第7話 シンデレラ(2).
昼食を終えると、智香がいう。
「甘楽、スタジオのスタンバイしておいてね。」
「りょー^かい」甘楽はそう言って出ていった。
「さ、続きよ。」
今度は口元だ。食事をするまで待っていたようだ。
スティックだけでなく、ブラシなどもある。
「リップって、スティックだけじゃないんですね。」
なじみが感心したように言う。
「そうね。端のほうは、ブラシとか使って整えるの。綿棒とかでも何とかはなるけど、細かい作業はブラシがったほうがいいわね。
ほら、 『美は細部に宿る』っていうでっしょ。細かいところに気を付けるのが化粧の基本よ。」
「そういうものですか。」
「そういうものよ。化粧はアートよ。あなたの化粧した顔は、あなたが作る毎日の芸術品よ。そう思って、毎日傑作を作るの。」
「あの、毎日は…」
「心がけってことよ。なじみちゃんは別に毎日化粧する必要は今はないわ。」
「…はい。」
化粧が仕上がった。だが、智香はなじみに化粧した顔をじっくり見る機会を与えない。
「じゃあ、次は服ね。まずは、イメージを合わせるから、順番に着てちょうだい。」
テーブルの上には、沢山の服が並んでいる。
「順番に着てみて。あ、タグはこれで取って。化粧をつけないように気をつけてね。最初はこのブラウスね。」
なじみは無我夢中で、とりあえずブラウスとスカートをを着てみる。
「うん、サイズは問題ないわね。甘楽が言った通りのスリーサイズで揃えたけど、問題ないわね。」
先日、ラブホテルで甘楽がなじみのスリーサイズを測っていた。このためだったのか、となじみは納得する。
「サイズは変わってない。甘楽が測ったの?」
「はい。 …あ。」
サイズを測るということはその姿を見せることでもある。
なじみは恥ずかしくて真っ赤になった。
「あら、可愛い。いいのよ。わかってるから。」
智香はいたずらっぽく笑う。
「でも、ショーツはさておき、ブラはちょっとサイズが合ってないわね。まあそれは別の機会に。 じゃあ、まずはジャケットを合わせてみましょう。」
それから一時間ほどかけて、なじみはいろいろな服を着せられた。
「あの…この服は?」
「ああ、スタイリストしてると、いろんなブランドと仲良くなるから、新作のサンプルをもらえるの。本当は借りるんだけど、向こうも返さなくっていいて言ってくれるのよ。」
「そうなんですか?」
「映画とか雑誌とか、『衣装協力』って出てるでしょ。ああいうのよ。私はスタイリストしてたし、いまの仕事柄もあって、ブランドのほうからぜひ、って言ってくるのよ。」
仕事と言われても、聞いていないなじみは、何とも言えない。
智香はなじみが着た服を二つのハンガーラックに分けて掛けていく。
一通り着終わると、智香は片方のラックか服を取り、なじみに着させる。・
髪型を整え、メイクもちょっと直す。
「じゃあ、始めましょうか。」
「…え?」終わるのじゃなくて、始め?なじみは混乱する。
智香はメイク室のドアを開け、外にいた甘楽に声を掛ける。
「始めるわよ。」
「りょーかい!スタンバイOKだよ。」
甘楽が明るく答える。
「さ、行くよ。」
三人が向かったのは、写真撮影の場所だった。
ライトが明るくついている。
白い壁をバックにして、なじみを立たせると、カメラのファインダーを覗きながら甘楽が言う。
「トモ姉、レフ板持ってくれる?」
「いいわよ。」そういうと智香はここにあった銀色の板を持つ。
なじみが不思議そうに見るので、甘楽が説明する。
「これは、光の加減を調節するための板だよ。片方からだけの光だと、半分陰になるだろ。
そうならないように、違うところからも光を当てるんだ。」
まったく知らなかったなじみは、ただ感心する。
