第1話 ハンバーガーショップの出会い



時は一年前に遡る。


高校一年の淀橋甘楽(かんら)は、ぶらぶらと街を歩いていた。

一学期の中間試験が終わった平日の午後だった。 


甘楽は一旦自宅に帰り、着替えて街をぶらついている。

学校ではわざとぼさぼさ頭に黒縁メガネを掛け、野暮ったく目立たない男を演じている。


ぼっちとまでは言わないが、比較的陰キャの部類に入るだろう。


本来の甘楽は、顔の造作もよく、イケメンの部類に入る。放課後、大きな街を歩くときは、髪型やファッションに気を使っているのだ。


甘楽は写真、映像などを扱うクリエイターだ。街の情景をカメラやムービーで切り取り、自宅で加工や編集をしたりしている。


今はあくまで練習の段階であり、外部にも積極的な発表はしていない。だが、下手な商業作品よりもいいものを作っているという自負がある。



小腹が空いたので、ちょうど目についたハンバーガーショップに入った。

(これはもう、夕食でいいや)


そう思った甘楽は、ダブルチーズバーガーのセットを頼んだ。



注文を受け取り、空席を探して店内を見る。


すると、隅のほうに、野暮ったい服を着た、どこかで見たような女子がいた。

前髪をおろして銀縁のメガネを掛けている。


真面目、というよりは野暮ったいという描写がぴったりくるような女子だ。


甘楽は相手の正体に気づくと、ハンバーガーのトレイを持って彼女の前に座る。



「よお、地味子。奇遇だな。」

地味子というのはクラスで使われるあだ名だ。



彼女の本名は野島なじみ。中肉中背で、猫背の女子だ。


本人は特にその名前を容認しているわけではなさそうだが、スクールカースト上位の女子が「地味子」と呼んだのがきっかけて、定着した呼び名だ。


地味子、いや、なじみは不審そうな顔をした。

「どちら様ですか?」

どうやら認識されないらしい。まあ、ばれないためのイメチェンなので、甘楽としてはそれでいいのだが。


甘楽は、綺麗になでつけてある髪の毛を手でぼさぼさにし、黒縁メガネを掛けた。

「俺だよ、俺!」


「え?淀橋くん? ちょっと驚きました。 イメージ違いますね。」


「そういう地味子は、私服でも地味だな。(というか、ダサい。)」


甘楽が正直な感想を言う。ただし最後のところは口に出さない。



「あの、その呼び方好きじゃないんで、他の人がいない時はやめてもらえます?}

なじみが言う。



「ああ、悪い悪い。野島さん。今日はどうしたの?」


と言いながら甘楽は野島なじみのトレイを見る。小さいハンバーガーとポテトとドリンク。あと、小さなおもちゃが置いてある。


子供むけのハッピーミールだ。


「今日は塾なんですが、その前にたまの贅沢です。ハッピーミールは安いし、私にはこれで十分。それに景品は、いつかまとめてフリマアプリで売ります。」


「ふーん。塾か。大変だね。」 甘楽は一応合いの手を入れる。


「大変っていうか、仕方ないんです。 


うちは母子家庭なんです。経済的には大丈夫って母は言っていますが、入試を頑張って特待生で授業料免除で入ってるんで、成績落とすわけにはいかないんです。」


なじみは自分のことを語り始めた。学校での静かな感じと、明らかに違う。



「特待生になるために受験勉強もすごくして、何とかそうなったと思ったら、今度はそれを維持するためにまた勉強。


だから部活も入ってない。でも塾にしても経済的に週一回が限界です。


格安スマホでギガも少なくて、、動画なんかなかなか見られないから、ネットの調べものはまとめてどこかのフリーWiFiにつなぐの。


古いパソコンは母が職場でもらってきたから、それと母の職場の携帯でテザリングすれば一応何とかなる。でも面倒だし気を遣うんです。あまり動画の講座なんか見られないし。



でも毎日毎日いろんなことに追われるだけで変わり映えしません。

今日は月に数回の贅沢で、ここに来ました。


ハッピーミールだって、私には贅沢なんですよ。服ももらい物でダサいしサイズも合わない。でも綺麗な格好もできないし。 結局毎日勉強だけの地味子で過ごしてるんですよ。


