしい』しゆの押し付けだった。

【女として生まれたからには、女らしく生きてもらわなければ】

【娘であり、妹である紅珠は、兄達よりもおとった存在でいなければならない】

【決して出しゃばらず、両親と兄達の言うことを大人しく聞き、黎家の娘として生きていけ】

 そんなじんな言葉が、紅珠の上にだけ降り注いだ。

 ──ここで私が折れていても、今の私はいなかったわね。

 そんな言葉にさらされ続けた紅珠は、ある日泣くことをやめた。ちなみになみだれたわけでもなければ、一族の方針に大人しく従う道を選んだからでもない。

 十一歳の夏のこと。

 その日もその日とて『女たるもの』とネチネチといやみを垂れ流していた父を前に、紅珠はついにプッツリと己のかんにんぶくろが切れる音を聞いた。

とうさま

 あの時の自分はきっと、それはそれは『女らしい』美しい顔で笑っていたのだろうと紅珠は思う。

 もっとも、声は実に黎家の武人らしい、ドスがいたものだったと思うが。

「ひとつ、私とけをいたしませんか」

 秋になれば、祓師塾が入塾試験を行う。数年前から兄達はみな受験させてもらっていたが、紅珠だけは受験させてもらえていない。

 その試験を自分に受けさせてほしい。

 もしも入塾試験に落ちたら、紅珠はもう二度と一族の方針に逆らわない。大人しくはなよめ修業にはげみ、両親と三人の兄を支え、いずれ良家にとつぐことを約束する。

 だが万が一、紅珠が祓師塾に入塾することがかなったならば。

「私が卒業するまで、ツベコベ言わずに、私が挙げてくる成果を見届けろ」

 そんな一世一代の大勝負を父にいどんだ結果、紅珠はその賭けに勝った。

『女が受験したところで』『兄達だって毎年受験して合格できないのに』という一族の冷たい視線をね返し、紅珠は入塾試験を首席合格し、はなばなしく祓師塾に乗り込んだのだ。

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