第2話 黄金の日々

「おっはよー! 今日もV3の広場は平和だねー!」


 リビングのソファでダラダラとVRヘッドセットを被ったまま、私は声を上げる。隣で寝ていた猫が、うるさいニャーと文句を言ってどこかへ行ってしまった。


 もう一週間、毎日V3に入り浸っている。いや、これは立派な趣味だから問題ないの!


「お嬢様、今日もお美しいですわ!」


 中央広場に足を踏み入れると、いつもの挨拶が飛んでくる。200ボーンに制限されているとはいえ、イベニティの縦ロールは優雅に揺れる。その動きを見るたびに、ついニヤニヤしてしまう。


「まあ、ありがとうございますわ!」


 最近はすっかりお嬢様言葉が板についてきた。家では「うっす!」とか言ってる私だけど、ここではお嬢様なのだ。最高!


「あ! Mauveさんの新作アバターだ!」


 広場の向こうで、新しいアバターが話題になっていた。フォーラムを見ると、Mauveの名前がトレンドに。


「月光のソナタシリーズ、やばくない? 動きが超繊細!」

「Mauveさんは天才だよ。次の作品も絶対買う!」

「私のイベニティも、Mauveさんの作品なのよ」


 思わず自慢げに投稿してしまう。すると「いいね」の嵐。やっぱりMauveって凄いんだ!


 夜になって、PCの前でバッチファイルをいじっていた。別にプログラムなんて分からないけど、なんとなく開いてみる。するとなんだか難しそうな文字の羅列が。


「うーん、これって普通なのかな?」


 見慣れない関数とやらが並んでいる。コメント欄には『アップデート時条件分岐』とか『システム負荷テスト』とか、難しそうな言葉が。


「まぁいっか! どうせアップデートで解決するんでしょ!」


 私は気軽に肩をすくめる。だってMauveは今やV3の超人気クリエイター。アップデートのことも考えて作ってるに決まってる。


 そうそう、V3の開発ブログで見たんだ。近々の大型アップデートで新しいボーンシステムが実装されるって。


『より豊かな表現が可能に』

『パフォーマンス改善による快適な環境を実現』


「ねぇ、イベニティ。私たち、もうすぐスーパーお嬢様になれるかも!」


 画面の中のイベニティは、いつもの愛らしい笑顔。黄金の縦ロールが、カーテンみたいにふわりと揺れる。


「6000ボーンって言ったら、髪の毛一本一本が生きてるみたいになるのかな? 超楽しみ!」


 そうだ、せっかくだから動画も撮っておこう。アップデート前と後で比較動画作ったら、絶対バズる!


 その夜、私はいつもより長くV3にログインしていた。広場の噴水の前で、イベニティの髪の毛を何度もかき上げては下ろし、撮影に夢中になる。


「よーし、このアングルもバッチリ!」


 夢中で動画を撮っていると、イベニティの髪が一瞬だけ不自然に跳ねた気がした。でも、まぁそんなの気にしない! きっとこの制限モードだからでしょ。


「アップデートが来たら、私たちは最高に輝くんだからっ!」


 噴水に映るイベニティの姿を見ながら、私は期待に胸を膨らませていた。そう、アップデート後の動画はきっと100万再生いくはず。そんな夢を見ながら、私はすっかりはしゃいでいた。


 その時はまだ、この黄金の縦ロールがとんでもないことになるなんて、微塵も想像していなかったんだから。

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