「なじみ、そこに立って。最初は普通でいいよ。 トモ姉、もう少し右。」
などと言いながら甘楽がいろいろ調整していく。
「じゃあいくよ。なじみ、笑顔で。」
甘楽が声を掛け、何枚か写真を撮る。
「はーい。じゃあ右手を挙げて。はーい、くるっと回って。
ちょっと小首をかしげて。
あ、バッグを持って。」
甘楽の声に従って、なじみがポーズをとる。
一連の撮影が終わると、智香がなじみに言う。
「さ、次よ。」
「…え?」
「沢山服があるんだから、急ぐわよ。」
「ええ~!」
それから目まぐるしい時間が過ぎてゆく。
なじみは何度も着替え、その度に甘楽が写真を撮りまくる。
一応、だいたいの撮影が終わり、一息つく。
そこへ、なじみより少し年上っぽい女の子と、男性、女性の三人がやってきた。
「あら、伊藤さんに大塚さん。お世話になってます!」
智香が明るく挨拶する。
「ああ~智香さん、お元気そうですね!」
「おおトモちゃん、今日は撮影かい?」
スーツを着こなした細身の女性と、ジーンズとポロシャツのラフな格好の男性がそれぞれ挨拶してくる。
よく見ると、その後から男一名女二名もついてきた。
「大塚さん、先にセッティングしてください。美奈さんは第三メイク室で準備してね。私、智香さんと話があるから。」
伊藤さんと呼ばれた女性が言う。
「わかった。じゃあ行くぞ。」」大塚という男性は、助手の男性とスタジオへ行く。
「美奈ちゃん、こっちにお願い。」女性二人が美奈という女の子を連れてメイク室のほうへ向かう。
その美奈が、なじみをちょっと睨んだような気がした。
伊藤が、ちょっと小声で智香に聞いてくる。
「ねえ、この子、アムール所属? うちの専属モデルどう? デビュー前なら読モ扱いでもいいわよ。」
なじみが戸惑う。何の話をしているのだろう>?
「うーん、まだこの子も決めてないからね。口説き中よ。」
「三回目には表紙も張れそうね。冬あたりかしら。」
「その頃はいろいろあるかも。またご相談しますね!」
「わかったわ~さっきのあの子、楓美奈、カエミーっていうんだけど、気難しくて使いにくいのよ。この子を睨んでたの見た?」
「ええ。彼女、読モ出身でしょ?事務所の人は?」
読モとは読者モデルのことだ。応募として、専属のモデルをやる。そのまま事務所に所属してプロになる子もいれば、バイト感覚のままの子もいる。
「あのスタイリストが彼女のサブマネよ。まあ、お守り役って感じかな。苦労してるわね。メイクはうちで雇った子。」
「そうですか~。でもあんな態度で現場に嫌われたら、自分にマイナスだってわかってないようね~」
智香が相槌を打つ。
伊藤は言う。
「早く態度直してくれるといいんですけどね~。まあ若気の至りってやつ?」
「ま、それは誰にもありますよ。どっかの編集者がモデルの男性とうっかり結婚して3か月で別れtとか!」
「も~やめてよ!智香さんでなければ殴ってますよ。」
「あ~怖い。別の雑誌に載っちゃいますよ!美人編集者が芸能プロの若手を殴った衝撃の原因、とか言って!」
伊藤は笑いながら答える。
「一行なのに突っ込みどころ多いわね。まあいいわ。また連絡してくださいね。」
「ええ。その時はまたよろしく!」
伊藤はメイク室の方へ向かっっていった。
智香はなじみに言う。
「今の人、雑誌『エイティーン』の編集長の伊藤さんよ。」
「え!」エイティーンとは、若い女性が読む月刊ファッション雑誌だ。なじみには今まで縁がなかったが、名前だけは知っている。
「なじみちゃん、雑誌載りたい?」
「え…冗談でしょ?」
「載るとしたらどう?」
「光栄ですけど、無理ですよ~」
智香は、その後は突っ込まず、言う。
「ちょっと、原宿を歩きましょう。」