私だってたまには違うことしたいし、行ったことのない所にも行きたい。

何もかも持っている人たちにはわからないんでしょうけど。」


なじみはだんだん興奮して大声を上げたり、泣きそうになったりと忙しい。


甘楽としてはかなり意外だ。まさかこんな性格だとは思っていなかった。


「淀橋君はいいですよね。お金もありそうだし、イケメン風だし、好きなことを好きなようにやれるんでしょうから。」


なじみの雰囲気が皮肉っぽくなってくる。


だんだんと甘楽も腹が立ってきた。


貧乏なのは可哀そうだとは思うが、だからと言って自分を卑下したり他人をうらやむのは違うと思うのだ。


違うことをしたいならすればいい。それをしないのは、自分が踏み出せないからでしかないと甘楽は思う。


つい、口に出してしまった。


「変わらないのは、自分が変えないからだろう。それは金の問題じゃない。度胸とやる気の問題だ。


自分を変えたいなら一歩踏み出す。それしかないんだよ。」


甘楽はちょっと腹を立てていた。語気が荒くなる。


「でも…」


「デモデモダッテは禁止だ。まあ、ここで出くわしたのも何かの縁だ。


今日は塾を休め。今まで行ったことのないところへ連れて行ってやる。新しいことができるぞ。自分を変えたいんだろ。」


甘楽は言い放つ。


なじみはしばらく考え込んでいたが、やがて決意したのか、スマホをいじり出す。

しばらく指を動かしていたが、そのうち顔を上げた。


「塾は別の日に変えてもらいました。じゃあ、連れて行ってください。」

なじみはそう言って立ち上がる。


「おお、よく言ったな。全力で連れて行ってやる。」

街はもう暗くなっていた。


店を出ると、甘楽は、なじみの手を引いてずんずんと歩きだした。


「どこへ行くんですか?」

「まあ、すぐわかる。お前が絶対に行ったことのない場所だ。」


ほどなくして、盛り場から曲がった路地に入った。

その先には、極彩色のネオンがついた建物が見える。


「ここは…」

「ラブホテルだ。行ったことはないだろう?社会勉強だ。まあ、大人の社会科見学と思えばいい。」


なじみは固まっている。想像だにしなかったのだろう。


そのうち声を絞り出す。

「でも…私、お金が…」


「おい、気にするところそこか?」

甘楽は突っ込む。


「自分を変えたいんだろう。新しい経験だ。


それにな。クラスの生意気女子連中がお前を馬鹿にしてきても、お前は心の中で、『男も知らないガキが偉そうにして』とでも思ってればいい。」


なじみは黙ったままだ。考えこんでいるようだ。


甘楽は続ける。


「それにな。お前、このままだとずっと男を知らないで過ごすぞ。そうすると、ずっと同じ生活のままか、あるいはそのうち変な男にひっかかって体も金も絞り取られる未来しか見えないぞ。それでいいのか?」


この辺は出まかせのような部分もあるが、たぶん真実を突いていると思う。


なじみはぎゅっと甘楽の手を強く握ると、ラブホの入口へと無言で進んでいった。



甘楽はパネルの表示から適当に部屋を選び、鍵を受け取るとエレベーターに乗る。

エレベーターのドアが閉まった瞬間、甘楽はなじみを抱きしめ、キスをする。


なじみはあまりのことに固まっている。


「これがお作法なんだよ。ま、これはノーカンにしといてやるから。」


甘楽はそう言って軽く笑うと、エレベーターを出て、ランプが点滅している部屋の鍵を開け、なじみを導いた。



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こんにちは、お急ぎですか。

別に急いでいませんよ~ (元ネタは?)


作者です。

第一話をお届けします。

いきなりの急展開!

続きは…待つ間に★でもつけてくださあいね(笑)


お楽しみいただければ幸いです。

ハート、★、感想いただければ幸いです。

特に★があると作者は喜びますのでoお気軽にお願いします。










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