それいけ!あんぱん太郎

黒焦豆茶

現代を生きるア〇パ〇マ〇

東京の片隅にある小さなパン屋「ジャムじいさんの店」。古びた外観は、どこか懐かしさを感じさせるが、店内はいつも賑やかだ。その理由は、ここにしかない「アンパン」。単なるパンではなく、一度食べれば誰もが驚く、奇跡の力を秘めているのだ。


「ここのアンパン、食べると心がスカッとするんだよな!」


常連客たちがよく口にする言葉だ。あまりにも評判が良すぎて、みんなが口にしたいと思ってやって来るが、その秘密を知っている者は少ない。


その秘密とは、アンパンに隠された「力」。誰かが落ち込んでいるとき、そのパンを食べれば驚くほど元気が湧き上がり、逆に心の中で悪事を考えている者が食べれば、罪の意識に苛まれ、全身に震えが走る。それを知っているのは、この店で働く青年「あんぱん太郎」ただ一人。


「あんぱん太郎、今日も焼き上がり頼むよ!」


ジャムじいさんが楽しげに声をかける。あんぱん太郎は汗を拭いながらオーブンの中を覗き込んでいる。


「任せてください!今日も美味しい正義を焼き上げますから!」


そのセリフに、厨房にいるバタ男とカレピが顔を見合わせて笑った。カレピが言う。


「おいおい、またそんなこと言って。お前は本当にパンだけで人を救えると思ってるのか?」


「もちろんです!」


あんぱん太郎が笑顔で答えると、バタ男が冗談交じりに続ける。


「そうだよなぁ、パン一つで全てがうまくいくわけないよなぁ。ほら、前にも言ったけどさ、こんなに気持ちよく正義の味方をやっていて、もしも本当に世の中の悪を裁かなきゃいけないときが来たら、その時どうするん?」