三人は、タクシーで原宿へ出る。
「なじみちゃん、どこか行きたい?」
智香が聞く。
「えっと、行ったことがないので、竹下通りでタピオカを。」
なじみが恥ずかしそうに言う。
「うーん、今はタピオカの時代じゃないのよね。まあ、食べ歩きできるものは沢山あるからね。」
智香がそう言って笑う。
竹下通りを三人で歩く。
「あ、あれ…」なじみが声を出し、クレープ屋を見る。
「じゃあ、食べなよ。」
甘楽がそう言って、店に向かう。
なじみがあわてて後を追う。
頼んだのはなじみだけだった。
なじみが一人、クレープを食べながら歩く。
その後ろを、甘楽と智香が並んで歩く。
ふいに、なじみに男性から声がかかる。
「あの、ちょっといいですか?」
なじみは驚いて、クレープを落としてしまい、涙目になった。
気の弱そうな男が慌てて謝ってくる。
「ご、ごめんなさい。怪しい者じゃありません。クレープは弁償します。」
どうも、ナンパではなさそうだ。甘楽は少し様子をみることにする。智香も静観している。
男が名刺を出しながら言う。
「あの、月刊サンキャン編集部の森永と言います。うちの雑誌のモデルになりませんか?」
「えっ?」なじみが驚いて固まる。
「あなたなら、すぐにうちの雑誌の表紙モデルになれます。ぜひサンキャンに!」
なじみは絶句したままだ。
後ろから智香が助け舟を出す。
「この子、まだ慣れてないから、あまり押しちゃだめよ。あ、私こういう者です。」
智香はそう言って名刺を出す。。
森永という男も名刺を出して交換する。
「あ、明治さんの雑誌ね。この子、他からも声かかってますからね。」
森永は、智香の名刺を見て固まる。
「…セイレーン?」
男が驚いてつぶやく。
「あら、妙な呼び名をご存じね。でも、そんな呼び方、辞めていただけると嬉しいわね。」
「…は、はい。すみません。」森永は汗だくで平謝りだ。
「そっちの専属になったらごめんなさいね。どっちにしても、まだ準備中なので、こちらから連絡するわ。明治編集長によろしくね。」
「は、はい!ありがとうございます。」
そういうと森永は去っていく。
「クレープ、もったいなかったわね。また買う?」
智香がなじみに聞く。 そういえば森永はクレープの弁償をしていない。
「い、いえ。大丈夫です。雰囲気はわかったので。持って歩くのは大変だなって。」
「何、それ?」智香は笑う。
それからは、3人で固まって歩く。いろいろな店に入り、ショッピングを楽しんだ。
ナンパ男は甘楽がブロックして、なじみに気づかせない。
「私もナンパの対象なのね。参っちゃう!」
こっそり智香が甘楽に言う。
「保護者扱いでは?」と甘楽が言い、「ばか!」と軽く智香が甘楽の頭をたたく。
その後またタクシーで移動し、青山のレストランの個室で夕食を摂る。
なじみが慣れていないようなので、コースにして、メインだけ選ばせる。
メインディッシュを終え、コーヒーを飲みながら、智香が言う。
「なじみさん、芸能界に入らない?」
「え?」なじみが心底びっくりしている。
「あなたならモデル、それからアイドルになれるわ。やってみない?」
「…そんな。無理です。私なんか。」
なじみが否定する。
「そんなことはない。私は芸能界を見てきて思う。なじみさんには、芸能界でスターになれる資質が揃ってる。」
それから智香はなじみに、芸能界に挑戦することのメリットを伝えるとともに、うまくいかない時にどうするのか、も含めて丁寧に説明する。
最初は否定していたなじみも、だんだんその気になって来る。
「でも、お母さんが…。」
「もちろん、私がしっかりご挨拶して説明するわ。だいたい、なじみちゃん、今日この姿で帰ったら、お母さんも驚くでしょう。何があったか説明したら、きっと、その張本人を呼べ、って言うと思う。
