私の嫌いな夫

@norihei03

第1話 ずれた運命

 今、私の目の前にあるモニターに、私が映し出されている。

思わず目を背けて、恐る恐る、もう一度指の間から見る。

顔は腫れているのかつぶれているのか性別すらわからないほど損傷が激しい。

首から下も悲惨な状態だ。

右足のひざから下は、おそらく体とはつながっていない状態だ。

一体何が起きたのだ。

とにかく、一目で理解したことは「私は死んでいる」ということだ。


 それは8月下旬、頭がくらくらするほど暑い日だった。

夫と共通の友人の葬儀の帰りで、夫はビールを飲んでいたので私が運転をしていた。

助手席に乗った夫は出発してすぐ寝てしまったが、どうせ話すこともないので

ちょうど良いと思った。

山道に差し掛かった頃、空が急に薄暗くなりゴロゴロと雷の音が聞こえたと思ったら、急に土砂降りの雨が降ってきた。

ワイパーを全開にしても前が見えない。

こんなに激しい雨が降っているのに夫は全く起きる気配がない。

ため息をつきながら、酒を飲んでいるのだからまあそんなもんか、と思った。


雨は激しさを増し、ワイパーが雨をはじいても一瞬にして視界が遮られる。

こんな山道で今山崩れでも起こったら大変なことになる。

激しく降る雨の音以外、何も聞こえない車の中で不気味な静けさを感じながら、一刻も早くこの山道から抜けて大通りに出たいと思い、目を凝らして緊張しながらハンドルを握って運転していた。

その時、目が眩むほどの閃光が目の前に走った。

ものすごい、地面が割れるような音と振動がして一瞬で目がくらみ何も見えなく

なった。そして体にものすごい衝撃を感じた。私が覚えているのはそこまでだ。


 それからどれくらいの時間が経ったのだろうか。

ゆっくりと目を開けると、広くて真っ白で時折キラキラと床が光っている、ここは天国か?というような場所に私は寝ていた。

うっすらと透き通るようなきれいな水がフロア全体に溜まっている。

「え??ここどこ??」ゆっくり起きあがって辺りを見回すと、少し離れたところに一脚、白い椅子がおいてある。

立ち上がろうとするとよろけてうまく立てない。

這って近くに寄って、じっくりとその椅子を見る。

背もたれに小さく「T2」と書いてある以外は、どう見ても木でできているただの

椅子だ。

しばらく椅子の背もたれの文字をなぞって途方に暮れていたが、床には水が溜まっているのでとりあえずその椅子に座ってみた。

それから深呼吸をしてもう一度辺りを見回したが、やっぱりなにもない。


 頭が痛い。片頭痛の始まりの合図だ。

しばらくぼーっとして、周りを見渡す。

時々サラサラというか、ちょろちょろというか、水の流れる心地よい音がする。

そういえば、水の上で寝ていたのに体が濡れていない。

「・・・夢か。夢だわ。」と私はつぶやいた。

だんだんと頭痛がひどくなっていくのがわかる。頭の中で痛みが脈打ってきている。

目を閉じて首をコキコキと鳴らしてゆっくりと回し、目を開けた瞬間、私は広くて真っ白な、美術館のようなところにいた。

あの白い椅子に座ったままだが場所が変わっている。


「えっ!?」と、私は思わず叫んで立ち上がった。いったいどうなっているのだ。

私の前に座っている若い男性が振り返って私を怪訝そうに上目遣いで見た。

周りを見渡すと奥にはカウンターがあり、制服を着た頭が黒い鳥の人間(人間かどうかわからないが)が二人いて、なにか受付のようなことをしている。

私の前には、10人前後の人が座っている。

その中には小さな子供もいて足をぶらぶらさせておとなしく座っている。


「あの~、どこですか、ここ?」と前に座っている男性に聞くと、

「僕もわからないです・・・。とにかく並んで順番を待つように言われて・・・。

どうなってんすかね。」と、小さな声でおどおどして私に言った。

とりあえず、みんな座って静かにしているので私も椅子に座ってもう一度周りを見渡した。

 左方向を見ると隣の部屋が丸見えになっている。こちらの部屋とはアクリル板のような透明な壁で仕切られていてるが、向こう側は赤黒い床でいかにもヤバそうな部屋だ。こちらと同じくカウンターのようなものがあって、数人が立って並んでいる。

そのカウンターの向こう側には恐ろしい形相の大男が手のひらを確認して何やらぶつぶつ話をしている。

わかりやすい。あれって閻魔大王で、あの人たちは地獄行きだよね?

じゃあここは天国?

「夢だ~、夢だわ。へんな夢。」と私はつぶやいた


 その時、「白神あんのさん」と声をかけられて手をグイっと引っ張られた。

振り向くと制服を着た、黒いカラスがいる。

「ちょっと急ぐので速足でお願いします。」と言いながらカラスは私の手をぐいぐい引っ張って「関係者以外立ち入り禁止」と書いてある部屋に私を連れて入った。

その部屋の中には白いテーブルと青いイス、そして大きなモニターが置いてある。

「なんでカラス・・・あの、ここどこですか。夢??これって夢なの??」

「白神あんのさんですね。ここは現実ではありませんが夢でもありません。

これからあなたに大切な話があります。」

とカラスは私の目をじっと見つめながら言った。

「どうぞこちらの青い椅子にお掛けください。」








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私の嫌いな夫 @norihei03

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