「バタ男さん、冗談はよしてくださいよ。僕はパン屋なんですから!」


そのとき、ジャムじいさんが突然、真剣な顔で口を開いた。


「あんぱん太郎、お前もだんだんと大きな力を持つようになった。パンで人々を助けるだけでなく、世の中をもっと良くする力があるかもしれないんだよ。」


あんぱん太郎は一瞬、考え込んだ。


「ジャムじいさん…」


その時、厨房の入り口に人影が現れる。顔は見えないが、その雰囲気にあんぱん太郎はただならぬものを感じ取った。



夕暮れ時。あんぱん太郎は配達を終え、家路を急いでいた。しかし、街角の裏路地で、異様な光景に遭遇する。


一人の女性が数人の男たちに囲まれ、怯えている。


「おい、これ以上借金を踏み倒すつもりか? 利子も払えないなら、体で返してもらうぜ。」


そのセリフを聞いたあんぱん太郎は、思わず駆け寄った。


「やめろ!その手を離すんだ!」


男たちはあんぱん太郎を見て笑った。


「なんだ、パン屋の兄ちゃんか?俺たちに正義を説教しに来たのか?」


あんぱん太郎は一歩踏み出すと、リュックから一つのアンパンを取り出し、男性に差し出した。


「これを食べろ。」


男たちは驚いた様子で、そのパンを受け取る。


「はぁ?なんだよ、それ。」


だが、そのリーダー格の男が一口食べた瞬間、顔色が一気に変わった。


「ぐっ…なんだこの感覚…!胸が…痛い!罪の意識が…」


彼はその場に膝をついてうずくまり、他の男たちは恐怖で逃げていった。


女性は感謝の涙を流しながら、あんぱん太郎に頭を下げる。


「ありがとうございます…!でも、どうしてあのパンが…?」


あんぱん太郎は優しく微笑んだ。


「それは、パンの力ではなく、君の心の中にあるものが呼び起こされたからさ。」


女性は驚きながらも、その言葉の意味を感じ取ることができた。



数日後、ジャムじいさんの店にひとりの老人が現れる。小さな眼鏡をかけ、整ったスーツ姿のその男は、どこか不気味な雰囲気を漂わせていた。


「君があんぱん太郎か。」


その老人は名刺を差し出す。名刺には「社会問題研究家 毒出黴瑠どくだしかびる」と書かれていた。


「君の作るパンには、非常に興味深い力があると聞いてね。食べると、人の心が動くと。」


あんぱん太郎は警戒しながらも答える。


「ただのアンパンです。誰かを動かすために作っているわけではありません。」


毒出はにやりと笑う。


「だがね、君のその力、使わない手はないと思わないか?悪い政治家たちを、君の力で正すことはできるだろう?」


その言葉に、あんぱん太郎は顔をしかめる。


「僕はパン屋です。人を幸せにするためにパンを焼いているだけです。」


毒出は軽く肩をすくめると、微笑みながら言った。


「そうか。まあ、もし考えが変わったら、いつでも来てくれ。」


その言葉が心に引っかかるあんぱん太郎。



その夜、テレビのニュースでまた新たなスキャンダルが報じられる。


「またしても、政治家たちによる不正が発覚。国民の税金を私腹を肥やすために流用していたことが明らかに。」


あんぱん太郎はそのニュースを見ながら、ふと考え込んだ。


「正義とは何だろう?僕にできることは、パンを焼くことだけではないのかもしれない。もしこの力を使えば、何かが変わるかもしれない…」



翌日、あんぱん太郎はいつものようにパンを焼きながら、思いにふけっていた。


「もしも本当に僕の力が世の中を変えるのだとしたら、その力を使うべきだろうか…?」


彼は無意識に手を止め、アンパンを見つめる。


その時、またもやテレビでニュースが流れる。


「悪徳政治家の息子が今度もまた問題を起こしました…」


あんぱん太郎はそのニュースを見た瞬間、心の中で何かが弾けるような感覚を覚えた。


「もう黙っていられない!このままでは…!」


彼は真剣な表情でアンパンを焼き続ける。そしてそのパンを、世の中に向けて、ただ一つのメッセージとして焼き上げるのだった。



翌朝、ジャムじいさんが真剣な顔であんぱん太郎を呼び止めた。


「あんぱん太郎、ちょっと大事な話があるんだ。」


「なんですか、ジャムじいさん?」


ジャムじいさんは深刻な顔で手元の新聞を広げた。そこには大きな見出しでこう書かれていた。


「『パン業界の陰謀?消費者を操るアンパンの噂』」


「こ、これって…僕のことですか?」


「ああ、どうやらお前のアンパンが一部の人間たちに目をつけられたらしい。気をつけろ、あんぱん太郎。」


バタ男が横からひょいっと顔を出し、新聞を覗き込む。


「これ、ヤバいんじゃね?でもさ、そもそもパンで操れるなら、俺、カレピにもうちょっと真面目になって欲しいんだけど。」


「はぁ?俺、十分真面目だし!」カレピがムッとした表情でフライパンを持ち上げる


バタ男はケラケラと笑いながら、「いやいや、カレーの具を全部つまみ食いするのは真面目って言わねぇからぁ。」と返す。


あんぱん太郎は二人のやり取りを見ながら困ったように笑ったが、内心ではこの事態の深刻さを噛みしめていた。



その日、ジャムじいさんの店に妙に高級そうなスーツを着た男たちが訪れた。見るからに怪しい。


「君が、あの奇跡のアンパンを作る青年かね?」


男たちのリーダーらしき人物が名刺を差し出してきた。それには、「バイキンコーポレーション CEO 細井菌蔵ほそいきんぞう」と書かれている。


「あんぱん太郎君、我々の会社では君のアンパンを大量生産し、世界中に販売するビジネスモデルを考えているんだ。」


「…ビジネスですか?」


「そうだよ。君のアンパンの力を広めれば、みんなが幸せになる。それに、お金もたくさん稼げるぞ。」


一瞬、あんぱん太郎は考えた。だが、すぐに首を振る。


「僕はパンを金儲けのために焼いてるんじゃありません。」


細井菌蔵の顔が一瞬歪む。そして低い声でこう言った。


「ほう、そう来たか。ならば…君の店、潰させてもらう!」



その日の夜、ジャムじいさんの店に謎の人物たちが押し入った。黒いスーツにサングラス、そして怪しげなパン粉を撒き散らしている。


「なにをするんだ!?」


あんぱん太郎が立ち向かうが、相手は特殊なパン生地で作られた盾を持っている。


「これぞバイキンコーポレーション特製『ふわふわシールド』!お前のアンパンなんて怖くない!」


「くっ…!」


あんぱん太郎は素早く厨房へ駆け込み、ジャムじいさんとバタ男、カレピと共に対策を練る。


「どうする?あいつら、妙にパンに詳しくね?」


「ここは新しいパンを開発するしかない!」


ジャムじいさんが叫ぶと、全員が一斉にオーブンに向かった。


「新しいパンって、どんなのですか!?」


「とにかく、パンにパンをぶつけるしかない!」



その後、店内では前代未聞の「パンバトル」が繰り広げられた。


バタ男が「バゲットランチャー」で相手を威嚇し、カレピが「ナンブーメラン」を投げる。一方、あんぱん太郎は特製アンパンを次々と焼き上げ、敵の心を攻撃する戦法を取った。


「ぐっ…なに、このアンパン…!罪悪感が…!」


次々と倒れるバイキンコーポレーションの部下たち。


しかし、最後に残った細井菌蔵は違った。


「ふふふ…私には効かんよ。実はこのアンパンに耐えるための『心の防御パン』をすでに食べているのだ!」



「や、やばい…効かないなんて…!」


あんぱん太郎が焦る中、ジャムじいさんがニヤリと笑う。


「こうなると思って、秘密兵器を用意しておいたよ。」


そう言って取り出したのは、巨大なアンパン。直径1メートルはあろうかというサイズだ。


「これが…超特大アンパン…!?」


「そうだ!これなら奴の心の防御パンを粉砕できる!」



細井菌蔵が笑いながら襲いかかる中、あんぱん太郎が超特大アンパンを持ち上げた。


「くらえ!これが正義の力だ!」


アンパンは空中を舞い、細井菌蔵の頭に直撃した。


「ぐわあああああ!」


細井菌蔵は全身を震わせ、ついに膝をついた。


「まさか…私が…パンに…負けるとは…」


その場に崩れ落ちた細井菌蔵を見下ろし、あんぱん太郎は深呼吸をした。


「これが…正義のアンパン…」



翌日、ジャムじいさんの店は再び活気を取り戻していた。


「いやー、昨日のパンバトルは熱かったな!」


カレピが笑いながら言うと、バタ男がツッコミを入れる。


「でも、店内めちゃくちゃになったから掃除が大変だったんだからなぁ?」


あんぱん太郎は新しいアンパンをオーブンに入れながら微笑んだ。


「これからも僕たちはパンで平和を守るんです。」


「いや、もう少し普通にパンを売ろうよ…」


そんな和やかなやり取りが広がる店内。今日もまた、アンパンの香りが東京の片隅に漂っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それいけ!あんぱん太郎 黒焦豆茶 @kamasuzecocoa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