次のお母さんのお休みの日に、ご挨拶に行くわ。」
それから三人はスタジオに戻り、荷物を持ってタクシーでなじみのアパートまで行く。
お土産ということで全部の服と、なじみ用に用意されたメイクのセットが渡される。
母親はまだ帰っていないようだ。
なじみを送り、帰りのタクシーで、甘楽は智香に言う。
「今日一日のつもりだったのに、状況が変わったね。」
「甘楽の推薦だもの。間違いはないと思ったわ。
それにね。あの子には魅力がある。
美人だとかそういうのじゃないのよ。
美人ならモデルはみんなそう。 歌がうまい子なんて山ほどいる。
素人だってTVのカラオケバトル番組で高得点を出すよね。
でも、みんなが売れるわけじゃないの。
売れるには、何らかの光るものが必要なのよ。」
「たとえばどんな?」甘楽が聞く。
「それは人それぞれね。それがスター性、ということなのよ。
なぜか、人目を惹く。
なぜか、印象に残る。
それがスター性よ。
時代によっても変わるしね。
なじみちゃんには、それを感じさせる何かがある。
あの子は、スターになるわ。私がそうする。」
智香が力強くいう。
「大きく出たね。」甘楽が笑う。
「あの逸材を逃す手はないわ。まずは母親を口説かないとね。」
自宅へ戻る。今夜は智香も泊っていくようだ。
智香は仕事モードのままで、甘楽からなじみと母親の情報を引き出していく。
「こんな感じで、たぶん母親は彼女を勉強させて学費免除で大学まで出していい会社に入れよう、とか思ってると思うよ。」
「苦労してらっしゃるのね。別に札束で顔をひっぱたくつもりはないけど、少し親子を楽にさせてあげたいわね。」
智香は言う。甘楽も同意だ。
「まあ、そうだね。基本的に真面目で、母親の言うことをよく聞いてるけど、決して現状に満足してないんだよね。」
「
勉強だけの毎日に、疑問と不満を持ってる。」
「甘楽はそこにつけこんだわけだ。」
「人聞きの悪いこと、二回目以降は、彼女の意思だよ。」
「まあ、ならいいかしら。でも深入りはさせないでね。いい友達でいてあげて。」
「何を持って深入りと呼ぶのか、議論の余地はありそうだね。」甘楽はそう言って笑う。
「でも、甘楽に女の子の一日シンデレラプロジェクトをやってあげてほしい、って言われたとき、こうなるとは思わなかったな。」
智香は言う。
「ま、俺も予想外だよ。トモ姉、一目ぼれだもんね。、」
「そうね。甘楽に頼まれたとき、『やったの?』って聞いたら黙ったもんね。最初は、やった女に埋め合わせ、かと思ったけどね、
『自信のない綺麗な女の子に、自分の価値をわからせてほしい、って言われて、甘楽がいいと思った女の子なら、やってあげようって思っただけなんだけどね。
ひょうたんから駒ってやつよね。」
智香は笑う。
「これから口説いて、世に売り出す以上、大事な商品よ。ちゃんとケアしてあげてね。」
「ああ、わかってるよ。じゃあ、風呂入れてくるわ。」
甘楽は席を立つ。
智香はそれから、なじみの母の口説き方について考えはじめるのだった。
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こんにちは、お急ぎですか。
キラキラだ~
作者です。
第7話をお届けします。
なじみの運命はこれからどうなる?
続きは…待つ間に★や??でもつけてくださあいね(笑)
お楽しみいただければ幸いです。
ハート、★、感想いただければ幸いです。
特に★があると作者は喜びますのでoお気軽にお願いします。
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